はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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水の魔法

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『・・て。・・・きて。・・・・起きて!!』



 のあっ!?・・・ん?・・・へ?ちょっと状況が理解できない。ボーっと目の前に広がる怪しい空模様を眺める。・・・・ん?

 脳内で響いた声に驚き、反射的に起き上がろうとした俺だったが、体が全く動かずに思考が停止する。なんで体が動かないんだ?



『全部忘れてるとかナシだから!!さっさと魔法使って!!』



 あ!黒の書の文句を聞いた瞬間、寝る前にあったことの状況を全て思い出した。荒野で大の字になって寝転がっていたことも、体のあちらこちらが泥岩によって固められて、地面の一部になっていることも。僅かに動かすことが出来る首を横に向ける。その視線の先には、何やらこちらに向かって来ている者の存在があった。黒い点にしか見えないためまだ距離はあるようだが、なんだか数が多いように見えるのは気のせいだろうか。



『気のせいじゃないね。というわけだから詠唱の準備に入って!』



 黒の書はせっかちだなー。俺の詠唱が他よりも長いことは分かっているが、あの黒い点がはっきりと形になってからでも遅くないと思うんだけど。



『なんでそんな悠長なの!?』



 敵はギリギリまで引き寄せて、なるべく多く道連れにしたいじゃないか。



『なんで死ぬことを前提にしてるの・・?道連れは絶対にダメだからね?まあ、自爆は出来ないようになっているんだけど』



 これは言葉の綾だった。つい道連れって言ってしまったな。自分の魔法の影響は絶対に受けないから、道連れにするなら、相手の攻撃が俺の攻撃を上回るほどの強敵か、俺が魔力切れを起こすかぐらいだ。今の状況では道連れは起きないだろう。あの米粒サイズの敵たちの中に、アバドンレベルの悪魔がいない限り。

 複数ある黒い米粒を横目に、俺の考えは妥当であると内心頷く。なぜならば、この地獄という場所において、強者という存在は常に1人であるからだ。複数の個体で固待っている状況は、地獄の中でも力が弱い存在だと言い切れるだろう。



『そういう分析は良いからさ、早く準備して?』



 静かに怒られると、感情的に怒られるよりも怖いのは何故だろうか。俺は大人しく右手に意識を向けて黒の書を召喚する。右手の泥岩の上には1冊の本が乗っかっていた。

 現在の魔力は、俺の総魔力量の約9割。やはり魔力の回復速度が速い。これから使用する予定の水魔法を行使する分には十分だ。因みに、俺が寝ていた時間はどれぐらいだろう。



『・・・・1時間ぐらいだけど?』



 なんという短さ。だからまだまだ魔力が全快していなかったのか。



『魔力量に問題はないんだから早く!そろそろ危ないって!』



 焦る黒の書が示しているのは、だいぶ近づいたことにより、大きくなって種族の違いが見える様になった距離間。どれが悪魔でどれが魔物かまではっきりと見えていた。予想通り、強そうな悪魔の姿はない。その代わりに、地面で横たわっている俺を見つけて歓喜している悪魔たちの姿があった。そして、ここでも始まる牽制合戦。しかし、先ほどとは明らかに違う動きを見せる固体もいた。

 牽制合戦を繰り広げる者たちから離れ、流れ弾に注意しつつライバルとなる悪魔や魔物を排除している存在。上手く立ち回りながら、誰からのヘイトも向けられないように注意を払っている様子だった。しなやかに胴体を動かし、上手く集団の中に潜伏している蛇の悪魔。荒野の地面を保護色とし、完全に隠密に特化したような動きを見せていた。俺という獲物を狙う集団を、少しずつ捕食しながら数を減らしていたのだ。角が生えている蛇が、自分より体躯の大きい悪魔を一瞬の内に捕食する、という変わった光景は、俺の目を釘付けにするには十分だ。詠唱のタイミングを忘れ、その姿に魅入ってしまっていた。

