はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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束の間の休息

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 爽やかな風が頬を撫で、瑞々しさを感じる新緑の香りが鼻腔を擽る。心地のよい暖かさと最高級の毛皮のようなマットシーツ。大きな抱き枕を抱え込んみ、寝返りを打って体勢を変える。抱き枕が少し動いた気がしたが抱え込んだら大人しくなった。たまたま動いていると思ってしまっただけのようだ。夢の中なら枕も動くだろう。


 大きく鼻から息を吸い込み、微睡を楽しむ。とても軽くて新鮮で美味しい空気だ。手探りで布団を探して手を伸ばすが、手には布団らしきものは何も触れない。蹴とばしてしまったのか。ならば仕方ない。布団を諦めて腕を引き、身動きを止めて再び深い微睡の中に・・・・・・・・・ん?


 空気が軽い?新鮮?・・・・・は?一気に意識が浮上していく。


 ここは、高濃度の魔素に侵された森の中だぞ?重くて気持ちの悪い空気で満ちている場所だ。それなのに、空気が軽くて新鮮?これも夢か?感覚すらも影響されるタイプ?それとも何かの魔法?

 脳が状況の処理を初めて加速していく。体の感覚もよりリアルに変わっていく。俺が抱えている大きな抱き枕、これはズィーリオスの毛で間違いない。ということは、俺はズィーリオスと一緒に寝ている。そして、多分俺が抱き込んでいる枕だと思っていたものは、ズィーリオスの尻尾か。

 だがそうなると、俺の下にあるシーツ?は何だ?ズィーリオスの毛とは質感が違う。ズィーリオスのように長毛ではないのだ。短毛だが、手触りが滑らかでずっと触っていたくなるほどの質感。とても肌に優しい。それに、シーツの下は平べったい。ズィーリオスの体の上ではなさそうだ。余計にどういう状態か分からない。こんな高品質のシーツを俺は持っていないぞ?

 今まで使ったこともない。使っていたら絶対に覚えているだろう。エルフの国でも、バルネリア家でも、ハーデル王国の王城でも使ったこともない。いや、王城やバルネリア家で使用されているシーツよりもさらに高級品だ。

 もしかして俺・・・・ズィーリオスと一緒に誘拐された?いや、ズィーリオスが大人しくしているわけがないからそれはあり得ないか。え?マジで俺、今、どこにいる???




 思考が停止し、ボーっとしたまま一旦落ち着くことにした。重さや汚れたような空気は微塵も混じっていない新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込む。

 ・・・・寝るか。

 よく分からないならそのままもう一度寝よう。次に目を開けた時も同じ状況だったら、その時考えることにしよう。

 抱き枕・・じゃなかったズィーリオスの尻尾を抱き締めたまま寝返りを打つ。尻尾を捻ってしまわないことに注意しながら回ると、突如脳内に念話が響いてきた。驚きのあまりビクッと跳ねる。



『ほらほらーー!ねえ!』
『今の見たあーーー!?』
『反応していたでしょー!?』
『してた!してた!!』
『起きた!!』



 甲高い無数の子供の声が聞こえた。聞いたことのない子供たちの声だ。皆元気よく楽しそうな明るい声だが、起きた、とはまさか俺のことを言っているのだろか。まあ俺なのだろう。状況的に。だが、沢山の子たちが念話を使えるなんて、俺は一体どこにいるんだ?子どもなんて世界樹の近くにはいなかっただろう。そもそも、子供どころか生物がいない場所だぞ?精霊王であるユヴェーレンすらも嫌煙する・・・。


 精霊王?精霊王・・・!?






