はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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白い煙

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 ・・・・・。何も起こらない。




『・・・・何か起きた?』
『いや、何も・・・』
『変ねぇ?もう少し待ってみましょぉ』




 命の水リーベンを世界樹にかけたにも関わらず、予想していた変化は何も起こらない。・・・・俺、本当に命の水リーベンをかけたよな?普通の水をかけたりしていないよな?思わず自分の間違いを疑うほどには無反応である。



『なあ。全員揃って無視は酷くないか!?』



 ・・・世界樹の反応ではなくアバドンの反応が返って来る。俺たちの会話が聞こえているから仕方ないのだが・・・。

 周囲の魔素濃度の変化がないので、完全に世界樹の反応はないと断定して良いだろう。もう一度命の水リーベンを汲みに行った方が良いのだろうか?でも、薬の過剰摂取は体に悪いからなー。植物の精霊王が何も言わなかったならば、雷の精霊王の言っていた量は適切なのだろう。・・・植物の精霊王は他の精霊王たちに囲まれていたけど。



『ちょっと!?え?もしかして念話出来てないのか!?』



 喧しいな。俺だけでなくズィーリオスやユヴェーレンも俺と同じ心中のようだ。ズィーリオスに至っては溜息を吐いていた。振り返ったズィーリオスに続いて俺も振り返る。すると、白い煙の中からトングのような物を片手にアバドンが出て来る。

 ここに来る時も今もそうだが、俺たちがいるところは白い煙の風上だった。そのため、煙ったいことはないが、あの煙の中で平然と立っていたと思わしきアバドンの神経を疑う。悪魔には煙など無意味なのだろうか?特に、目とかシバシバするものだが・・・。



「おーい!念話聞こえないのかー?」



 アバドンがトングを左右に振りながらこちらに向かって歩いて来る。



『そうだったようだなー』
「マジかー!それなら仕方ないか」



 ズィーリオスがアバドンに堂々と嘘を吐き、アバドンは馬鹿正直にそれを信じ込んでいた。



「あ、でも念話の確認はした方が良いよな」
『どうだ?聞こえるかー?』
「あ、うんっ。聞こえるぞ!」



 アバドンが独り言を言った次の瞬間に念話の声が聞こえて来る。当然聞こえないという訳がないので、今度ばかりはちゃんと聞こえていることを教えてあげる。俺の背後でこちらに背を向け、腹を抑えながら口元を抑えている美女はもっと隠れた方が良いと思うぞ?そういう俺も、緩みそうになる表情を何とか抑え込み、平常心を装ってアバドンに答えていた。ピクピクと動く口角を抑えるのが大変だ。



『そうかー!それは良かった!なんで聞こえなかったんだろうな?』
「さ、さあ?なんでだろうねー?」



 眉間に皺をよせ、首を傾げるアバドンに恍け、これ以上追求されないように話を変える。



「そ、そう言えば!その白い煙は何なんだよ!ここで何をしてたんだ?」
「ああ、これかー」



 アバドンの表情が一気に明るくなり、なぜかトングをカチカチっと鳴らす。



「今はここでハムを作っていたんだ」
「ハム?」



 いきなりハムを作り出すとは一体何をしてんだ・・。



「そうハムだ!前から水抜きとか塩抜きとかは既にやっていたからな。後は燻製にするだけだったから、お前たちを待っている間にやってしまおうと思ってな!周囲には誰もいねぇから怒られないだろうし?」



 ・・・・前々から下準備してたってことか。まあ確かに周囲に人がいたら迷惑だっただろうな。燻製なら時間もかかるから余計に。出来立てハム・・・・美味しいそう。



「もう出来たか?」
「残念ながらまだだ。もう少しで出来るぞ!」
「おお!出来立てが食べられ『そういう問題ではないっ!!!』・・・ッ!!」



 な、なんだ!?アバドンが作った物なら絶対に美味い。だからこそテンションが上がった俺だったが、そんな俺の脳裏に聞いたことのない者の声が響き渡る。



『なぁああああぜっ!世界樹の側ここで悪魔がハムを作っておるっ!?!?!?』



 老いた女性の声が脳内で叫ぶ。だいぶ語気を荒げており、なんだか呼吸を乱していた。もっと空気を吸った方が良いぞ?



