はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
319 / 340

ユヴェーレンの機嫌

しおりを挟む
 ユヴェーレンの機嫌が良くなった。明らかに良くなった。先ほどまでの背中に走る悪寒は感じなくなっており、曇りのないユヴェーレンの笑顔にどこかホッとする。ガルム達の態度に満足したのか、先ほどまでとは打って変わってご機嫌だ。



『ユヴェーレンの機嫌が良くなったな・・・』



 こそっとズィーリオスに念話で呟く。すると、ズィーリオスは鼻から短く息を吐きだして、同じくこそっと答える。



『まあ、そうだろうな』



 ズィーリオスの声は柔らかく、ユヴェーレンの機嫌が良くなった理由に心当たりがある様子だ。俺が頭に疑問符を浮かべていると、続けて説明をしてくれた。



『先ほどまで機嫌が悪かったのは、多分リュゼも薄々気付いていたとは思うけど、あのエルフたちのせいだ。彼らはユヴェーレンに対しては感謝をしたが、リュゼに対しては初めに姿を認識して以降見向きもしなかっただろう?一言も声を掛けなかったことに対して怒っていたんだ。俺たちなら、リュゼがあの程度の魔素でどうにかなるとは思っていないから心配することでもないが、普通なら心配するほどの魔素濃度だ。俺たちのリーダーがリュゼだということは知っているはずなのにな。だけどあのエルフたちは心配どころか敵視していただろう?それで機嫌が悪かったが、反対にこの者達は、リュゼをちゃんと心配してくれていたから、機嫌が直ったんだよ』



 そういうことですか・・・。ユヴェーレンは機嫌が悪かったのか。思わず森の中で悪寒を感じた時のことを思い出し、遠い目になる。機嫌が悪いのはアバドンだけだと思っていたが、ユヴェーレンも機嫌が悪かったのか・・・。なんとなくズィーリオスの顔を見ると、ズィーリオスと目が合う。すると、ズィーリオスが牙を剥きだしにしてニヤリと笑みを浮かべた。へ?突然の行動に混乱して呆けていると、ズィーリオスは牙をしまって普段通りに戻った。しかし、俺はついていけずに何度も瞬きを繰り返す。考えてもその理由は分からない。ガルム達に視線を戻したズィーリオスの横顔をジーっと見つめていたが、ズィーリオスがその行動の意味を解説してくれることは終ぞなかった。








「それにしても、どうして世界樹があのような状態になってしまったのかしら?」



 アネットの呟くような疑問の声が耳に入り、混乱していた頭がハッと目の前の状況を認識し、思考が戻って来た。

 そして、気付けばアネットだけでなくガルムやジェイド、ナルシアの目も俺に向けられていた。その目を見て、アバドンが見つけた魔道具の存在を思い出す。今が絶好のチャンスではないか!


 俺はマジックバッグの中から香炉と魔道具を取り出し、それぞれ床の上に置く。すると、香炉を見たガルム達の目が鋭くなり、その表情も険しくなる。



「実は、この2つをアバドンが世界樹の付近で見つけてくれたんだ」



 そう言って、俺は世界樹自身が話していたことと、俺たちの見解をガルムたちに伝える。不審な人物たちが世界樹に何かしらのことを行ったというと、ナルシアが下唇を噛み締めて拳を握り、その肩は震えていた。



「なるほど・・・。それでリュゼ達が想定している者達は裏ギルドってわけか・・・」



 ガルムが大地の剣を代表して確認し、俺はその問いに大きく頷く。



「それで、この魔道具がどんな効果があるか心当たりはないか?」



 俺が視線を腕輪型の魔道具に向けると、ガルムは視線を下げて魔道具を一瞥し、触っても良いかと尋ねて来たので了承する。すると、ガルムはジェイドに顔を向けて頷いた。

 どうやら確認はジェイドが行うらしい。その間、ガルムは香炉を手にして色々な角度から香炉を眺める。



「はぁ。確かにこの香炉は人払いの香炉だな。だが通常の奴とは違って特に効果が強いやつだ」



 普通じゃなく効果が強いタイプもあるのか・・・。これだけでも、やっぱり人の世界に明るい彼等に聞いてみて正解だな。見開いた目でガルムを見つめる俺に、ガルムは更に詳しく説明をしてくれる。