 意識を失った最後の状況を思い出して飛び起きた。完全に覚醒した目を見開いた俺に視界に言葉を失った。ただ黙って瞬きを繰り返す。



『あっ!起きた!』
『起きた!起きた!』
『すごーいっ!』
『パッて立った!』
『パッ!だった!』
『パッパッパッ!』
『起きたーーー!』
『にんげーーん!』



 俺の視界に飛び込んで来たのは、世界樹のあったニュフェの樹海とは思えない程美しい森だった。

 木々は程よい距離感で離れており、木漏れ日が差し込んでいる。太陽は暖かく優しい光で周囲を照らしており、空気はとても澄んでいて美味しい。淀みのない空気はこんなにも美味しいものだったか。

 そして、視界の下部の方でキラキラと反射しているのは、透き通った綺麗な池。水質に詳しくない俺でも、一目見ただけで不純物が混じっていない水であることが分かる池だ。

 魔素の片鱗など感じない。それどころか、ここは綺麗な魔力が辺りに満ちている場所だ。だが、体調を崩すほどの魔力ではない。魔素ではなく魔力が満ちていることなどあるんだな・・・。それも・・・こんな綺麗な魔力が・・・。





 そして・・・。先ほどから俺の視界に入り込み、俺の周囲をグルグル飛び回っている小さな魔力の塊。小さな子供の姿をした低位精霊。



『あっ!!こっち見た!』
『目があったーー!』
『わーい!見たよ!』
『気付いたーー!きゃははっ!』
『こっち見てーーー!』
『ねえねえ!』
『にんげんーー!』



 先ほどから聞こえた甲高い子供の声は彼等の声だったのか。だが、なんで彼等がいるんだ?いや、そもそも俺は今、どこにいる?精霊がいる場所?

 俺の周囲を飛び回る低位精霊以外にも、遠くから俺のことを見ている精霊が沢山いた。低位精霊だけでなく、中位精霊と思われる他よりも体格の大きい精霊の姿も見える。

 精霊しかいないのか?ってことは、もしかしてここは・・・。



精霊の園フェアリーガーデン・・・?なわけが『よく分かったねー』!??」



 目の前にいる精霊たちを見つめる。好きに喋っているから会話が成立しないと思い込んでいたが、まさか会話が成立するとは。でも、今喋ったのはどの子だ?結構子供にしては低い声をしていたが・・・。




『あはははっ!その子たちじゃないよ。君の後ろだ』



 反射的に振り返った瞬間、目の前にドアップの女性の顔が映し出された。



「ッ!?」



 思わず仰け反ると、目の前の女性がクックックと笑いながら俺の腰に手を回して来たのだ。俺が後ろに倒れないようにするための配慮なのだろうが、折角取った距離が無意味になっている。何とか顔だけは距離を取っているが、全体的に距離が近い。ん?人?



「驚かせてしまったようで悪いね」
「・・・・」



 返答することが出来ずに困惑して女性を見上げる。女性の声は念話から普通の声になっていた。体が透けてもいない。

 その女性の声は低音が綺麗なハスキーボイスで、真っ赤な髪のショートカットのイケメンだ。普通に背が高い。ただ、背は高いだろうがこの状況ではどれぐらいの身長か分からない。まあ、高いことだけは分かる。そんな高身長だろう体を纏うのは、ユヴェーレンのようなドレスではない。胸部のみを覆う短く白いTシャツを着ており、お腹の部分は綺麗な素肌を晒していた。角度的にそこまでしか見えないが、なんとなくスカートの類ではないんだろうなということは直感出来た。



『リュゼから離れなさぁーーーい!!』



 見つめ合う状況になってしまった俺たちの間に割り込む耳慣れた声が届いた。そして、その言葉と同時に俺とそのイケメンな女性との間に割って入ったユヴェーレンが、俺と女性を引き離す。それと同時に、何かが俺の横から押して来たので顔を下げてみれば、ズィーリオスが頭で俺を押してユヴェーレンに加勢していた。

 良かったーー!ズィーリオスもユヴェーレンもいる!そしてイケメンから距離を取れた!


 距離をとることが出来たことで、心を落ち着けて女性の全体像を見ることが出来た。女性は体にピッタリのスキニーっぽいズボンを着用していた。シックな色合いの赤を上手く着こなしている。足も細く、腰の位置が高く足が長く見えるため、とてもスタイルが良い。

 そして、ふと彼女の後ろが視界に入る。
 そこにいたのは、興味深げに俺を見ている6人の人達だった。
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