はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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世界樹の証言

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「良し!」



 黒剣を頭上に持ち上げると、磨き抜かれた刃が日の光に反射して煌めく。黒い剣身が反射する光は、眩しい光ではなく目に優しい気がする。うん。やっぱりカッコいいな!



『細かいところまで綺麗にしたようだな』
「そうなんだよ!やっぱ分かる!?」



 ズィーリオスが黒剣を覗き込みながら、感嘆したように声を零した。自分でも大満足なほどピカピカにした剣身を褒められると、頑張って手入れをしたことが伝わって頬が緩む。やっぱり自分のお気に入りが褒められるのは嬉しいな。

 剣を鞘に納めて周囲を見渡すと、まだユヴェーレンは世界樹にこれまでの経緯を説明していた。俺が思っていたよりも長時間は手入れをしていなかったのかな?それとも、単に説明が長いだけか?



「あっ」



 手入れを始める前とは違った光景が視界に入り、声が漏れる。俺の視界に入ったのは、ドーム状の半球体と化した白い煙だった。どうやら風の結界で覆っているようだ。煙が拡散しないのでありがたいのだが、結界ってことはズィーリオスの仕業・・・だよな?中にアバドンの気配があるし、結界内にアバドンを閉じ込めたということだが・・・。

 まあ、アバドンとも合意の上だということだろう!合意じゃなくても気にしてないようだしな!うん!燻製が出来たら勝手に出て来るだろう。ズィーリオスとしても、このぐらいの結界なら勝手に割って出て来ると思ってそうだし。

 より煙ったそうな一角から視線を戻す。なんで燻製の煙があんなに外に溢れているのか、という疑問は出来立てのハムを食べる時にでも聞こうかな?



『そうだったかー。まあ、迷惑もかけたし、こうして助けてくれたから、樹液の件は不問にする。気にしないでくれ』



 あ、ユヴェーレンの説明の方が丁度終わったようだ。良かったー。俺が剣で切りつけた件は無罪になった。樹液もどうやら実験のために利用して良いらしい。だが、他のことに悪用はしないでとのことだ。それは当然なので了承する。



『意識を失う前の覚えている記憶って何かないかしらぁ?』



 その質問はユヴェーレンにしてはナイスだ。今回の事件の原因が分かるかもしれない!ユヴェーレンと世界樹との念話に意識を集中する。



『うーん。どうだったかなー。いつものように日光浴をして、小鳥たちのお喋りを聞いていると・・・・確か見慣れぬ服を着た者達がやって来たな。そう、そうだった!』



 世界樹の枝葉が騒めく。いつの間にか、この場の魔素濃度が平均よりも多少高いという程度まで下がっている。ニュフェの樹海は、元の魔素濃度がその周囲のネアの森よりも高いというのは聞いていた。だから、この魔素濃度が通常の魔素濃度なのかは分からないが、異常に高い濃度の魔素に慣れてしまったのか、かなり薄く感じる。そもそも、なんとなく通常よりも魔素濃度が濃い気がするという程度の感覚でしかない。完全にバグってしまっている。・・・・空気が軽くて美味しいな。



『またエルフの者かと思って気にしていなかったのだが、何やらいつもと様子が違って、しっかりと確認しようとしたら、複数人の黒いフードを目深に被った者達がいたんだ。そこでエルフたちではないということに気付いたな・・・』



 思い出しながら喋っているようで、ゆっくりと言葉を紡いでいく世界樹。



『あ、そうそう思い出した!そして、なんだか怪しげな気配を身に纏っていたから、奴らを全員拘束しようとしたのだが、彼等の内の1人が取り出した魔道具から気持ちの悪い音が放たれたんだ。そこで動きが止まってしまったなー』
『気持ちの悪い音?』



 音を出す魔道具か・・・。



『本当に気持ちの悪い音だった。気分が悪くなり、思考が上手く回らなくなったな。枝葉に止まっていた鳥たちも逃げって行ったが、逃げ遅れた子たちは地面に落ちてしまっていた・・・』



