上 下
328 / 340

状況確認1

しおりを挟む
『見えづらいみたいだね』



 見えづらいから気付かないのか。だったら、洞窟を出るとすぐ分かるような変化なのか?



『それはどうだろう?』



 え?暗いから見えづらいわけじゃないの?



『それもあるとは思うけどー、そもそも見慣れていないから気付かないかも』



 ん?見慣れてない?え?もう一度全身を見下ろしてみるが、何か変わっている部分はない。相変わらず、なんとなく何かが違うような気がするだけだ。でも、見慣れていないからこそ、普通は違いに気付くはずだ。なのに、見慣れてないから気付かないっていうのは意味が分からない。



『もう分かったよー。自分で気づいて欲しかったんだけどなー。その方が面白そうだし』



 お、面白そう!?そんな理由で教えてもらえず、ずっと悶々と考え込むことになっていたのか!?黒の書の思惑に思わず目を瞑る。一回・・・何も考えず頭の中を整理する時間が必要だな。うん。



『頭の中を整理?そんな時間は要らないよ』



 ・・・・要るよ。だから静かにしていてくれ。何も考えたくないんだ。



『要らない!要らない!答え言っちゃうー!』



 なっ!?ちょっと待てっ!まだ準備が・・・ッ!?



『今は魂だけの状態だよ!!』



 ・・・・・ッ!?言いやがった。言いやがったよ!この本は!伝えられた言葉の内容が衝撃過ぎて、内容じゃない部分で現実逃避するしかないのだった。
















 固まっていた思考が動き出す。衝撃の影響で暫く脳が止まっていた俺だったが、時間経過と共にゆっくりと動き出した。そして、動き出したと同時に思い出したのは、思考停止前に聞いた黒の書の言葉。


 “魂”の状態。


 つまりそれって、今の俺は肉体を有していないということだろ?て、ことは・・・俺は死んだのか?だから、目が覚めた時に側には誰もいなかった。そう考えたらズィーリオス達の行動に納得がいく。死んだ人間の側に、それも霊体となった人間の側にいる訳がない。黒剣もマジックバッグも持っている訳がない。ここは・・・死後の世界か?



『ん?何言っているの?死んでないよ?』



 ・・・・?死んでない?俺はまだ、死んでない!?



『そうだよ?そもそもーなんで死んでいるなんて突拍子もない思考回路に至るの』



 え。突拍子もないことだったか?



『だって、もし死んでいたら魔物が襲い掛かって来るわけないじゃん。だから、ここは死後の世界なんかじゃないよ?あ、でもそれに近いではあるかも』



 そ、そうか。俺はまだ死んでいないんだな。良かったーーー!安堵のあまり、足から力が抜けて転げそうになり、壁に手をつく。しっとりとした気持ちの悪い感触に思わず我に返って、壁際から離れる。魂の状態でも感触はしっかりしているもんなんだな。



『ねえねえ、安心し過ぎて放心しないでよ!話を聞いてた?』



 聞いてた聞いてた。俺は生きているんだよねー。スッと目を細め、誰もいない空間に向かって微笑みを浮かべながら頷く。



『聞いてなーーーい!絶対に聞いてなーーい!なら!ここはどこだか答えてよ!!』



 え、そんなこと知らないよ。洞窟だろ?あ!分かった!!ここは、あれだ!聖域のはずれの道だ!それしかない!俺、結構天才だったかも。



『ただのバカだよ!!しかも話聞いてないじゃん!!』



 プンプンという擬音が聞こえてきそうだ。なんだよ。ここは聖域の中じゃないのか?黒の書の反応を聞いていると、俺自身は冷静になり再び足を進める。



『聖域なんかじゃない。もーーっと遠いところ。だから、あの聖獣とか精霊とかを待っていても来ないからね?』



 マジか・・・。まあ、待っているつもりはなかったけど、俺からズィーリオス達のところまで戻らないといけないのか。結構・・・うん。この、心の奥にある言語化したくない感情が俺の中で燻り出す前に、俺は自分を騙すように話を続ける。

 だったらここはどこだ?



