はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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ズィーリオスの覚悟

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「え?今?」


 精霊王たちの採決が過半数を超え、可決が出たのは喜ばしいことだが、それよりもその結果が今出たことに思わず声が漏れる。採決は終わったとは言ってなかったか?今ってことは、それは決まってなかったと同義だと思うぞ?って決まっているいないという判断についてはどうでも良い。それよりも、そのタイミングが今であったことの方が謎だ。



『そうだ。まあ、座れ。時間はある。心配しなくて良い』



 そう言ってズィーリオスが腰を下ろしたことで、俺は自然にズィーリオスの背から滑り下りた。伏せる様子は見えないので、俺もズィーリオスの隣に腰を下ろす。立ち上がったタイミングから、何とかの水を取りに行くと思ったが、そうではないようだ。まあ、ズィーリオスのこの落ち着きようは、確かに時間があるのだろう。

 俺の内心の焦りを知ってか知らずか、端的な言葉で俺に行動を促した。周囲を見渡してみると、精霊王たちが俺の着席を待っていた。これは、大人しく従うしかない。目的地のその水がある場所を俺は知らない。流石にすぐそばの池ではないだろう。特別な水のようだから、このような場所にはないはずだ。もっと厳重に管理されていそう。


 俺が静かに座り込むと、1人の精霊が声を掛けて来た。



『君の決断、見守らせてもらったヨ。今も変わらないままなんだネ』
「え?」
『ちょっとぉ!何言っているのよぉ!私言ったわよねぇ!!』
『あっ、そうだっタ!ごめんごめン!』



 茶色い髪で褐色の肌をした青年が、真ん丸な目を見開いてこちらを見ている。柔らかそうな草の上に直接胡坐をかいて座り、手を付いて身を乗り出してこちらを食い入るように発した。胸元がはだけたワイルドなこげ茶色のベストは、彼の体の筋肉を完全に隠しきるのは至っていない。チラリと見える胸筋は、彼の奔放さを表しているようであった。そして下半身はゆったりとした黒いズボン。多分地の精霊王だろう。

 本来ならば、その逞しい肉体に目と意識を持っていかれるところなのだろうが、俺は地の精霊王の言葉の方に意識を持っていかれていた。

 今も変わらない?どういう意味だ?俺を知っているのか?それも、まるで昔の俺を知っているかのような発言・・・・。いつのことを言っているんだ?俺がバルネリアだった時か?それとも前世の事か?いやいやいや。今までユヴェーレンにも、ズィーリオスにも俺が異世界から転生してきた人だとは知られていない。だから、俺が転生した前世の記憶持ちであることはバレていないはず。だとすると、俺がバルネリアにいた時のことか?あの時の俺は、魔力を封印されていて精霊は見えていなかったし、側にいたとしても気付けないから可能性はある。だけど、なんだか違う気がする。

 地の精霊王の目は、とても懐かしむようで、悲し気であり嬉し気であり・・・・。色々な感情が入り混じっている瞳だったのだ。数千年単位の時を生きる精霊が、たかが数年前に会った人間にこのような目を向けるだろうか?いや、有り得ない。だから、地の精霊王がバルネリアにいた時の俺を知っていて、このような発言をしたわけではないということだ。

 それに・・・・、ユヴェーレンの制止と言い、地の精霊王に向けられる他の精霊王の視線と言い、完全に地の精霊王が言っていることに対して理解している反応だ。つまり、地の精霊王だけでなく、他の精霊王たちも俺について何かしらを知っているということ。


 俺の秘密についてなのかもしれないな。ユヴェーレンが知っていたのだから、他の精霊王が知っていてもおかしくない。



『この子があの方の生まれ変わりって言うのは『おい!』・・・あっ、秘密にするんだったネ?』



 ズィーリオスが低い声で吠え、ユヴェーレンが地の精霊王の首を鷲掴みにしていた。首を掴まれている地の精霊王は、ヘラっとした顔で笑っており、ユヴェーレンを落ち着かせようとしていた。


 あの方って誰だ?生まれ変わり?


 本来なら聞いてはいけない言葉だったのだろう。だけど、俺はしっかりとその言葉を拾ってしまっていた。そして直観的に、これが俺の秘密のであることが分かった。

 俺が転生していることを皆知っているということか。だが、それはどうやら俺が知っている前世ではないことは分かる。前世の俺は、あの方と呼ばれるようなことをした覚えはない。けれど、彼は俺が“あの方”と呼ばれる人物の生まれ変わりであることを確信しているようだった。ならば、俺が覚えている前世の更に前。俺が日本の女子高生として生きていた人生より前に、この異世界で生きていた可能性があるということだ。その時の記憶はないが、流石に俺が飛行機事故で死んだ後にこの世界で転生していたという可能性は低いだろう。つまり、日本人として生きていた人生と、今の人生の間に別の人生を生きていたという可能性だ。それだと、なぜ日本人として生きていた頃の記憶だけが残っているのだという問題が生じる。だから考えられるのは、前世の更に前だということだ。



『彼が寝ている間に、その件については秘密にしているから触れないでくれと言っていたが、もうそこのアホが口を滑らせてしまった。だからもう全て言ってしまった方がいいのではないかね?』



 ユヴェーレンと地の精霊王のやり取りをスルーして、ズィーリオスに話しかけたのは雷の精霊王。黄色味がかった白髪を短く切りそろえ、オールバックにした初老の男性。どこかの貴族のような恰好である。白いシャツに、黄色とオレンジのチェック柄のネクタイ、黒のベストに紺のジャケット。そして同じく紺のズボン。足が着くほどの高さの岩の上に腰掛けた雷の精霊王は、足を組んでズィーリオスを真っすぐに見ていた。



『それは・・・』



 ズィーリオスが俺をチラりと見て視線を落とす。



『これは既に逃れられない運命だ。我々もその準備をしなければならない。植物の王が言っていた時は半信半疑であったが、闇の王が連れてきたその子は紛れもない証拠を持っているではないか。その子がいるということは、いつことが起こってもおかしくない。ならば、今の内から準備を進めていた方が良いだろう。まさかその子に準備もさせず、これから起こることに身を投じさせるつもりかね?』
『それはそうだけど・・・』



 ズィーリオスが何も言い返せずに黙り込む。


 逃れられないからいつかは教えるとは言われていたが、それにはタイムリミットがあるのか?しかも、雷の精霊王の話しぶりからして、これから何かが起こるらしい。そして、それに俺は必然的に巻き込まれ、対応するには自身の秘密を知っている必要がある。

 確かに、逃れられないことならば事前に準備が出来ていた方が良い。いきなり巻き込まれるのと、予め来ることが分かっていて準備をしているのでは、実力も心構えにも雲泥の差が生じていることだろう。

 雷の精霊王の言っていることは一理ある。いや、一理どころか完全に正しい。それに、俺だけでなく彼等も準備しなければいけないらしい。ということは、各属性の精霊の中で最も強い精霊王で以てしても、準備が必要な事案が起こるということに他ならない。それなのに、準備もしていない俺がことに遭遇したところで、あっけなく死ぬだろうことは想像に難くない。



『リュゼ・・・。ごめんだけど・・・』



 ズィーリオスが意を決した表情で俺の前に立つ。その目を見ただけで、これからズィーリオスが何をしようとしているかが分かった。そうか。ズィーリオス、覚悟が決まったんだな。その目は真っすぐに俺の目を見返していた。

 俺の方から言おうと思ってたが、ズィーリオスは約束を守るために自分から言い出したのだろう。だから俺は笑ってズィーリオスの覚悟を受け入れる。



「大丈夫。もう覚悟は出来たよ」
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