はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
295 / 340

俺だけが知らない

しおりを挟む
『なるほど・・・。悪魔が人間と契約ですか・・・』



 植物の精霊王が興味深げにアバドンから俺に視線を向ける。そして、ここで初めて植物の精霊王が感情を見せた。無表情の顔が僅かに動く。目を見ていなかったら気付かない程の僅かな目の開きだった。



『まさか・・・!時が来たというのですか・・・!』
『ええ。そういうことよぉ』



 植物の精霊王の感情を表すように、周囲の蔓がざわざわと蠢きだした。



「時が来た?」



 植物の精霊王の言葉にユヴェーレンが頷く。だが、その意味が俺には分からない。時が来たとはどういう意味だ?他の皆はどんな意味か分かっているのだろうか?アバドンに顔を向けると目を泳がされ、ズィーリオスの名を呼ぶと「あー」とか「えー」とかしか言わない。俺以外の全員が意味を知っている・・・?

 俺の呟きに辺りが静まり返る。蔓もなんだか気まずそうにピタリと動きを止めた後、様子を窺うように小さく揺らめくように動き出した。なんとなく、植物の精霊王が呆れているように感じるのは気のせいか?



『皆さん・・・。まさか本人に何の説明もしていなかったのですか・・・?揃いも揃って・・・?』
『それはぁ・・・タイミングってものがあるじゃなぁい?』



 場の空気感がガラリと変わる。殺伐とした緊張感が霧散し、なんとも言えない気まずさがこの場を支配していた。



「なあ、ズィー。もしかして、前に言っていたまだ言えないってやつのことか?」



 視点を下げてズィーリオスの後頭部を見つめる。俺からの視線が至近距離から突き刺さった影響か、全身をブルりと震わせた。落ちないようにバランスを取って返事を待つ。



『・・・そうだよ』



 やっぱり、そうだったのか・・・。それに、ユヴェーレンがタイミングって言っていたから、このことはズィーリオスとユヴェーレンの共同認識だったということか。ユヴェーレンも知っていた。そして・・・アバドンも。

 アバドンが知っていたことはまだいい。予めユヴェーレンが言い聞かせていたのだろうから。だけど、その何かを先ほど会ったばかりの植物の精霊王も知っているとは思っていなかった。そうなると、ズィーリオスだけが元々知っていてユヴェーレン達に教えたというわけではなく、俺の知らない俺について知っている者たちがいるということだ。植物の精霊王が知っているなら、他の精霊王たちも知っている可能性が高い。そうなると、ユヴェーレンもズィーリオスから教えられたわけではなく、初めから知っていた可能性が高い。もしかしたら、アバドンも知っていたのだろう。



「そういうことか。ずっと、ユヴェーレンやアバドンが俺と契約を結びたいって言っている理由が分からなかったんだ。ユヴェーレンは俺の魔力量に引かれたとかだと思っていたけど、もしかして、その俺の知らないその何かが理由なのか?アバドンは特に?」



 誰も何も喋らない。



「ハハッ・・・」



 乾いた笑いが零れる。無言は肯定を意味するとは良く言ったものだ。今の現状がまさにそれであろう。



『リュゼ・・・』
「いや。良いんだ。分かってる。まだ、その時ではないんだろ?だって俺は言ったし?ズィーが話してくれる時まで待つって」



 ズィーリオスの声にハッとする。そして、取り繕った表情笑みでおかしくなり出した場の空気を取り繕う。


 俺は今、ちゃんと、笑えているだろうか?



 いつの間にかユヴェーレンが振り返って俺の方を見ていた。アバドンからの視線も感じる。ユヴェーレンもアバドンも契約を交わした仲ではあるが、なぜだろう。こんなにも、2人と距離を感じてしまうのは・・・。



『ごめんなさい。でも黙っていたのには理由があるのよぉ』
『その・・・悪い』



 ユヴェーレンとアバドンが目を伏せる。謝るってことは、やっぱり2人とも、俺自身が知らない何かのために契約を結んだということなんだな。

 ・・・・そりゃあそうだろうな。ただの魔力量が多いだけの人間に、精霊王が自らの存在を賭けてまで契約を結ぼうとはしない。アバドンだって、ただの人間と服従を意味する契約を結びたがらないだろう。世界の壁を超えてまで、あれ程必死で頑なには。



『ユヴェーレンとアバドンには俺が黙っているように言ったんだ。だから、すまない。お前を悪気があって省こうとしたわけじゃない』
『いえ。少し違うわぁ。私だってその意見に賛同して自発的に黙っていたものぉ。それにぃ、アバドンには聖獣だけじゃなくて私からも口封じをしていたからよぉ』
「大丈夫だって。皆に悪気がないことは分かってるから」



 大丈夫だって、分かっているって言っているのに、なんで皆、納得せずに浮かない顔をし続けているんだ。俺に黙っていたのは理由があるからなんだろ?その方が俺のためになると判断したからだろ?分かってる。分かってるから!



