はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
293 / 340

現れた者

しおりを挟む
「じゃあ早速『ちょっと待ってぇ!』えっ?」



 左腕の袖をまくり上げながら素肌を晒していると、いきなりユヴェーレンからストップがかかった。これから俺の血と樹液を混ぜる流れだったのに、いきなりどうしたっていうんだ?



『うそでしょぉ・・・!』



 何が起きたか説明してくれないか?ユヴェーレンは世界樹ではなく、目を丸めてどこか森の奥を見ていた。俺とズィーリオスもユヴェーレンの視線の先に目を向けるが、何も見えない。魔力を使ってその先の状況を把握しようとするも、魔力を放出した端から魔素へと散っていってしまう。魔力のまま維持することが出来ない。これが、ユヴェーレンが言っていた魔力の拡散のことか。

 ズィーリオスの方を見てみれば、どうやらズィーリオスもユヴェーレンが驚いている何かを見つけることが出来なかったようだ。お互いに目を見合わせて首を傾げ合う。


 魔力ではない殺気などの、視線は感じない。近くに人や魔物、動物はいないのだ。俺たちの察知出来ない範囲外にいるのか、それとも世界樹の意識が・・・ってそんなことはないか。


 ユヴェーレンは森の奥の一点を見つめたまま動かず、俺たちはどうすればいいのか分からなくなる。手持ち無沙汰に辺りを見渡してみると、いつの間にか、アバドンが瓶の蓋を片手にこちらに近づいて来ることろだった。テーブルやイスは片付けられており、先ほどまでの雰囲気とは何か違う。



「これはまた、面倒なことになったな」



 隣まで来たアバドンは、無言で蓋を差し出しながらユヴェーレンの視線の先をチラリと見やる。小さく礼言って瓶の蓋を閉じた俺は、小さく首を傾げた。すぐには使わないから蓋を寄こしたのだろうが、この樹液、酸化とかしないだろうか。時間経過で使えなくなるとかないよな?目を彷徨わせていると、ズィーリオスと目があった。目と目で話し合う。うん、きっと大丈夫なのだろう。疑問を飲み込んでマジックバッグの中に瓶を仕舞う。



『それで?面倒なことって何が起きたんだ?』
「あー、それはまあ今に分かる」
「は?」



 アバドンの要領を得ない答えに思わず息が漏れる。今に分かるって、それって結局今直ぐじゃなくて、少しあとって意味だろ?俺は今直ぐ何が来るのか知って、事前に構えておきたいんだけど。

 そんな俺の思いは虚しく散っていった。というのも、いきなり物凄い存在感を放つ何者かが現れたからであった。


 即座にその存在に向けて体を向けて構える。方向はユヴェーレンの視線の先だが、まだ姿は見えない。なぜこれほどの存在感を持った者を、今の今まで気づかなかったのか。ズィーリオスが俺の側までにじり寄って来て、ピタリと隣に立ったのがもふもふした毛で分かった。



『久しぶりねぇ。貴方が出て来るなんて全く思わなかったわぁ』



 俺とズィーリオスは全力で警戒していたが、ユヴェーレンは相手が誰だか知っているらしい。だが、知っているにしては、どこか気を張っているような声音だった。多少なりとも、ユヴェーレンが警戒する相手とは一体誰だ。珍しく、アバドンもその誰かに対して神経を張り詰めさせているようだった。ユヴェーレンやアバドンが警戒するほどの相手と言ったら、それだけ存在は限られる。彼等と同等の力を持つ者、またはそれ以上の力を持つ者。そしてユヴェーレンの知り合いとなれば・・・。



『親友の危機と聞けば当然です・・・。それにしても本当に、久しぶりですね・・・・』



 知らない女の人の声が聞こえた。その声はどこか冷たく、無機質なように聞こえる。



『そうだったわねぇ。一番仲が良かったのは貴方だったわぁ』



 声だけで姿は見えない。存在感だけがその何かがこの場に居ることだけを証明していた。



『はい・・・。それで様子を見に来たのですが・・・。精霊王の一角を担っている貴方ともあろう方が、これは一体どういうつもりですか・・・?』



 独特の間の喋り方をした誰かがユヴェーレンと会話を続ける。アバドンと出会った時のような、死の気配は感じないため、多分悪魔とかではない。もし悪魔ならば、ユヴェーレンだけではなくアバドンの方にも話しかけていたはず。だが、ユヴェーレンだけとなると、相手は多分他の・・・。


