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悪魔との鬼ごっこ

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『走れー!はっしれー!!』



 楽しそうな上擦った声が聞こえる。完全に他人事であるように振舞っているが、俺と運命を供にしているやつの心情とは思えない。そう、今の俺はそれこそ必死に足を動かして走っていた。全く楽しい状況じゃない。大声に出したい気持ちを抑え込み、俺は心の中で叫ぶ。全然楽しくないからーー!!



『あははは!走れー!』



 俺たちは一心同体だというのに、なんで黒の書はこんなに他人事なんだよ!ゴロゴロと荒れた音を響かせている空模様の下、荒れ果てた大地を駆け抜ける。そんな俺の後ろを追いかけて来る、3体の悪魔がいた。


 洞窟を出ると、そこは荒廃した大地が広がっているだけであった。広いだけの大地はどこまでも続いているようで、終わりが見えない。一先ず、拠点として行動できる場所を探そうと荒野を移動中、野良の悪魔に遭遇してしまったのだ。見晴らしが良いせいで、撒くに撒けない。そんな追いかけっこの状態に陥っているのだ。



 肉体がないおかげで体力という概念はなく、ずっと走り続けていても疲れは感じない。しかし、精神的な疲れは募っていく。更に言えば、後方から聞こえる悪魔たちの会話も心労の原因となっていた。



『こんなところになんで人間がいるんだ?』
『そんなことはどうでもいいだろ!?人間だぜ!?人間!しかも、あの魂!絶対に美味い!!』
『本当に今日はツイてるな!これで俺たちは全員、上級悪魔の仲間入りだな!』
『男爵位か!いいねーー!』
『いつも俺たちを見下してきやがる彼奴を潰しに行こうぜ!』
『それは名案だな!男爵位だからっていっつも俺たち低級悪魔を馬鹿にしやがって!同じ男爵位なら、3人いる俺たちの方が強い!』
『あー!楽しみ!あの野郎の断末魔を早く聞きたいぜ!』
『それを言うならあの人間の断末魔も楽しみだよな!』
『おう!なんでこんなところにいるかは知らねぇが、自分の運が悪かったってことで、自らを恨んで死んでほしいねえ!』



 遭遇した時からずっと、終始こんな感じなのである。俺を喰らうことで、彼等の格が上がるらしい。そのため、ずっと俺を喰らった後の未来を楽しそうに語っているのだ。そして、時折混ざる俺の魂の味の評価。奴等から見たら、俺の魂はA5ランクステーキの進化素材にでも見えているのだろう。あ、ステーキ食いてぇ。



『ステーキって良いよねー。美味しくて!』



 だよなー。あの柔らかくて筋の無い肉汁たっぷりの肉を頬張るのは至福だよ。



『あ!右!』



 反射的に左前方へと進路を変える。右後方で爆発音と、地面が僅かに揺れる感覚が足の裏から伝わって来た。



『クソ!いつになったら喰えるんだよ!』
『逃げ足の速いやつめ!とっととくたばりやがれ!』
『当たらん!!』



 いつまで経っても捕まえることの出来ない俺に痺れを切らしたようだ。火炎系の力を持った悪魔が、俺を狙って攻撃を放った。チラリと右後方の様子を盗み見る。黒煙が立ち上り、その煙の中から悪魔がぬっと出て来たところであった。あの火力ではミディアムじゃなくて丸焦げだろう。

 即座に顔を前に戻してひたすら走る。何処に向かえば良いか分からないが、そもそも荒野以外何も見えないので、向かう場所はあってないようなものだ。それに、何かあっったとしても、そこが安全とは限らない。だが、追ってくる悪魔たちを迎撃することも出来なかった。と言うのも、それは俺の魔力に原因があった。






 洞窟を出て、何もない荒野に突っ立った俺は、周囲の状況を確認するためいつものように魔力を放った。洞窟は、荒野にポツンとある地下洞窟であったらしく、周囲に同じような洞窟を発見することは出来なかった。また、俺が広げられるだけ広げた魔力の範囲には、荒野以外の何かを見つけ出すことも出来なかった。そのため、俺はテキトーに方向を決めて歩き出したのだが、俺が魔力探索をした範囲を出るか出ないかといった辺りで、俺の魔力に惹かれて来た悪魔に見つかってしまったのだ。

