はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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 俺は・・・・、俺の選択は・・・。俯いたまま下唇を噛み締める。そして、意を決して顔を上げた。俺がいきなり顔を上げたことで、ズィーリオス以外の全員の視線が突き刺さる。だが、その視線を無視して、俺はズィーリオス背から下りた。するとすぐさまズィーリオスが俺に振り向く。その目は内心の状態を表すかのように揺れていた。



「俺は、今、ここで、俺自身の秘密を聞くことは、止めておく」



 ゆっくりはっきりと、俺の意思は揺らがないと証明するように宣言した。その瞬間、明らかにズィーリオスが安堵の表情を浮かべた姿が目に入って来た。だから俺は、手を伸ばしてズィーリオスの顔を両手で挟み込み、しっかりと目線を合わせる。



「俺は、ズィーの判断を信じる。言わないのは俺のためなんだろ?だったら俺は、ズィーに判断を任せるだけだ。今までずっと、ズィーは俺の不利益になることはしてこなかった。それはきっとこれからもそうだ。だから、ズィーが今ではないと判断しているならば、俺は待つ」


 ズィーリオスを安心させたい。その思いが自然な笑みとなっていることに、ズィーリオスの見開かれた瞳に映った自分を見て気付いた。ああ、ちゃんと今の俺は、自然と笑えている。大丈夫だ。俺は待てる。その言葉に嘘はない。



『折角のチャンスなのにぃ、それでいいのぉ?』



 戸惑いながら、おずおずと様子を窺うようにユヴェーレンが尋ねる。ズィーリオスを挟み込んだ腕はそのままに、顔だけユヴェーレンの方へと向けた。そこには、眉尻を下げたユヴェーレンと、居心地の悪そうなアバドンがいた。更にその後ろには、相変わらず無表情の植物の精霊王が、俺たちの様子をじっと眺めて居た。

 ユヴェーレンは、ズィーリオスとは違った理由で近づいてきたからか、どうやら罪悪感を感じているらしい。アバドンは、いつの間にか開き直った表情で立っていた。まあ、アバドンのことだから、ユヴェーレンとズィーリオスに脅されて黙っていただけだろう。



『自分の秘密を自分だけが知っていないって言われているのにぃ、知りたいとは思わないのぉ?』



 ユヴェーレンの質問に頷いて返すと、嘘ではないと知っているはずなのにさらに確認が行われた。



「そりゃあ、気にならないわけがない。でも、いつかは教えてもらえるんだろ?」
『そうねぇ』



 ゆっくりと目を閉じたユヴェーレンが目を開き、ズィーリオスへと視線を向ける。その視線を察したズィーリオスがユヴェーレンに代わって続けた。



『うん。いつになるかは分からないけれど、絶対に教えるよ。多分、逃れることは出来ないから』



 そして、ズィーリオスの視線が俺から見て右側に向く。俺も右側を見てみるが、特にこれといったものはない。その時、ズィーリオスが俺の手から逃げ出し、右手をペロリと舐めた。何がしたいのかわけが分からない。首を傾げた俺に、ズィーリオスは頭で俺を押してきた。押されてたたらを踏んだ俺の目の前には、ズィーリオスからユヴェーレンとアバドンに変わっていた。



『短い間だったけどぉ、楽しかったわぁ。ありがとうぉ』
「え?」
「は?どうした?」



 いきなりユヴェーレンから告げられた予想外の言葉に思考が停止する。一体なんて言った?それに、ユヴェーレンの隣にいたアバドンも驚いており、怪訝そうにユヴェーレンを見て眉を顰めた。



『何訝しがっているのぉ?貴方もでしょぉ?』
「は?」



 ユヴェーレンの言葉にアバドンの目が点になる。アバドンに言葉を返される前にユヴェーレンが俺に向き直った。



『ごめんなさいねぇ。真正契約はぁ、一度結ぶとどちらかが死ぬまで解除出来ないのぉ。だからこれからはぁ、私のことはいない者として扱ってくれて良いからぁ。邪魔は絶対にしないようにするわぁ・・・』



 そしてユヴェーレンが放った言葉は、まるでお別れの挨拶だった。



「なあ。なんでそんな今生の別れみたいなことを言っているんだ?」



 脳がユヴェーレンの態度を理解することを拒否していた。そのままに受け取ることは出来ない。契約を解除する必要などないし、いない者として扱うことなどするわけがない。



『え、だってぇ、私たちと契約を解除したいのでしょうぉ?』
「俺様もっ!?」
『当たり前でしょぉ。私がリュゼの側にいれなくなるのならぁ、貴方だって同じじゃなぁい』



 ユヴェーレンとアバドンがお互いに言い合っている姿を見ながら、唖然として口を開けて固まってしまう。ユヴェーレンは何を言っているんだ?は?俺がユヴェーレン達と契約を解除?