「精霊王?」


 思わず口をついてしまった言葉はもう取り返しがつかない。その言葉の声量はとても小さかったが、その誰かが聞き取るには十分だった。



『へえ・・・?』



 先ほどまであった存在感がいきなり消えた。そして、世界樹以外の木々が騒めきだす。まるで、この場の不穏な気配を表現するかのように。

 すると、突如俺の足元の地面が小さく膨れ上がり、地面の下から小さな芽が生えて来た。それを認識した瞬間、いきなり視界が揺らぎ、体が何かに引っ張られた。



『ちょっとぉ。いきなり何なのよぉ。手を出さないでくれないかしらぁ?』



 俺は、アバドンの腕の中にいた。アバドンは俺を抱えた状態で、先ほどの場所から離れたところに立っていた。そしてその隣にズィーリオスが降り立ち、ズィーリオスの背に乗せられて、ズィーリオスは空中へと飛び立つ。


 俺たちが立っていた場所には、大きな蔓が生えていた。そして、その蔓が俺たちのところへ延びるのを阻むように、黒い影が蔓の進行を妨げていた。


 全てが一瞬の出来事だった。俺は自分の足元から芽が出るところまでは認識していたが、幾分気付くのが遅すぎた。認識した次の瞬間には目の前に蔓が迫っており、避ける暇もなかったのだ。しかし、そんな俺をアバドンが気付いて助けてくれたようである。



『皆ありがとうな』



 距離がある者がいるので、念話で礼を言う。



『ああ。それにしても、いきなり攻撃して来るなんて。あいつの知り合いはヤバい奴だな』



 ズィーリオスが旋回しながらユヴェーレンの方を見る。俺たちの頭上には、世界樹の枝葉の傘が広がっており、空に出ることは出来ない。それでも、元々世界樹が巨木なために、枝葉が始まる位置がかなり高かった。そのため全く高度に支障はない。傘の下から抜ければ空が広がっているが、それだと地上の動きが見えずに状況把握が出来ないため、傘の下からは出ずに地上の様子を窺っていた。



『だな』



 アバドンがズィーリオスに相槌を打ちながら頷く。アバドンは自力でズィーリオスと同じ高度まで飛んできており、一緒に地上の様子を眺めていた。どうやって飛んでいるのか分からない。まあ、悪魔だからだろう。

 アバドンのことは気にしている状況ではないため、そういう者だと納得して思考を切り替えた。



『あの者を庇うのですか・・・。なるほど・・・・。やはり彼は貴方の契約者というわけですね・・・』



 影に攻撃を繰り返していた蔓が、攻撃を止めてだんだん縮んでゆく。地面に吸い込まれるかのように小さくなっていった蔓は、地面の近くで次第にそれぞれ絡み合いだした。そして、うねりながら1つの形を象っていく。


 それは、まるで人のような形をしていた。



 頭部が出来、両手両足が形成される。歪な人の姿を象った蔓は、次の瞬間には人の女性の姿をしていた。蔓には全く見えない綺麗な肌は本物の人のそれだ。

 冷たく見える動かない表情が、この人の姿を象った蔓だということを表しているかのようだ。そんな女性の目の前にユヴェーレンが立つ。両者の間には距離があり、ユヴェーレンが女性を警戒していることが良く分かった。

 そんなユヴェーレンを一瞥した女性は、上空にいる俺たちを見上げた。そして、初めて俺に声を掛けた。



『闇の精霊王の契約者・・・・。下りて来なさい・・・』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

異世界転移したよ!

八田若忠
ファンタジー
日々鉄工所で働く中年男が地球の神様が企てた事故であっけなく死亡する。 主人公の死の真相は「軟弱者が嫌いだから」と神様が明かすが、地球の神様はパンチパーマで恐ろしい顔つきだったので、あっさりと了承する主人公。 「軟弱者」と罵られた原因である魔法を自由に行使する事が出来る世界にリストラされた主人公が、ここぞとばかりに魔法を使いまくるかと思えば、そこそこ平和でお人好しばかりが住むエンガルの町に流れ着いたばかりに、温泉を掘る程度でしか活躍出来ないばかりか、腕力に物を言わせる事に長けたドワーフの三姉妹が押しかけ女房になってしまったので、益々活躍の場が無くなりさあ大変。 基本三人の奥さんが荒事を片付けている間、後ろから主人公が応援する御近所大冒険物語。 この度アルファポリス様主催の第8回ファンタジー小説大賞にて特別賞を頂き、アルファポリス様から書籍化しました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...