はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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聖域の危険性

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『うーん。やっぱり理解出来てないみたいだねー』
「当たり前だろ」



 耳を下げたズィーリオスのセリフに思わず突っ込む。あんな安全地帯の代表例みたいな場所が最も危険な地帯?納得出来る要素も皆無では信じることは出来ない。ズィーリオスが俺に嘘を言うことはないと理解していても。



『そういう反応になるだろうなーっところは想像出来ていたけど』



 想像出来ていたなら、なぜもっと芯を突いたことを言わないんだ。目を細めてズィーリオスを見つめると、スッと視線を逸らされた。おい!



『さて。休憩も取れたし行こうか!』



 のそっと立ち上がるズィーリオスの行動についていけず、立ち上がったズィーリオスを唖然と見上げる。



『ん?リュゼ、乗らないの?自分で走る?』
「な?え?いや」



 俺はどこから突っ込めばいいんだ・・・。頭は混乱しているが、体は素直だった。サッとズィーリオスの背に飛び乗っていつもの位置に着く。そして、川を飛び越えて行動を再開しだしたのだった。川上に向かって川沿いを走りだして。





 思考停止状態のまま、程よい揺れに身を任せていると、頬を心地よい風が撫でていく。



「だーー!そうじゃガッ!?ッーーー!?痛ったぁ!?」
『・・・何してるの?』



 ハッと放心状態から戻った俺は、聖域の件について問い詰めようと声を上げた。しかし、タイミングが良いのか悪いのか、ズィーリオスが丁度川沿いにあった大きめの岩を飛び越えた瞬間であり、衝撃で舌を噛んでしまった。その痛みに口元を抑え、ズィーリオスの背中に頭をめり込む勢いで埋める。



『はぁー。移動中は念話で話すようにって言ってるじゃん・・・』



 呆れたズィーリオスの声の後ろで、アバドンの爆笑する笑い声が聞こえる。滲みだす涙を目じりに溜め、顔を上げてアバドンを睨み付ける。しかし、全く堪えた様子もなく笑い続ける。クソッ!アバドンの奴!握りしめた拳を振り上げ・・・いやいや違う。今はアバドンのことはどうでも良いんだよ。そんなことよりも聖域について聞かないと。


 視界にワザと入り込んでいるのか、爆笑しているウザイ奴を視界から追い出し、意識をズィーリオスにだけ向ける。



『ズィーリオス!さっきの聖域の話がまだ終わってないだろ!結局、聖域が世界で一番危険な場所ってどういう意味だ?』



 何とか落ち着かないと。深呼吸をしてズィーリオスに問いかけると、今までのもったいぶった時間は何だったのかというほどあっけなく教えてくれた。



『ああ、そうだった。聖域って実は、最も世界の壁が薄いところなんだよね。つまり、魔界側とこっち側がかなり近い場所でもあるんだ』



 世界の壁が薄い場所?



『つまり、世界を分け隔てている結界の壁がなくなると、一番に押し寄せて来るところが聖域ってわけだ。逆に言うと、魔界と地獄との出入口だな』
『・・・』



 何も言う言葉が見つからずに無言になる。それは、本当か?本当のことなら、確かに聖域こそが最も危険な場所だ。




『・・・本当、なのか?』




 ズィーリオスが嘘を吐くわけがないことは分かっている。分かっているが、もう一度確認せずにはいられない。やっぱり、聖域は安全というイメージが簡単には払拭されない。

 俺のその言葉にズィーリオスは答えなかった。しかし、その代わりにズィーリオスはアバドンに視線を向ける。



『くっ!くははは!その通りだ!』



 未だに笑い続けていたアバドンは、堪え切れないようだ。こちらからすると、笑って返されるような内容ではないんだけど。でも、地獄から来たアバドンがそういうなら、本当に聖域は世界の壁が薄い場所なのだろう。



『ほら、覚えていないか?いつの日か、アバドンが自力で世界の壁を超えるのが無理だったから、召喚の穴を利用してこちら側に来たという話を』
『うーん。あったようななかったような。覚えてないな・・・』