『分かっていません・・・。先ほどからの君の言葉は、精霊私たちじゃなくとも嘘だということが分かります・・・』



 俺の言葉が嘘?そんなわけ・・・あるはずがないだろ?植物の精霊王の言葉を認めることは出来なかった。認めてしまったら、俺は、大丈夫じゃないってことが・・・バレてしまうから。



『まだ皆さんには聞きたいことがありますが、今だけは後回しにしましょう・・・。それよりも、今はやるべきことがあるのではないですか・・・?』



 俺以外の全員の視線がズィーリオスに向けられていた。約束はズィーリオスと俺との間に交わされたもの。だからこそ、その判断をユヴェーレンとアバドンはズィーリオスに視線で問いかけていた。

 俺は、せめてもの抵抗で顔を下げ、ひたすらにズィーリオスの毛を弄っていた。そこだけに意識を集中しようとしているのに、脳は強制的に念話の声を拾ってしまう。

 俺は気にしていないと、大丈夫だと証明したいがためにズィーリオスの背から下りなかったのに。それに今下りたら、しっかりと地面を踏みしめて立っていることが出来るかが怪しかった。それを隠したかった。けれど、そのせいでズィーリオスの背に居座り続けたことで、もっと余計に気まずかった。

 ズィーリオスに視線が集中するということは、必然的に俺にも視線が集まるということになるのだから。



『今が・・・言うべきタイミングだということは分かる。けれど、もし教えてしまったら、もう二度と後戻りは出来なくなる。リュゼの・・・運命が決定付けられてしまう。まだ、・・・・間に合うんだ。絶対にリュゼが必要になるとは限らない。リュゼが生きたいように、自由に生きることが出来るんだ。それを、俺は・・・俺たちの都合でリュゼの運命を確定させることはしたくない。したくないんだ・・・!』


 結局俺は、念話の内容に意識を集中させていたらしい。握りしめてしまっていたズィーリオスの毛を解放する。

 意味が分からない。いや、ズィーリオスが言いたいことは分かる。俺を想ってくれているからこそ、俺に話すことが出来ないってことが。でも、俺に話すことで、俺の運命が決定付けられるという意味が分からない。そして、それを聞かないことこそが、俺が自由に生きることが出来る唯一の方法であるということも。

 俺が俺自身の秘密を知ることで、俺の行動がそれほど変わると言うのか?知らないことが幸せなこともあるとは言うが、それがまさにズィーリオス達の知っている俺の秘密とはな。


 俺は、どうすればいいのだろうか。どうしたいのだろうか。揺らぐ心とは別に、頭は何故か冷静だった。まるで他人ごとのように、心が揺れていることを傍観している感覚に包まれていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

鋼なるドラーガ・ノート ~S級パーティーから超絶無能の烙印を押されて追放される賢者、今更やめてくれと言われてももう遅い~

月江堂
ファンタジー
― 後から俺の実力に気付いたところでもう遅い。絶対に辞めないからな ―  “賢者”ドラーガ・ノート。鋼の二つ名で知られる彼がSランク冒険者パーティー、メッツァトルに加入した時、誰もが彼の活躍を期待していた。  だが蓋を開けてみれば彼は無能の極致。強い魔法は使えず、運動神経は鈍くて小動物にすら勝てない。無能なだけならばまだしも味方の足を引っ張って仲間を危機に陥れる始末。  当然パーティーのリーダー“勇者”アルグスは彼に「無能」の烙印を押し、パーティーから追放する非情な決断をするのだが、しかしそこには彼を追い出すことのできない如何ともしがたい事情が存在するのだった。  ドラーガを追放できない理由とは一体何なのか!?  そしてこの賢者はなぜこんなにも無能なのに常に偉そうなのか!?  彼の秘められた実力とは一体何なのか? そもそもそんなもの実在するのか!?  力こそが全てであり、鋼の教えと闇を司る魔が支配する世界。ムカフ島と呼ばれる火山のダンジョンの攻略を通して彼らはやがて大きな陰謀に巻き込まれてゆく。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...