はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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潜伏

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 なんだ?あの魔物たち。気のせいなのかな?


『気のせいではないと思うよ?』


 遠くの方で仄かに光っていた何かは、提灯を持った魔物であった。そう、魔物が提灯を持っていたのだ。魔物の種類は所謂ケンタウロス。上半身が人間で、下半身が馬の魔物だ。暗いため顔ははっきりとは見えない。


『魔物?魔族じゃなくて?』


 え?魔族?ここ地獄だぞ?


『え?』


 暫く無言の時が流れる。ケンタウロスは魔物じゃないのか?


『ケンタウロスは魔族のはずだよ?ちゃんと言語を使用して会話が出来る種族で、人と同じように考える思考力があるんだよ』


 どうやら冗談ではないらしい。まあ今まで黒の書が冗談を言ったことはないため、本当のことを言っていたのだろうことは分かっていたけれど。しかし、魔族と悪魔は住み分けをしていると知っていたからこそ、地獄にいる存在は、悪魔か魔物かだと思っていたのだ。


『だから困惑しているんだよねー。なんでこんなところにいるんだろう?』


 俺たちがいくら考えても、答えが出る問題ではない。ならば思考は放棄しよう。息を顰めてケンタウロスの様子を観察する。左手に提灯を掲げ、右手には立派な長剣を持っていた。そんなケンタウロスの背中には大きな籠があった。籠は布が掛けられているため、中に何が入っているかは見えない。こんな夜の森に何をしに来たんだ?


『おい!獲物はいたか?』


 突如聞こえた声にビクッと肩が跳ねる。しっかりと腰を下ろしていたから良かったが、先ほどのように身を乗り出したままであれば、地面に落ちていたかもしれない。聞こえて来た声の主は黒の書ではない。聞いたことのない何者かの声であった。これはケンタウロスの声だろうか?視線をケンタウロスに向けると、ケンタウロスに近づいて来る悪魔の姿があった。その悪魔は俺の視界外にいたようで、悪魔が近くにいたことに気付いてなかった。ただ、こちらからは木に遮られて悪魔の姿は完全には見えない。悪魔である、ということしか把握出来ないでいた。

 大きく鼓動する心臓の音が聞こえてしまわないか不安になる。左手で胸元の服を握りしめながら、静かに息を吐いて落ち着かせる。その間にも、ケンタウロスと悪魔は俺の視界のギリギリの辺りでウロウロと何かを探している。

 その姿を見た時、何となくこのままでは見つかりそうな胸騒ぎがした。そのため、俺は気配を殺しながら体勢を変え、俯せになりながら様子を窺う。この胸騒ぎが杞憂ならば良いが・・・・。


『いえ、見つかりません』
『ああ゛ぁ?本当にちゃんと探しているのかァ?』


 イラついている様子の悪魔はケンタウロスを蹴ったようだ。ケンタウロスがよろけて側にあった木にぶつかる。黒の書が言う通り、ケンタウロスは言葉を操っている。その声から分かるのは、青年ぐらいの年頃ではないかということぐらいか。もし、ケンタウロスを中間界で見たならば、言葉を操る魔物だと思っただろうが、魔族であるならば魔物とは違い喋ることが出来るのは当然だ。

 そして、このやり取りで彼等の力関係が垣間見えた。悪魔とケンタウロスは主従関係であるのだろう。ケンタウロスは悪魔に暴行を受け、暴言を吐かれても何も言わずに堪えていた。

 
『落ち着いて。ここでキレたら元も子もなくなっちゃう』


 黒の書の指摘にハッとして力を抜く。いつの間にか俺は握り拳を作っていた。


『ん?なんだ?』
『どうされたのですか?』


 瞬間、悪魔がこちらに顔を向けた気がして、咄嗟に顔を枝に押し付けて視線を逸らす。ひたすらジッとして、存在がバレないように身動き一つすらせずに堪える。


『今、視線を向けられた気がしたが・・・』
『わ、私は感じませんでした・・・』
『ふん。薄ノロめ!』


 再び殴られる音が聞こえて来る。また、ケンタウロスが悪魔に暴行を受けているのだろう。


『ここは我慢して。殺気を出した瞬間に場所がバレるよ』


 黒の書の言う通りに、下唇を噛み締めて殺気を放たないように意識を集中する。本当なら今すぐにでも魔法を放ち、あの悪魔を消し去りたかったが、もしそんなことをしてしまえば、ケンタウロスまで巻き込んでしまう。


