はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
321 / 340

穏やかなニュフェの樹海

しおりを挟む
『ここの聖域は世界樹の幹の中じゃないんだな』



 ズィーリオスの背の上から、後方に流れて行く森の景色を眺める。首を横に向けた視界の中心には、存在感の塊である世界樹が見えていた。




『まあそうだな。精霊とは違って、俺たち聖獣の存在は世界に秘匿されている。だから、エルフがいつ現れるか分からない場所に聖域を設けるわけにはいかなかったんだ』




 心地よい風が頬を撫で、髪が後ろへ流れ跳ねる。数日前の怒涛の日々が既に懐かしい程に、穏やかな時間が流れていた。












 聖域への訪問が決まった後、俺は香炉と魔道具をマジックバッグに仕舞い込んだ。そして、討論が激化しているガルム達を尻目に、俺たちはそっと部屋を後にして俺たち用に用意された隣室へと帰ったのだ。その次の日、俺たちはガルム達ともに王女に呼び出され、今回の出来事の報告を行った。その際、ガルム達から言われて、香炉と魔道具を彼等に手渡すことになった。エルフたちも、自国が巻き込まれた事件の調査を行うためだ。俺たちからしたら知りたい情報は既に手に入れたので、快く引き渡した。どちらも俺が持っていても意味のないものなので、欲しいというならあげてしまった方がいい。

 その後はエルフたちもバタバタと復興に忙しそうだったが、元々ガルム達は使者として来たのであって、ただの客人として事件に巻き込まれるために来たわけではない。落ち着く間もなくガルム達は使者としての仕事を全うすることになった。そして、その間ただの護衛であった俺は暇だ。だから、復興の邪魔をしないという条件は付けられたが、俺たちは自由時間となった。こちらこそ、人がいない所に行きたいのだから、邪魔をすることもない。この自由時間を有効的に使って、聖域へ向かうことにしたのだ。














 ニュフェの樹海は、俺たちが来た時とは打って変わっていた。空気は澄んでいて美味しく、風は柔らかくて心地よい。そして、世界樹と知り合いになったからか、移動が困難だった道筋が移動しやすい環境になっていた。上下運動も少なく、アバドンが沼に嵌まることもない。向かいたい方向に最短距離で進むことが出来ていた。ただ、それでも距離はあるようで、国から出て暫く走っているがまだ到着する様子は見えない。



『そうかー。確かに、これまでの聖域も人気がないところに有ったな。そういう所を見繕って聖域にしているのか?』
『いや、そうではない』



 走行中だが、ズィーリオスはゆるりと首を横に振って否定する。



『聖域の場所を俺たちが決めたわけではない。この聖域も、元はエンリュゼーファ神が指定した場所って言われているんだ』
『え?そうなの!?』



 だとしたら、聖域の結界も本来なら・・・・ってあれ?そうなると、何でズィーリオスが結界を張っているんだ?やっぱりズィーリオスも魂の欠片を持っていると考えてもおかしくないけど。でも、ズィーリオスは関係ないって言っていたし・・。どういうことだ?首を傾げながらズィーリオスの後頭部をジーっと見つめていると、目の前に川が見えて来た。因みに、アバドンには既に、俺がエンリュゼーファ神の後継者だとズィーリオスが教えたと伝えてある。予想通りアバドンも知っていた秘密だった。




『そうだよ。詳しいことは俺も知らないけど、いつの間にか聖域の結界の張り替えは管理者の役目になっていたんだ。良し、一度ここで休憩を入れるか』




 川に近づくと足を止め、各々川の水で水分補給を行うことになった。エルフの国は復興に忙しく、また水不足であったため、あまり水分補給が出来ていなかった。水は透き通っており、水底が見える。水嵩は30センチから50センチほどはありそうだ。幅はそこまで広くはなく、大体2メートルほどの小さい川だ。


 ズィーリオスの背から降り、水を両手で掬い口元へ運ぶ。冷たくて美味しいな。満足するまでがぶ飲みし、一息つく。ちょっと飲み過ぎたかもしれない。タプタプと感じる胃の中の水を揺らして、口元の水を手の甲で拭う。細菌のことは気にしていない。何かあったとしてもズィーリオスがいる限りどうにかなるのだから。




『なんだよ』



 地面で足を延ばして座り込みながらズィーリオスの横顔を眺めていると、不思議そうな顔をしてこちらを向いた。



『いや、さっきの話を考えていたんだ。つまり、初めの結界はエンリュゼーファ神のものだけど、その後からは聖域の管理者のものになっていたってことか?』
『そう、だな。うん』



