はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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状況確認3

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 水瓶に凭れかかったまま、リュゼはまるで眠っているかのように微動だにしない。



「ねえ?リュゼ・・・?」



 弱弱しいズィーリオスの声が聖域に反響する。その声の主を安心させるいつもの声は返って来ない。ゆっくりと、1歩2歩とズィーリオスはリュゼに近づき、一気に駆け寄る。膝を付いてしゃがみ込み、そっとリュゼの顔に手を添える。



「お願い!返事をしてよ・・・!」



 リュゼの体温は、いつものように温かい。今直ぐにでも、寝ぼけた眼を擦りながらもふもふさせろと抗議の寝言を言い出しそうな顔をしていた。けれど、すやすやと眠ったままのリュゼはやはり反応を示さない。

 ズィーリオスの顔色がサーっと青ざめて行く。ズィーリオスは横に首を振りながら、そのまま土下座するように座り込んだ。



「嘘だ・・・。嘘だ・・・」
『ちょっとぉ!無視しないでよぉ!今、どうなっているのぉ!』
『リュゼの気配が弱い!』



 ズィーリオスの脳内に、契約者を同じくする仲間の声が響いた。だが、ズィーリオスは彼等の声に答えることは出来ず、ただただ沈黙してリュゼを見つめていた。



『だから返事をしろって!』
『聖獣!?やっぱり何かあったのねぇっ!?』



 ズィーリオスは問い詰めて来るユヴェーレンとアバドンに、答えようにもなんと答えれば良いか分からず、口ごもる。こちらで異変が起きていることは、全員が知っている。ズィーリオス自身も、リュゼとの繋がりが異常なレベルで薄くなっていることは分かっていた。ただ、その僅かな繋がりのおかげで、リュゼが死んでいるわけではないことが理解出来たのは、不幸中の幸いか。

 ズィーリオスは深く息を吸い込み、ゆっくりと息を吐く。そして、覚悟を決める。



『リュゼの魔力がなくなった』
『ッ!?』
『あー。やっぱり、やっちまったかー』



 息を飲むユヴェーレンとは対照的に、比較的大人しい反応をアバドンは示す。



『何か心辺りがあるのよねぇっ!?リュゼ達が聖域に行く前にも何か言っていたしぃ!』



 思い出したようにアバドンに問うユヴェーレンに、ズィーリオスも僅かに顔を上げて続く念話に神経を研ぎ澄ませる。絶対に一言も聞き逃さないとでも言うような決意がその目には宿っていた。



『同調の話か。まあ、状況的にそれしか考えられないからな』
『そう!それよぉ!』



 興奮したユヴェーレンの甲高い声がズィーリオスの脳内に響く。少し顔を顰めたズィーリオスは、一息ついて人化を解除した。



『単純な話だ。魔力は魂に影響を受けている。同じ魂から生じた魔力同士は、魔力の質がほぼ等しくなる。つまり、同調という現象が起きやすい。同調が起きると、魔力がどちらかに持っていかれて、片方の魔力が一時的に喪失した状態になる。今回は、世界を隔てている“魔力の壁”の魔力とリュゼの魔力が同調してしまって、魔力総量が多い壁の方に吸われた形だろうな。いつ消えるかも分からない壁とは言え、人間1人の魔力総量より少ないということはないはずだからな』



 ズィーリオスは再度溜息を吐いてリュゼに顔を向ける。



『では、リュゼの魔力回復スピードならば、それほど時間もかからずに目を覚ますってことか・・・』



 胸を撫で下ろしながら呟いた呟いたズィーリオスであったが、ふとズィーリオスの視界に映っている光景に違和感を覚えた。首を傾げつつ、ジーっとリュゼの姿を見つめていたズィーリオスであったが、その違和感の正体に気付き、ブルりと体を震わせた。