 俺の魔力は、魔物だけではなく悪魔にも好評のようだ。・・・全く嬉しくない。だからこそ、俺は悪魔に攻撃が出来ない。攻撃をするということは、魔力を消費すること。つまり、余計に魔力をばら撒く行為である。俺の魔法は広範囲に影響し、莫大な魔力を消費する。悪魔から逃れるために攻撃したのに、更に悪魔が寄って来る状況になり得るのだ。それは勘弁願いたい。

 せめて、普通の魔法レベルである、狭い範囲の攻撃技を持っていれば良かったのだが・・・。ないものを強請っても仕方がない。呼吸に溜息を混ぜ、俺は足を止めた。

 目の前には、俺の進攻を邪魔する大きなシャボン玉の群れ。そのシャボン玉が俺をぐるりと取り囲んでいた。右にも左にも避けることは出来ない。見た目はただの大きなシャボン玉。しかし、なんだか嫌な予感がした。見た目に反して、可愛らしく和やかな代物ではない。

 

『ちっ。勘の良い奴め』
『はあはあ。でもやっと捕まえることが出来たな』
『最初からこーしてれば良かったんだ』



 聞こえて来た声に後ろを振り向く。アバドン曰く、低級悪魔の多くは動物に近い見た目をし、赤い目と角が特徴的だという。まさしく、人の姿を持たない低級悪魔の姿があった。忌々し気に睨み付けて来る猿に似た悪魔に、勝利を確信した笑みを浮かべる犬に似た悪魔。そして、疲れたことを隠しもしない鳥に似た悪魔。

 サルと犬って仲良く出来るんだな。いや、鳥がいるからか・・・。



『干支の伝承は関係ないからね?』



 悪魔だし、それもそうだな。一瞬だけ現実逃避した俺を、黒の書は現実に引き戻す。



『これでもう逃げられねえぞ』
『さっさとくたばれ人間!!』



 ゆっくりと近づいて来た悪魔たちだったが、シャボン玉から一定の距離を置いて立ち止まる。やっぱり、あのシャボン玉には何かある。シャボン玉に触れることなく脱出しなければならないが、問題はシャボン玉に触れずに脱出できるルートがないことだった。シャボン玉の上を飛び越えて逃げることが可能に見えるが、それを待っているかのような表情を浮かべた別の悪魔がいるのだ。空中で方向転換が出来ない時を狙い撃ちするつもりなのだろう。余裕ぶって笑っているが、しっかりと隙なく俺の動向を窺っている。

 剣がなく防具もない状態では、行動が制限される空中での攻撃を防ぐことは難しい。低級悪魔と言えども、その魔力量はエルフ並みには有している。魔力体の状態で魔力鎧が上手く作用してくれるかも分からないため、迂闊に攻撃を身に受ける選択が出来ないでいた。攻撃を受けて魔力が削られるならば、攻撃に魔力を使用して消費したい。ただ、それはかなり危険な賭けになってしまうが。

 

『泡沫の悪魔たる俺の手に掛かって死ぬことを光栄に思うが良い!』



 その瞬間、俺の周囲を囲んでいたシャボン玉の数が更に増え、俺との距離が近くなる。それを、ケラケラと笑って観ている悪魔たち。

 なるほど。一気に俺の近くに発生させれば良いものを、時間を掛けてゆっくりと甚振るつもりか。上空への退避ルートも潰される。流石に、シャボン玉で出来た囲いの向こう側まで行くには、距離があり過ぎた。

 チッ。タイミングをミスったな。悪魔たちの様子を観察する。先ほどとは違い、悪魔たちには隙が出来ていた。完全に俺が手中に落ちたと判断したようだ。実際のところ、それに近い状態なのだから悪魔たちの余裕も理解出来る。だが、ゆっくりと時間を掛けてくれているとも考えられる。時間を掛けてくれている分、何かいい案が思いつくかもしれない。今のところ名案はないけれど。

 肉体があれば、きっと大量の冷汗を掻いていただろう。俺は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いた。よし。この状況を打破する方法は1つ。俺は一か八かの賭けに出ることを決めた。
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