 曖昧に答えようとしたズィーリオスだったが、断定できる何かがあったのか確信をもって肯定し直した。



『そもそも、聖域ってなんで聖域として隔離されているか分かるか?』
『え?そりゃあ、世界の危険なものを封印するためだろ?』



 何を言っているのだろうか。ズィーリオス自身が聖域の役目を教えてくれたんじゃないか。



『うん。そうだね。でもね、それは後々生じた聖域の役割なんだ。本来の役割は違うものなんだよ』
『違う?』



 ズィーリオスが口の周りの毛をびちゃびちゃにしてこちらにやって来た。滴り落ちる水が地面に吸い込まれていく。



『そう。さっき、聖域は元から場所が決まっているって話をしたの覚えている?』
『あー。エンリュゼーファ神が決めたって話のこと?』
『そう!それ!』



 声を弾ませたズィーリオスが尻尾を振りながら俺の目の前で座り込んだ。ちょっ!ズィーリオスの口元から滴る水が俺の足の上に落ち、ヒンヤリとした感覚に思わずビクッと反応する。すると、口を開けてやらかしたことに気付いたズィーリオスが、自分の顔の周りに風魔法を発生させる。目を瞑っている状態だが、目の前で毛があっち行ったりこっちを向いたりとしておかしくなる。唇を噛み締めて真正面で行われている光景に耐えていると、口周りがふかふかの毛になったズィーリオスが嬉しそうに舌を出した。




『実は、その聖域の場所は絶対にそこでなければならない事情であったんだ。先代まではその理由に気付いていなかったみたいだけど、最近聖域に入っててその理由が分かったんだ!』



 凄いな。あのネーデでさえ知らなかったその理由をズィーリオスは発見したというのか!そりゃあ、こんな自慢するように真正面に来るのも納得だ。



『へー!それで?なんで場所が決まっているんだ?』



 すると、スッとズィーリオスの顔から表情が抜けてギョッとする。眉を顰めてズィーリオスと見つめ合う。



『それは、世界にとって一番の危険地帯だからだったんだ』
「は?」



 意味が分からず声が漏れる。聖域ほど安全な場所はないだろう。精霊の園フェアリーガーデンも安全地帯ではあったが、俺にとっては一番の安全地帯だぞ?俺と聖獣しか見えなくて入れない空間だ。精霊王もアバドンも見つけることが出来なくてはいることも出来ない。なのに、そんな場所が一番の危険地帯?矛盾しすぎだろ。



『それってぇ、危険なものを封印しているからってわけぇ?』
『あ、そういうことか!』



 ユヴェーレンの発言に手を叩く。そういうことなら理解できる。



『違う。聖域の中にあるものは関係ない。そういう役割は後で追加されたものだと言っただろ?』



 確かに、先ほどそんなことを言っていたな。



『聖域はどこも同じく危険なんだ。俺たちが長年過ごしたあの聖域もな』



 真っすぐなズィーリオスの目が俺の目を射抜く。あの聖域も?あの場所が危険地帯?余計に脳が混乱する。あそこは、管理者に一定の実力が着くまでの生活拠点としての役割があると聞いている。なのに、そこも世界にとって一番の危険地帯?

 ズィーリオスの言う意味が理解できない俺は、混乱したまま眉間に皺を寄せてズィーリオスの目を見つめ返していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

スキル盗んで何が悪い!

大都督
ファンタジー
"スキル"それは誰もが欲しがる物 "スキル"それは人が持つには限られた能力 "スキル"それは一人の青年の運命を変えた力  いつのも日常生活をおくる彼、大空三成(オオゾラミツナリ)彼は毎日仕事をし、終われば帰ってゲームをして遊ぶ。そんな毎日を繰り返していた。  本人はこれからも続く生活だと思っていた。  そう、あのゲームを起動させるまでは……  大人気商品ワールドランド、略してWL。  ゲームを始めると指先一つリアルに再現、ゲーマーである主人公は感激と喜び物語を勧めていく。  しかし、突然目の前に現れた女の子に思わぬ言葉を聞かさせる……  女の子の正体は!? このゲームの目的は!?  これからどうするの主人公!  【スキル盗んで何が悪い!】始まります!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

荷物持ちだけど最強です、空間魔法でラクラク発明

まったりー
ファンタジー
主人公はダンジョンに向かう冒険者の荷物を持つポーターと言う職業、その職業に必須の収納魔法を持っていないことで悲惨な毎日を過ごしていました。 そんなある時仕事中に前世の記憶がよみがえり、ステータスを確認するとユニークスキルを持っていました。 その中に前世で好きだったゲームに似た空間魔法があり街づくりを始めます、そしてそこから人生が思わぬ方向に変わります。

処理中です...