 改めてユヴェーレンの口から聞いたことで、ユヴェーレンが本気で俺と契約を解除する流れだと思っていることを理解する。実際に契約は解除出来ないらしいが、俺との繋がりを断とうとしていることは良く分かった。そして、アバドンは全くその気がないようだが、ユヴェーレンはアバドンも共に契約解除、または繋がりを断たせようとしていた。



「あんたがどうしようがあんたの勝手だが、俺様まで巻き込むんじゃねぇ!」



 ユヴェーレンとアバドンの睨み合いが口論に発展してしまった。取り敢えず一言良いだろうか。
 うるせぇ!!


 
『・・・どうするの?』
『はぁ、許可するわけないじゃん』
『良かった。そうだよね』



 俺と同じく呆れた様子のズィーリオスが、俺の返事を聞いて、心底嬉しそうな声を上げて尻尾を振りだした。協力はするが仲は良くないズィーリオスとユヴェーレンだが、なんだかんだといなくなるのは寂しいらしい。口角が上がり、頬が緩む。

 しかし、気を引き締めないといけない。深呼吸をして気持ちをリセットさせた後、目の前で喧嘩している2人に意識を集中する。



「はいはいはい。煩いから2人とも黙って」


 ユヴェーレンとアバドンの間に入り込み、両腕を広げてそれぞれの目の前に掌を向ける。すると、いきなり入り込んだ俺を見て両者が黙り、動きが止まった。そして、どちらかが喋り出す前に口を開く。



「ユヴェーレンともアバドンとも契約を解除するつもりは全くないし、邪魔だとも思っていないから。姿を見せないなんてことをしようものなら、全力で引きずり出して一緒に旅をしてもらう。拒否権はない」



 ユヴェーレンが目を見開き口を開けては閉めてを繰り返す。声を出そうとして出ていないようだ。アバドンは俺が味方に来たと思ったようで、ドヤ顔でユヴェーレンの目の前で胸を張る。俺はそんなアバドンは見なかったことにして、何やら言いたげなユヴェーレンに向き直る。



『な、なんでぇ?初めは面白そうだからっていう理由で近づいたのだけれどぉ、確かに私たちはぁ、リュゼの秘密が決め手で契約したいと言い出したのよぉ?』



 ユヴェーレンがアバドンを完全に無視して俺に目を合わせる。



「でも、精霊も悪魔もそういうもんだろ?」



 精霊は気に入った相手と契約を結ぶ。それは、精霊と契約を結ぶタイミングが、その精霊の気まぐれだということだろう。ならば、ユヴェーレンの契約動機も同じようなものだ。

 悪魔の契約事情は詳しくは知らないが、聞いた限りでは、精霊と同じでその悪魔の自由だ。契約を結びたいと思った相手がいれば結ぶのだから、それは気まぐれと言えるだろう。

 ユヴェーレンもアバドンも同じではないか。ユヴェーレンとアバドンの個人が問題というわけではなく、それぞれの性質がそもそもそういうものなのだから。それに・・・。



「2人はいつも俺のために助けてくれているじゃないか・・・」



 小さく呟いた言葉ではあったが、声の大きさなどは関係なく2人に届いていた。黙っていたのだって、秘密よりも俺のことを想ってのことだからじゃないか。本当に俺の価値が秘密だけであるのであれば、俺に隠し通すことはせず、さっさと教えていたことだろう。

 ただ俺が知らなかっただけ。自分の秘密を知ることで起こる事態の重さに。




 ・・・・だからこそ分かっているのだ、本当は。
 それを知った今、ズィーリオス達が俺を仲間外れにしていたわけではないことを。
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