『チッ。あの野郎!全部出鱈目ではなかろうな!クソッ!』


 悪魔が誰かに対しての愚痴を吐き捨てる。そろそろ様子を窺っても大丈夫だろうか?そっと顔を上げて様子を見ていると、悪魔が木の陰から出て来た。その姿を目にした瞬間、俺は思わず目を見開いた。木の陰から出て来た悪魔は、人の姿をしていたのだ。その姿が表すことは1つ。


 貴族位を持つ上級悪魔であること。


 上級悪魔は、俺を追いかけ回していた低級悪魔とは格が違う。アバドン曰く、低級悪魔が何百体と掛かって来ても、たった1体で殲滅できる実力を有しているらしい。甘く見てはいけない相手なのだ。


『上級悪魔かー。だからさっきの視線に気づいたのかもね。危なかったー!』


 本当だよ。黒の書が制止の声を掛けてくれなかったら、今頃俺は相手の力量も分からずに手を出しているところだった。ありがとう。


『どういたしましてー!でも君のサポートをするのは当然だからね!』


 危機を乗り越えた影響か、かなり心が落ち付いて来た。だが、まだ完全に危機が通り過ぎたわけではないため、程よい緊張感は残っている。気配を消し、視線に注意しながら悪魔たちの様子を探る。


『あの野郎、嘘の情報を渡して来たんじゃないだろうな!?これほど探しているのに見つからない訳がないだろう!もしや、既に森のどこかでくたばってるのか?』


 彼等は何かを探しているようだ。こんな暗い森の中で一体何を探しているというのか。明るい時間に探せば見つかりやすいというのに。探すのが下手なのだろうか。まあ、そんなことをしたら、俺が見つかる可能性が上がるからこの時間で助かるのだけれど。もしかして、夜にしか現れない何かなのだろうか?


『他の奴等に盗られる前に捕まえようと思っていたのに!クソッ。たかが人間ごとき、何故見つからない!』


 息を飲んだ。探しているのは魔物でも悪魔でもない。人間・・・・俺だ。俺以外で地獄に人間がいるとは思えない。俺のことに間違いないはずだ。奴等は俺を探している。


『うわっ。本当にさっきは危なかったね・・・』


 小さく無言で頷き、悪魔から視線を外して枝に顔をくっつける。ここからいなくなるまで、ひたすら気配を消してジッとしているしかない。視線を向けてさえいなければ、再び感知されることはないはずだ。俺は自分の犯した失態に気付き、肝が冷える思いであったが、同時に安堵している自分もいた。

 もし、相手の悪魔がアバドンレベルの悪魔だった場合、俺が悪魔に視線を向けていた時点で場所を把握されていたはずだからだ。つまり、下にいる悪魔は、アバドンレベルの悪魔ではないということだ。公爵位以下の上級悪魔。俺がアバドンと初めて対面した時とは肌感覚が違う。確実にアバドンよりは弱いことは間違いない。

 しかし、アバドンより弱いからといって舐めてはいけない。アバドンより弱くとも、俺より弱いかは分からないのだから。

 貴族位を得た悪魔ということは、それなりにこの地獄で殺し合いの戦闘を行い、生き延びて来たということだ。どんな強力な呪いを持っているか分からない。迂闊に存在がバレてしまったら、あっけなく死ぬ未来だってある。俺は、こんなところで死ぬわけにはいかないのだ。早くどこか行けと願いながら、俺は気配を消しつつひっそりと息を押し殺し続けた。
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