はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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俺だけが知らない

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『なるほど・・・。悪魔が人間と契約ですか・・・』



 植物の精霊王が興味深げにアバドンから俺に視線を向ける。そして、ここで初めて植物の精霊王が感情を見せた。無表情の顔が僅かに動く。目を見ていなかったら気付かない程の僅かな目の開きだった。



『まさか・・・!時が来たというのですか・・・!』
『ええ。そういうことよぉ』



 植物の精霊王の感情を表すように、周囲の蔓がざわざわと蠢きだした。



「時が来た?」



 植物の精霊王の言葉にユヴェーレンが頷く。だが、その意味が俺には分からない。時が来たとはどういう意味だ?他の皆はどんな意味か分かっているのだろうか?アバドンに顔を向けると目を泳がされ、ズィーリオスの名を呼ぶと「あー」とか「えー」とかしか言わない。俺以外の全員が意味を知っている・・・?

 俺の呟きに辺りが静まり返る。蔓もなんだか気まずそうにピタリと動きを止めた後、様子を窺うように小さく揺らめくように動き出した。なんとなく、植物の精霊王が呆れているように感じるのは気のせいか?



『皆さん・・・。まさか本人に何の説明もしていなかったのですか・・・?揃いも揃って・・・?』
『それはぁ・・・タイミングってものがあるじゃなぁい?』



 場の空気感がガラリと変わる。殺伐とした緊張感が霧散し、なんとも言えない気まずさがこの場を支配していた。



「なあ、ズィー。もしかして、前に言っていたまだ言えないってやつのことか?」



 視点を下げてズィーリオスの後頭部を見つめる。俺からの視線が至近距離から突き刺さった影響か、全身をブルりと震わせた。落ちないようにバランスを取って返事を待つ。



『・・・そうだよ』



 やっぱり、そうだったのか・・・。それに、ユヴェーレンがタイミングって言っていたから、このことはズィーリオスとユヴェーレンの共同認識だったということか。ユヴェーレンも知っていた。そして・・・アバドンも。

 アバドンが知っていたことはまだいい。予めユヴェーレンが言い聞かせていたのだろうから。だけど、その何かを先ほど会ったばかりの植物の精霊王も知っているとは思っていなかった。そうなると、ズィーリオスだけが元々知っていてユヴェーレン達に教えたというわけではなく、俺の知らない俺について知っている者たちがいるということだ。植物の精霊王が知っているなら、他の精霊王たちも知っている可能性が高い。そうなると、ユヴェーレンもズィーリオスから教えられたわけではなく、初めから知っていた可能性が高い。もしかしたら、アバドンも知っていたのだろう。



「そういうことか。ずっと、ユヴェーレンやアバドンが俺と契約を結びたいって言っている理由が分からなかったんだ。ユヴェーレンは俺の魔力量に引かれたとかだと思っていたけど、もしかして、その俺の知らないその何かが理由なのか?アバドンは特に?」



 誰も何も喋らない。



「ハハッ・・・」



 乾いた笑いが零れる。無言は肯定を意味するとは良く言ったものだ。今の現状がまさにそれであろう。



『リュゼ・・・』
「いや。良いんだ。分かってる。まだ、その時ではないんだろ?だって俺は言ったし?ズィーが話してくれる時まで待つって」



 ズィーリオスの声にハッとする。そして、取り繕った表情笑みでおかしくなり出した場の空気を取り繕う。


 俺は今、ちゃんと、笑えているだろうか?



 いつの間にかユヴェーレンが振り返って俺の方を見ていた。アバドンからの視線も感じる。ユヴェーレンもアバドンも契約を交わした仲ではあるが、なぜだろう。こんなにも、2人と距離を感じてしまうのは・・・。



『ごめんなさい。でも黙っていたのには理由があるのよぉ』
『その・・・悪い』



 ユヴェーレンとアバドンが目を伏せる。謝るってことは、やっぱり2人とも、俺自身が知らない何かのために契約を結んだということなんだな。

 ・・・・そりゃあそうだろうな。ただの魔力量が多いだけの人間に、精霊王が自らの存在を賭けてまで契約を結ぼうとはしない。アバドンだって、ただの人間と服従を意味する契約を結びたがらないだろう。世界の壁を超えてまで、あれ程必死で頑なには。



『ユヴェーレンとアバドンには俺が黙っているように言ったんだ。だから、すまない。お前を悪気があって省こうとしたわけじゃない』
『いえ。少し違うわぁ。私だってその意見に賛同して自発的に黙っていたものぉ。それにぃ、アバドンには聖獣だけじゃなくて私からも口封じをしていたからよぉ』
「大丈夫だって。皆に悪気がないことは分かってるから」



 大丈夫だって、分かっているって言っているのに、なんで皆、納得せずに浮かない顔をし続けているんだ。俺に黙っていたのは理由があるからなんだろ?その方が俺のためになると判断したからだろ?分かってる。分かってるから!



『分かっていません・・・。先ほどからの君の言葉は、精霊私たちじゃなくとも嘘だということが分かります・・・』



 俺の言葉が嘘?そんなわけ・・・あるはずがないだろ?植物の精霊王の言葉を認めることは出来なかった。認めてしまったら、俺は、大丈夫じゃないってことが・・・バレてしまうから。



『まだ皆さんには聞きたいことがありますが、今だけは後回しにしましょう・・・。それよりも、今はやるべきことがあるのではないですか・・・?』



 俺以外の全員の視線がズィーリオスに向けられていた。約束はズィーリオスと俺との間に交わされたもの。だからこそ、その判断をユヴェーレンとアバドンはズィーリオスに視線で問いかけていた。

 俺は、せめてもの抵抗で顔を下げ、ひたすらにズィーリオスの毛を弄っていた。そこだけに意識を集中しようとしているのに、脳は強制的に念話の声を拾ってしまう。

 俺は気にしていないと、大丈夫だと証明したいがためにズィーリオスの背から下りなかったのに。それに今下りたら、しっかりと地面を踏みしめて立っていることが出来るかが怪しかった。それを隠したかった。けれど、そのせいでズィーリオスの背に居座り続けたことで、もっと余計に気まずかった。

 ズィーリオスに視線が集中するということは、必然的に俺にも視線が集まるということになるのだから。



『今が・・・言うべきタイミングだということは分かる。けれど、もし教えてしまったら、もう二度と後戻りは出来なくなる。リュゼの・・・運命が決定付けられてしまう。まだ、・・・・間に合うんだ。絶対にリュゼが必要になるとは限らない。リュゼが生きたいように、自由に生きることが出来るんだ。それを、俺は・・・俺たちの都合でリュゼの運命を確定させることはしたくない。したくないんだ・・・!』


 結局俺は、念話の内容に意識を集中させていたらしい。握りしめてしまっていたズィーリオスの毛を解放する。

 意味が分からない。いや、ズィーリオスが言いたいことは分かる。俺を想ってくれているからこそ、俺に話すことが出来ないってことが。でも、俺に話すことで、俺の運命が決定付けられるという意味が分からない。そして、それを聞かないことこそが、俺が自由に生きることが出来る唯一の方法であるということも。

 俺が俺自身の秘密を知ることで、俺の行動がそれほど変わると言うのか?知らないことが幸せなこともあるとは言うが、それがまさにズィーリオス達の知っている俺の秘密とはな。


 俺は、どうすればいいのだろうか。どうしたいのだろうか。揺らぐ心とは別に、頭は何故か冷静だった。まるで他人ごとのように、心が揺れていることを傍観している感覚に包まれていた。
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