『喧しい!呼吸ならしとるわっ!!声が駄々洩れなんじゃよっ!!』



 やっぱり息切れしちゃってないか?ん?あれ、返答が返って来た。俺、今声に出てたのか・・・。



「てか、誰ッ!?」



 辺りを見渡すも俺たち以外の姿は見えない。もしかして・・・この白い煙に意思が芽生え・・・っ!?



『・・・リュゼ。その煙じゃなくてこっち』



 俺がアバドンの背後で立ち上っている白い煙をジーっと見つめていると、ズィーリオスが俺の背中突いてきた。それに合わせて振り返るも、そこには世界樹しかなく・・・。え。




「世界樹?」
『悪いか??』



 やはりかなり大人な女性の声が脳内に響く。この声の主が世界樹らしい・・・。


 世界樹の葉がサワサワと揺らぐ。唖然と世界時を見つめていると、フッと空気が軽くなっているのが感じられた。魔素濃度が薄まっている証拠である。これは、世界樹が復帰したのだ。



「おお!世界樹が元に戻った!!上手くいったな!ズィーリオス!ユヴェーレン!」
『・・・・面倒を掛けたみたいだな』



 俺がズィーリオスとユヴェーレンに満面の笑みで振り返ると、苦笑いを浮かべた2人の姿が目に入った。



『ほんとぉ久しぶりねぇ』



 すると、ユヴェーレンが世界樹に顔と念話を向ける。その間、ズィーリオスは何故か俺の背中を尻尾でパタパタと叩いていた。アバドンは既に興味を失くしたのか、いつの間にか再び煙の中に戻っており、姿は隠れて見えない。



『久しぶりだな。なるほど、やっと見つけたのか』
『ええ。可愛いでしょぉ?』
『・・・黙秘させてもらう』
『ええーー。なんでよぉー』



 何の話をしているんだ?話の内容が読めずに首を傾げる。途中、意味ありげにチラリとユヴェーレンからの視線が向けられたため背後を振り返ったが、背後には未だにパタパタと動くズィーリオスの尻尾しかない。ユヴェーレンがズィーリオスのことを可愛いなんて絶対に口にはしないだろう。やはり意味が分からない。



『あ、そう言えばぁ、植物の王がすっごぉく心配していたわよぉ?あとで来ると思うから安心させてあげなさいねぇ?』
『それは本当か?あの子には後ほど謝らねばならぬなあ』



 世界樹がしみじみと呟いている声を聴きながら、地面に胡坐をかいて座り込み剣の手入れを行っていた。俺と共にズィーリオスも地面に伏せており、俺の邪魔をしないようにか、尻尾による意味不明なパタパタ攻撃を切り上げていた。



『それで話を戻すが・・・。いや、やはりいい。アレには触れないでおくとしよう。ただ疲れるだけな気がする』
『賢明な判断ねぇ』
『まあ、現状見る限りやっていることは無害だからな。煙ったいが』



 うーん。やっぱりこの剣は良い出来だなー。あんなに大量の魔物を切り伏せていたのに、刃こぼれの1つもないなんて。それに磨けば反射する剣身・・・美しい。あ、ここ。ちょっと汚れがこびりついてしまっているな。ズィーリオスにクリーンをしてもらえば楽だが、やはり自分が使う得物ぐらいは自分で手入れをしないとな。



『・・・・ふぅ。だいぶ魔素濃度も下がって来たわねぇ』
『そうだな。まさかこのようなことになるとは』
『前代未聞のことよぉ?私たちが来なければぁ、この森に棲んでいるエルフたちは全滅していたわよぉ?』
『はぁ。・・・そうか。本当にありがたい。すまないが、これまでに何が起きていたか説明してくれないか?』
『良いわよぉー』



 そこからは、ユヴェーレンが世界樹へ、ここに来てからこれまでの俺たちの行動についての説明を行った。その間に、俺の意識は完全に剣を磨き上げることにシフトしていた。
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