はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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居残り決定

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「眠ったな」



 アバドンが大きな欠伸をしながらユヴェーレンは、ズィーリオスの背中の上で気持ちよさそうに眠っているリュゼの頭を撫でながら、同じ精霊王の方に向き直る。



『貴方が来たってことは余程深刻なようねぇ。でぇ?見た感じではどうなのぉ?』



 周囲にあった蔓を全て回収した植物の精霊王は、リュゼを一瞥した後に世界樹の方に移動して行く。見た目は2本の足をしているのに、その足を交互に出して移動することはない。滑るように世界樹の根本まで移動して行った。



『これは・・・すぐにはどうしようも出来ない症状ですね・・・』



 植物の精霊王が世界樹に抱き着いて暫く様子を探っていたが、暫くして首を横に振りながらゆっくりと後退して離れた。



『貴方がそう言うのならばそうなのでしょうねぇ。そうなるとぉ、方法は一つしかないわけだけどぉ』


 
 ユヴェーレンがチラリとアバドンを見る。アバドンは、いきなり向けられた視線に不思議そうな顔で見返した。



「なんだよ」
『・・・・』
「おい!」



 だが、ユヴェーレンは何も言わずに視線を逸らし、植物の精霊王に顔を戻す。その態度に、アバドンはユヴェーレンに文句を言おうと声を上げたが、ユヴェーレンは全く意に介した様子もなくスルーした。無視されたアバドンが口をへの字にして地面の上に胡坐をかいて座り込む。どうやら拗ねたらしい。


『ですね・・・』


 植物の精霊王は、アバドンに視線さえ向けない。ズィーリオスだけが憐みを帯びた目で見つめていた。


『貴方がいるのであれば・・・・世界樹の方は任せてもよろしいでしょうか・・・・?私は他の木々の確認をしなければならないので・・・』
『そうねぇ。それが一番丸いでしょうねぇ』


 ユヴェーレンは再びアバドンに目をやる。その顔は、アバドンをどうしようかと悩んでいるような顔だった。


『悪魔を連れて行くのはダメですよ・・・・』
『そんなことは分かっているわよぉ。だからどうしようかと悩んでいるんじゃなぁい』
『置いて行けばいいのでは・・・?まさか、他の者達も連れて行くつもりですか・・・?』
『リュゼは連れて行くべきでしょぉ?そうなったらぁ、当然聖獣も連れて行く必要があるわぁ』
『確かにそうですが・・・。でも、そうですね・・・悪魔を1人残すのは確かに気になりますが・・・』
『そうじゃないわぁ。1人置いて行かれている間に光の奴に会ったりしたら大変じゃなぁい』
『そういうことですか・・・』


 精霊王同士の会話をただ聞いているだけのズィーリオスは、大きな欠伸を上げて座り込む。背中にいるリュゼを落とさないように、静かに慎重に横になった。話し合いには全く関与するつもりはない様子だ。


『では、もし彼が来たら私が対応しましょう・・・。これでどうですか・・・?』
『それはありがたい提案ねぇ。お願いするわぁ』


 植物の精霊王が顕在化したユヴェーレンに種を1つ手渡す。


『じゃあ、後はよろしくお願いしますね・・・・』


 その直後、植物の精霊王の体が人間の姿を保てずに蔓の形に戻っていった。そして、蔓は解けながらバラバラになり、一気に枯れていった。


『行ったみたいねぇ』


 ユヴェーレンが枯れた蔓を一瞥して、暇そうに寝転がっているアバドンの顔を覗き込む。


「・・・なんだよ」
『これぇ、持っておきなさぁい』


 ユヴェーレンが差し出したのは、先ほど植物の精霊王から渡された種だった。人差し指と親指で摘まれたその種を見て、アバドンは顔を顰める。


「は?種だァ?要らねぇよそんなもの」
『いいから持っておきなさぁい』
「ヤダね!」
『・・・いつまで拗ねているつもりぃ?』
「拗ねてねぇってのっ!」
『はいはい。良いから受取なさぁい』


 ユヴェーレンとアバドンの言い合いが勃発する。その光景を横目に、ズィーリオスはつまらなそうに欠伸をした後、揃えた手の上に顎を乗せる。



「リュゼのカバンに入れておけばいいだろうが」
『ねぇ、さっきまでの私たちの会話聞いてたぁ?』
「は?」



 ユヴェーレンの眉間に皺が寄る。アバドンとユヴェーレンの無言の睨み合いが始まる。そして、何かを察したズィーリオスが、リュゼの周囲に風の結界を展開し両目を瞑った。耳はピンと立っているので、声だけで様子を窺うことに決めたようだ。