「人払いの香は、比較的闇市で手に入れやすい代物だが、これみたいな効果が強いタイプは闇市でも簡単には手に入らない。それこそ、裏社会でも名の通っているヤバい奴らしか手に入れられないものだな」



 眉根を寄せて首を横に振ったガルムは、香炉を床に置いて顔を上げた。



「つまり、裏ギルドのような裏社会で影響力が強い奴らなら持っていてもおかしくないってことだ」



 溜息を吐きながら、ガルムは手を額に当てて天を仰ぐ。



「おかしくないどころか、裏ギルドが関与しているのは間違いないっすね」



 これまで黙っていたジェイドが力強く断定した。ジェイドに顔を向けるとその頬は引き攣っており、不格好な苦笑いを浮かべていた。これで、限りなく確定に近かった情報が、完全に確定したのだった。

 ジェイドは腕輪の内側を俺に向け、その腕輪の一部を指さす。



「ここに僅かにある模様が見えるっすか?」



 身を乗り出し、俺はジェイドの示す場所に目を凝らす。すると、そこには確かに薄っすらと模様があった。



「これは・・・蝙蝠の羽をしたカラス?」



 そこに見えたのは、蝙蝠の羽を広げたカラスの姿であった。不思議な動物の絵に首を傾げながら正解を求めてジェイドに顔を向ける。



「正解っす。実はこれ、裏ギルドを象徴するマークなんっすよ」



 口を開けたまま視線を腕輪の内側に向ける。状況のみが裏ギルドの存在を示したのではなく、確固たる証拠がその存在を示していたのだ。そのことに俺は、呆けたまま腕輪を見つめることしか出来なかった。黙りこくってしまった俺を見て、ジェイドは床の上に腕輪を置いた。



「だけど、どんな効果のある魔道具かは想像が付かないっすね。腕輪型の魔道具はこれまでいくつか見たことはあるっすけど、聞いた限りの状況に合う効果はないっんすよねー」



 申し訳なさそうに告げるジェイドだが、そこでも大いに分かったことがあるのだから十分だろう。



「一応、知っている腕輪型の魔道具の効果は・・・大体が肉体の強化系のものっすね。後は、魔法の補助道具の腕輪型とかっすかね?いや、でもあれは魔道具っていうほどではないっすしー?」



 ジェイドが首を傾げて斜め上を見て、他に何かないか思い起こそうとしていた。しかし。



『あああ!?!?』



 突如、脳内に絶叫じみた大声が響き、反射的に両耳を抑えて顔を歪める。それは俺だけではなく、アバドンやガルムたちも同様であった。ズィーリオスに至っては、全身の毛を逆立てて耳をピンッと立てており、僅かに腰が浮いていた。



『あ、ごめんなさぁい』



 意気消沈して謝ったのは、いきなり声を出した犯人であるユヴェーレンであった。ユヴェーレンの姿が見えないガルムとアネット、ジェイドは、声の主がユヴェーレンであることにホッとした顔を浮かべて苦笑いしていた。しかし、ナルシアだけは苦笑いを浮かべずに目をパチクリとさせてユヴェーレンを見つめていた。まだ若干放心状態にあるようだ。

 対して、俺とズィーリオス、アバドンは、ユヴェーレンとは慣れた仲であるため、普通に恨みがましい目を向けていた。

 だが、肩を落としてしょんぼりとしているユヴェーレンを見て、流石に可哀想になる。そういう時もあると、俺は許すことにしたが、アバドンはここぞとばかりに念話でユヴェーレンに攻撃しだした。その様子を見て、ズィーリオスは冷静になりユヴェーレンを許すことにしたようだった。


 いつもはユヴェーレンに怒られているアバドンであるため、意気揚々と落ち込んでいるユヴェーレンを責める様はまさに鬼である。いや、悪魔なんだけれども・・・。




「まあまあまあ!それでユヴェーレンはどうしたんだよ?」




 流石に、ユヴェーレンは反省しているのにこれ以上責められている姿は見て居られず、俺は無理やりアバドンとユヴェーレンの間に入るのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...