 巻き込んでしまい申し訳なかったと世界樹が哀切な声音で告げた。そして、そのまま続ける。



『その音は、何やらその不審者たちには聞こえないようでな。平気な顔をして動いていた。だが、こちらはその音のせいで身動きが取れなくて、ただ奴らのやることを見ていることしか出来なかった』



 人には聞こえなかった、か。となると、その魔道具は人の聞こえない音域を出していた可能性が高いか。人には聞こえない周波数を出す魔道具を用意していたとは、予め計画を練っていないと出来ない動きだ。



『そして、奴らは怪し気な液体を撒きだしたんだ。身の危険を感じて吸収しないようにしようとしたのだが、満遍なく液体を掛けられていて、完全には除くことが出来ていなかったようだ。その液体を吸収してしまったらしい。そこからは記憶がない。気付いたら貴方達がいて、そこで悪魔が・・・・な』



 言葉は最後まで続かずとも、世界樹の言いたいことは分かる。本人以外は皆同じ気持ちだろう。



『その液体っていうのがぁ、世界樹の意識を奪った原因ということねぇ。ならぁ、今は大丈夫なのぉ?土にその液体が含まれてしまっているんじゃなぁい?』
『それは・・・』



 すると、風が吹き抜け、世界樹の周りの木々がざわざわと揺らぐ。まるで周囲の木々が喋っているかのような音がする。



『なるほど・・・・』



 周囲の木々に意識を向けていると、世界樹が急に何かに納得した声を上げた。実際に調べてみて、何か分かったのだろうか。



『今、周囲の木々がその時の様子を教えてくれたのだが、どうやらその液体はこの辺り一帯にも撒かれていたらしい。そして、その危険な液体を私が全て吸収したようだ。周りの木々にも影響が出ることを恐れて、無意識に行ったことだろうな』



 まさか、俺の感じた通りだったとは。世界樹が周囲の木々と会話を行っていたことも一驚だったが、世界樹の根本だけでなくこの辺り一帯にも危険な薬液が撒かれており、それらを全て世界樹が吸収したということも驚きであった。



『その薬液を過剰摂取した弊害かぁ、単に薬液の効果で意識を失ったのかぁ、どちらかでしょうねぇ』
『それか、撒いた薬液を世界樹が全て吸収することを想定した上での効果だった可能性もある』



 ユヴェーレンに続いて、静かに聞いていたズィーリオスも可能性を上げる。それら全てが可能性であり、そこから事実として昇格する要素はどこにもなかった。つまり、薬液が使われたことは分かったが、その薬液がどのような効果を持っているのかは分からないということだ。せめて薬液を含んだ土があれば、サンプルとなった可能性があるが、ないものは仕方ない。世界樹が周りの木々を守るために頑張ったことなのだから、文句を言うようなことではないだろう。



「結局のところ、手がかりとなるのは黒いフードを着た怪しい団体が、魔道具を使って世界樹の動きを封じ、世界樹に対して変な液体を掛けたってだけかー」



 分かったことをまとめたが、どれも抽象的過ぎて1つも本質を穿った答えがない。脳内ではある言葉が浮かんではいるが、確証がない状況では迂闊に口に出せない。口に出してしまえば、それが答えであるような雰囲気になってしまう。だが、魔道具を用意したり、組織的に動くことが出来る怪しい集団と言えば、あいつらしか知らない。



『この事件だけどぉ、前に大きい人の街でリュゼにちょっかいを出してきたところじゃなぁい?名前何だっけぇ?』



 ・・・折角俺が何も言わなかったのに。それを言ってしまうと、答えは1つじゃないか。



「ユヴェーレン。決めつけるのは良くないぞ。一度決めつけたら、その先入観が抜けなくて、真実につながるヒントを見逃してしまうぞ」



 一応諫め、はっきりと言葉にしてしまうことを防ぐ。



『リュゼ!出来たぞ!』



 そんな時、空気を読まない待ちわびた声が聞こえて来た。
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