 そのせいだろう。蛇の悪魔と視線が絡み合う。その瞬間、ただでさえ細い蛇の悪魔の目がさらに細くなり、瞬きする間にその姿が消えていた。集団の中に蛇の悪魔の姿はない。その事実を認識した途端、聞こえないはずの心臓の鼓動が早まった気がした。



【第1章第1節第4項】



 本能的に詠唱を開始する。黒の書のページが勢いよく捲られて該当のページを開く。突然の魔力の動きに、牽制し合っていた悪魔と魔物たちが俺の異変に気付いた。命がけの牽制をしていた彼等は、その目の色を変え2つの行動に分かれた。1つは、身の危険を感じて一目散に逃げ出した者達。そして2つ目が、俺が魔法を行使するよりも早く俺を屠ろうと必死な者達。俺に向かっていて走り出したのだ。



【その身は狂い踊り 生殺与奪を有するもの
 恵であり絶望 3種の形態
 されど我が姿を定める】



 一瞬、俺から数メートル先の場所に、クネクネと地面を這う姿が見えた気がした。



【全てを飲み込み 破壊する
 濁流シュラミッガーバッァ



 視界いっぱいに大きく開かれた口内が映し出された瞬間、俺を中心にした全方位に向かって、猛烈な勢いの濁流が発生した。俺の目の前から鋭く尖った牙が消え去る。俺の体に圧し掛かっていた重さが消失し、腕と足の拘束が解かれた。ゆっくりとその場から起き上がり、大きく伸びをする。魔力体のため体が凝っていることはないはずだが、背筋を伸ばすことで凝りが解消した気がした。

 泥岩は全て泥となり洗い流された。そして、これも魔法行使者への影響を失くした結果なのだろう。全身のどこも濡れてはいないのだ。びしょ濡れになことはなく、綺麗に泥岩だけが洗い流されていた。自然乾燥以外に手段がなかったため、この効果はとても有難い。俺の周囲は全方向に向けて濁流が流れているため、頭上の安全も確保されていた。頭上から奇襲される心配もない。また、濁流の始まりが俺のすぐ側からであるので、少し動けばすぐに濁流に触れられる距離感であった。触れても濡れはしないが見た目が水であるため、なるべく濁流に体が触れてしまわないようにとなぜか気を付けていた。無意識による反応だ。

 水が流れる音しか聞こえない。近くに来ていた悪魔も魔物も、この濁流によって遠くまで流されていることだろう。問題は、俺がこの後度の方角に進むかだけど。まあ、流されているというか全滅している可能性もある。黒の書の魔法であるため、当然ながら攻撃魔法である。そのため、今回使った魔法が敵を遠くへ追いやるだけではなく、歴とした攻撃魔法であることを忘れてはいけない。外の状況が全く見えないが、きっと敵を倒してくれていることだろう。


 暫く待っていると、濁流がゆっくりと消えていった。俺の周囲の地面に水分が行き渡っているのがよく分かる。固くひび割れた大地に水が染み込み、泥っぽい足元に変化していた。けれど、あの時の沼地のように、足がとられるということもない。しっかりと地面を踏みしめることがで来ていた。

 周囲に敵の姿は見えない。



『もう大丈夫みたいだね』



 黒の書の声に、張り詰めていた息をゆっくりと吐きだす。はあ。自分で思っていたよりも緊張していたようだ。それもそうか。最後のあの牙。あれは、蛇の牙だった。俺を襲おうと隠密していたのだろう。そのため、いきなり目の前に現れたように見えたのだ。



『でも、タイミングはかなりギリギリだったよ。ほんっと危なかったんだから!』



 黒の書の抗議に苦笑いを浮かべる。まあ、動きが素早い存在がいることは失念していた。今後は、もっと余裕を持って魔法を行使した方が良いな。今日の例だと、後1分ぐらいは前に。



『1分じゃなくて3分ぐらいにして!』



 3分。3分か・・・。うん、わかった。善処しよう!



『善処・・・・・・』



 そもそも、今回のような状況が毎回あるわけではない。お互いに、時間での決め方は意味がないことに気付くことはなかった。
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