『いや、違う!ただの魔力消耗ではない!?』
『え?』



 ズィーリオスの声をユヴェーレンが拾う。



『聖獣ぅ。今の発言はどういうことぉ?ただの魔力消耗じゃないってぇ・・・っ!』



 ズィーリオスはただただ首を横に振って、リュゼの心臓に耳を寄せた。しっかりと心臓の鼓動は一定のリズムを刻んでいた。



『もうっ!何が起きているか分かりにくいわぁ!リュゼを連れて来なさぁい!』



 リュゼの心臓の音と、ユヴェーレンの声がズィーリオスの脳内に響き渡る。その頃、ユヴェーレンは、聖域の外で落ち着きなくウロウロと飛び回っていた。その横で、アバドンは地面に胡坐を掻いて座り込み、腕を組んでいた。チラリと飛び回るユヴェーレンに視線を向けたアバドンは、ユヴェーレンとズィーリオスのそれぞれに向けて念話を繋げた。



『おい、ユヴェーレン。煩わしいから動くな。そして、ズィーリオス。お前はそこからリュゼを連れて来るな』
『なっ!?』



 ユヴェーレンが驚愕した声を上げる。普段ならば、アバドンに煩わしいなどと言われたらキレているユヴェーレンだったが、今はそこよりも、ズィーリオスに連れて来るなと言ったことに目を見開いていた。有り得ないものを見る目でユヴェーレンはアバドンに詰め寄り、鬼のような形相を浮かべていた。だが、ズィーリオスの方は、ユヴェーレンと比べるとかなり落ち着いていた。リュゼの心臓の音を聞いた状態のままなので、生きていることを確認し続けている影響なのだろう。



『ズィーリオス、もう一度確認するが魔力消耗ではないと思った理由はなんだ?』
『それは、リュゼの顔色が穏やかだからだ。それに、未だに魔力が回復している様子はない』
『なるほど。・・・はぁ。これは確定したな・・』



 アバドンが組んでいた腕を解き、後ろ手に両手を付きながら空を見上げた。アバドン達の深刻な問題など、全く起きていないかのように穏やかな晴天が広がっている。滝から水が流れ落ちる音と、風がゆったりと吹く心地よい空間。そんな状況でも、唯一落ち着きなく動き回っているユヴェーレンの存在が、アバドンにこの状況が夢ではないことを示していた。



『魔力が回復していないって事は、そもそも魔力を生み出している核である魂が、肉体から離れているってことだな』
『・・・・』
『・・・魂、か』



 ユヴェーレンが完全に黙り込み、ズィーリオスは重々しく繰り返す。アバドンの言葉を肯定し、ズィーリオスに向かって言葉を発する。



『問題は、魂が肉体から抜け出してどこに行ったか、だ。魔力の同調が起きていることを鑑みれば、リュゼの魂がこの中間界の外に出ている可能性が高い。だが、流石に詳しい位置までは絞り込めないな』
『じゃあ、リュゼを連れて来るなっていうのは?』
『それは、聖域の外に連れ出すことで、何らかの異変が起きないとは言い切れないからだ。普通なら、魂のない器はその瞬間から死に向かって行くだけだ』



 実際に、肉体という器に憑依した状態のアバドンだからこそ、現状のリュゼがどれほど危険な状態かを深く理解していた。それが分かっているズィーリオスは、アバドンの言葉に何も言い返さずにいた。ユヴェーレンは、口だけではなく動きすらも固まってしまっていた。



『でも、聖域ならば、もしかしたら現状を維持できるかもしれないと?』
『そういうことだ』



 アバドンはズィーリオスの言葉に同意するが、別の問題があると示した。



『問題は、リュゼの魂が何処に行ったか、だ。流石に、壁の魔力と化した訳ではないだろうが、そうなると、魔界か地獄のどちらかにいると思われる。そこで俺様の予想としては、地獄にいる可能性が高い』
『地獄だと?』
『ああ。リュゼは現状、魂の状態だ。そして、壁の向こう側は肉体を有している者が魔界、魂の状態ならば地獄に振り分けられる。と言うのも、悪魔は基本的に魂の状態だから、地獄から抜け出していかないように、魂の奴は地獄に引き寄せる仕組みになっている。俺様を見たら分かるだろ?肉体がないとここに留まることが出来ないということを。そして、その仕組みを管理している奴が地獄にいるんだが、そいつの許可がないと外に出ることは容易ではない。まあ、俺様みたいな方法で外に出る奴は別としてな』



 アバドンは、最後に大きな大きな溜息を吐いて、ポツリと呟いた。



『だから、俺様達は待つしか出来ない。リュゼの奴が自力で返って来るのをな』
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