 ズィーリオスが昔の話したらしいことを引き合いに出して説明しようとするも、そんなことまで覚えているわけがない。本来なら別の悪魔が来るところを、無理やり押し入ってやって来たということぐらいしか覚えてないんだけど。チラリと悪魔を横目で見ると、深い息を吐いてようやく笑いが収まったようだった。




『覚えてなかったか・・・』




 おいズィーリオス!そのやっぱりな、と言いたげな声音はどういう意味だ?ズィーリオスに追求するもはぐらかされる。




『聖域が危険な場所の意味は分かった?』
『分かった』




 発言の裏の意図を問い詰めたいが、それは無理そうである。不承不承ズィーリオスの話に合わせることにした。



『だから、世界の結界がなくなれば、聖域から悪魔が溢れ出すことになるんだ。それを、一応管理者の結界によって抑えることが出来るけど、でもそれは一時的なものだ。力の強い悪魔が相手だと簡単に結界は破られる』
『なるほどねぇ。だから結界がかなり特殊なのねぇ』
『そういうことだ』




 ズィーリオスの説明にユヴェーレンが頷く。ズィーリオスが聖域に張る結界は特別性だ。

 ズィーリオスが結界を張っていた時のことを思い出す。ズィーリオスの魔力と神経を極限まですり減らしてやっと完成する特殊な結界。それは、幻覚と生きものが近づかないようにする効果、そして魔力の痕跡隠しを行う2度目の結界とは別物だった。そうか。凄い結界ということだけは分かっていたが、あれは聖域の中から溢れ出て来るかもしれない悪魔たちを抑えるためのものだったのか。




『俺の張る結界はただの保険だと思って欲しい。結局のところ、結界の神が張る結界を超える結界を張れるわけではないからな』




 それもそうだな。ズィーリオスの言葉を肯定する。ズィーリオスの結界が、エンリュゼーファ神の結界を超えるのならば、それはズィーリオスが神であって、俺ではなくズィーリオスが後継者どころか生まれ変わりになる。ズィーリオスの結界は、本当に最後の生命線といった程度のものなのだろう。俺がやることは変わらないというのだな。

 そうして会話をしている間にも、俺たちは聖域の在り処に近づいて行く。エルフの国から見て、世界樹のある位置よりも更に西側。まさに、ニュフェの樹海の奥地であった。

 世界樹からかなり離れていることもあり、割と魔物の気配もチラホラとするようになっていた。だが、野生の勘なのか、未だその姿は見えない。反対に、動物の姿は良く目にしていた。川上に向かって川岸を走っているということもあり、時折水を飲みに来た動物たちの姿があった。

 そんな動物たちを驚かせては可哀想だ。そこで、俺たちは気配を極限まで消して移動していた。走りによって生じる風はズィーリオスが風魔法で相殺しているので、水を飲んでいた動物が突然の突風によって、水の中に放り込まれるということはない。

 


『だからね、リュゼ』
『ん?』
『エンリュゼーファ神の張った結界に最も近い場所が聖域ってわけなんだよ?』
『うん』
『・・・・今回の聖域では、その結界の気配を少しでも感じ取るように頑張ってみて』




 ズィーリオスのまるで子供をあやすかのような発言に、どことなく別の意図が隠されているのではないかと勘繰ってしまいそうになる。まあ、勘繰ったところで分かるわけもないのだが。



『あ、見えて来た』



 ズィーリオスの声に顔を上げて前方を見る。すると、見えてきたのは小さい滝つぼであった。5、6メートルぐらいの高さの滝が直径4、5メートルぐらいの滝つぼに流れ落ちている。滝の横幅は1メートルぐらいなので、小さな滝つぼと言えるだろう。

 水が落ちる音と流れる音だけが聞こえる静かな空間。水が溜まっている場所ということで、水を飲みに来た動物が居そうなものだが、周辺には不思議なぐらいに生物の気配がしなかった。
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