『ここは分かたれた世界の1つ。君に分かるように言うとー、確か地獄だったかな?』



 俺は本日何度目になるか分からない思考停止に陥ったのだった。






















『ねえ!そろそろ移動しようよ!前から敵が近づいて来ているよ?』



 黒の書の警告に意識が現実に戻り、思考が動き出す。視界には入っていないが、通路の先で僅かにこちらににじり寄って来ている敵意を感じ取った。そのため、思考を目の前の戦闘に切り替え、敵の動きを警戒しながら、動いてしまわないように注意する。思考停止によって突っ立っていたため、動き出すことで敵の警戒を上げてしまわないようにする目的があった。ゆっくりと近づいて来ている敵は、俺が気付くまでギリギリの距離を詰めようとしているのか、それとも、無防備の獲物がいるから近づいているのかのどちらかだろう。後者だった場合は楽だが、もし前者だった場合、いきなり突撃してくる可能性もある。現時点で言えるのは、先ほどのゾンビウルフのように、獲物を見つけ次第襲い掛かって来るタイプではないということだ。



『魔法を使おうよ。魔法!』



 使う訳がないだろ!こんなところで使ったら、俺が生き埋めになるんだけど!神経を張り詰めていた時、緊張感のない黒の書の声が割り込んで来た。ついツッコんでしまい、そして体が大きく動く。その瞬間、俺が動いたことに気付いた敵が、通路の奥へと引っ込んで行った。・・・・どうやら後者の方だったらしい。良かったー!



『あれー?逃げちゃった』



 逃げちゃった、じゃないんだよ。それでいいんだ。今の俺はまともに戦える状態じゃないんだからな。



『魔法を』



 なし!黒の書の言葉に被せる様に否定する。こいつは俺を殺すつもりか?



『酷いな。殺さないよ!死んじゃったら僕だって困るんだから!』



 だったら・・・あれか。ただ出番が欲しいだけか。



『そう!そうだよ!ここなら使えるでしょ!』



 ここ?・・・・あ!そうだった!地獄・・・にいるんだっけ?



『うん!世界の端で魔力を外に流し過ぎちゃったから、壁を超えて魂だけ渡って行ってしまったみたいだね』



 魔力の流し過ぎ・・・。それって・・・。思い当たることといえば、聖域でやっていた魔力の壁を感知する試みぐらいしかない。



『その時だねー。悪魔に言われてたでしょ?気を付けろって。気を付ける間もなく飲まれちゃったねー』



 飲まれ・・ちゃった、な。それにしては、黒の書は落ち着き過ぎじゃないか?世界を渡ってしまったんだろ?しかも、魂だけの状態で。



『そうだねー。魔力の源は魂だから、今の君は魂だけでここにきた状態。君の魂と僕はくっ付いているから一緒に来たの。そして、君の体は魂が抜けた状態で向こうの世界に置き去りにされているんだよ』



 それって、俺の体は大丈夫なのか?



『大丈夫じゃないかな?聖獣とかがいるし。ただ、魂のない抜け殻状態は、何が起きるか分からない。早めに戻った方が良いだろうね』



 どうなるか分からない?一気に危機感が増してきた。ジッとしてはいられず、俺は足を動かし進行方向へ向かう。長い間魂が抜けた状態にしておいて、何もないとは思えない。やることは決まった。急いでズィーリオス達のいる中間界へ戻ることだ。て、あれ?だとしたら・・・。

 それって、来た時と同じように魔力を放出させて世界を渡ればいいんじゃないのか?そうやって来たならば、帰りも同じようにすればいい。しかし、黒の書は無常にも俺の考えを否定する。



『そんなことをしたら、周囲にいる者達が襲いかかって来るよ?そもそも、来る時は世界の端だったけど、ここが中間界と一番近い距離の場所ではないし』



 何ということだ。すぐには帰れないという事実に、思わず顔を両手で覆い天を仰いだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)

いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。 --------- 掲載は不定期になります。 追記 「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。 お知らせ カクヨム様でも掲載中です。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

処理中です...