『貴方のために植物の子が手を貸してくれるって言っているのよぉ!』
「それは聞いてた。だが、俺様に手助けなど要らねぇ!襲い掛かって来る奴がいたら、相手をしてやるまでだ!」
『そういうと思っていたからこうなっているのよぉ!』



 静かな森にはアバドンの声だけが響き渡る。近くにエルフがいたら、1人で叫んでいるヤバい奴と思われていただろうが、幸いにも周囲には誰もいない。魔素濃度が最も濃い、世界樹の根本まで来ることが出来る人物は彼等以外にはいなかった。



「どういうことだよ!説明しろ!」



 アバドンは見下ろされた状態ということもあり、居心地が悪かったようだ。埒が明かないとでも言いたげに、勢い良く上体を起こしてユヴェーレンに説明を求めた。すると、溜息を吐いて落ち着いたユヴェーレンが説明を始めた。



『今後の動きについて説明した方が良さそうねぇ。これから、精霊の園フェアリーガーデンに行くわぁ。そして、そこにある“命の水リーベン”と呼ばれる特別な水を取りに行かなければいけないのぉ。リュゼも連れて行くからぁ、そうなるとズィーリオスも行くことになるでしょうぉ?だからアバドンはお留守番になるってことよぉ。ここまでは理解出来たかしらぁ?』



 最後の挑発するようなユヴェーレンの言い方に、アバドンの眉間の皺が深くなる。だが、挑発に乗るのを耐えているようで、とても低い声で返答した。機嫌が悪いことはあからさまな声音だが、ユヴェーレンもズィーリオスもまるで気付いていないように反応しない。それどころか、ユヴェーレンはワザとらしく驚いた顔をした。



『あらぁ。おバカさんでもちゃんと理解出来たのねぇ!』
「おい」



 煽るユヴェーレンに、アバドンの眉がピクピクと動く。近頃の従順なアバドンがつまらないとでも言いたいのか、ユヴェーレンは楽しそうにアバドンを挑発していた。今にも爆発しそうなアバドンと、この状況を楽しんでいるユヴェーレンに、ズィーリオスが小さく溜息を吐いて片目を開けた。その視線の先にはユヴェーレンが映っている。



『煽るのも程々にしとけ。早く種について説明した後、何でリュゼも精霊の園フェアリーガーデンに行かなければならないかも説明してくれ』
『もぉー、良いじゃなぁい。仕方ないわねぇ』



 口を尖らせたユヴェーレンは、アバドンを煽ることを止めて真剣な表情で説明を再開した。



精霊の園フェアリーガーデンにリュゼも連れて行くのはぁ、他の精霊王たちに顔を見せるためよぉ。折角ここまで来て中に入るに足る十分な理由があるのだからぁ、それを利用しない手はないわぁ。それにぃ・・・、いつか彼等の力が必要になる日が来るかもしれないものぉ。・・・残念だけどぉ、私たちが出来ることにも限りがあるからぁ』
『そうだな・・・』



 ユヴェーレンはとズィーリオスが重苦しい溜息を吐く。アバドンは相変わらず機嫌が悪そうに黙っているだけだ。



『そうなるとリュゼを運ぶためには聖獣も必要じゃなぁい?だからアバドンはお留守番してもらう必要があるのよぉ。聖獣は良いけどぉ、流石に悪魔が精霊の園フェアリーガーデンに入ることは出来ないからぁ』
「それはそうだな」



 アバドンが渋々と納得する。



『だから精霊の園フェアリーガーデンの外で待っていてもらうんだけどぉ、もしかしたら光の精霊王に会う可能性があるのよぉ。彼奴は外に出る割合が結構多いからぁ。別に属性の相性が悪いからってことではないわよぉ?単純に彼奴の性格が嫌いなのよぉ』



 ユヴェーレンが心底嫌そうに顔を歪める。



『そしてあいつのことだからぁ、きっと貴方の存在を感知したら問答無用で襲いかかって来ると思うのぉ。でもそうしたらぁ、反撃するでしょうぉ?』
「当然だな」



 ユヴェーレンの問いにアバドンが自信満々に答える。機嫌は直ったようだ。



『それが困るから植物の子に仲裁をしてもらうことになったのよぉ。だからもしぃ、光の精霊王に遭遇した場合は即座にこの種を地面に投げなさぁい。植物の子を呼ばずにこの辺り一帯に被害を与えた場合はぁ、・・・どうなるか分かっているわよねぇ?』
「どうなるんだよォ」



 今度はアバドンが挑発気味にユヴェーレンに返す。



『勿論、このことをリュゼに言って貴方を強制送還させるわぁ』
「・・・分かった」



 笑顔のユヴェーレンの圧にやられたアバドンは、大人しく種を受け取ったのだった。


 
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