はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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世界樹の傷痕

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 誰も喋らない静かな時間が過ぎていく。手元の瓶に視線を向けると、もうほとんど樹液は出て来なくなっており、世界樹が自らの修復を終わらせかけていた。

 世界樹に付けた傷は、凡そ5センチほどの長さの深さ3センチほどの大きさだ。この傷の修復に要した時間は凡そ20分から30分ぐらい。そして、その間の時間で手に入った樹液の量は、100ミリリットルを超えるぐらいか。

 瓶を頭より高い位置まで持ち上げ、日の光に透かして中身の量を目測する。この瓶の容量が300ミリぐらいなのだ。その瓶の3分の1程まで入っているのだから、多分それぐらいはあるだろう。樹液の採取はこれぐらいで充分か。これ以上世界樹を傷つける必要はない。


 瓶を零さぬようにしっかりと手に持ち、俺は周囲を見渡した。ユヴェーレンはどこだ?樹液に消費期限とかはあるのだろうか?時間が経つと樹液が固まるとかだと、早く実験を行わなければいけない。




『おい!あったぞ!』



 その時、ユヴェーレンではなくズィーリオスの声が上がった。取り敢えず、俺のやることは終わったので見にいってみよう。ズィーリオスの居場所を確認し、近い方から世界樹を回って行く。




『あ、リュゼ!ほら、こっち見てくれ。あるだろ?』



 ズィーリオスが世界樹に肉球を押し付ける。その場所を見ると、確かに先ほどまで俺が見た傷と似た痕があった。勿論、こちらの傷の方が時間が経っていることが明白ではあったが、問題は・・・。



「これは・・・、多いな」



 その辺りの世界樹には、想定上に傷痕がついていた。ざっと見ただけでも十か所以上に傷痕がある。大きさは俺よりも小さい。しかし・・・・。



『ああ、多すぎるな。それにこの痕は・・・ナイフ?短剣か?』



 傷痕を見たズィーリオスが首を傾げながら呟く。世界樹の回復によって元の傷痕がどれほどの大きさだったか分からないが、俺もズィーリオスと同じ意見だ。俺たちが回収した樹液の量と掛かる時間を考えると、大量の傷を付けて短時間で効率的に樹液を採取しようとしたのだろう。ナイフか短剣を世界樹の突き立て、より深く傷を付けて。そうすれば、より多くの樹液が溢れてくるだろうから。



「かもしれないな」
『だよなー』



 ズィーリオスが世界樹から手を離して、俺の手元に目を向ける。貯まった樹液の量を確認しているようだ。



『それ、すぐに固まりそうだな』
「あ、やっぱりズィーもそう思うか」
『まあな』



 2人で樹液を見つめあって頷き合う。



『ユヴェーレンは見てないぞ』
「・・・か」



 ズィーリオスもユヴェーレンの姿は見ていないようだ。アバドンは・・・。振り返ってアバドンを見てみたが・・・・うん、あれはユヴェーレンが視界に入っていても気付いていないだろうな。脳が認識していないだろう。アバドンは眉を寄せて、悩まし気にフォークを持ったまま固まっていた。そしてテーブルの上のチーズケーキは、俺が前に食べたものではなく、別のチーズケーキになっていた。色々試作したものをそれぞれ試食しているようだ。なぜ試食のタイミングが今なのかは分からないけれど。



「はあ、ユヴェーレンは一体どこに行ったんだよ・・・」
『え?呼んだかしらぁ?』
「うわっ!」



 俺だけでなく、隣にいたズィーリオスも一緒になって飛び退る。ズィーリオスの尻尾が2倍の大きさに膨れ上がっていた。全身の毛も逆立っているが、まるで全体的に静電気の影響を受けたかのようだ。



『あらぁ、びっくりさせちゃったぁ?ごめんねぇ?』



 俺たちの様子を見て、ユヴェーレンがクスリと笑った。俺たちは声の主がユヴェーレンだと認識し、ホッと息を吐いた。ズィーリオスも落ち着いてきて、毛が収まりだした。ズィーリオスの側で俺はズィーリオスの毛を撫でながらユヴェーレンを見上げる。



「いきなりは、な」



 苦笑いを浮かべながらユヴェーレンに顔を向ける。するとユヴェーレンは、俺の手元を見て合点がいったというように頷いた。



『樹液の採取が終ったから呼んだって感じねぇ』
「そうだ。それと、ズィーリオスが犯人が付けたと思われる傷を発見したんだ」
『そりゃあるわよねぇ。一応確認しましょうぉ』



 ズィーリオスが傷のある部分に顔を向け、その視線の先をユヴェーレンが確認する。そして、傷の1つに手を添えて、小さく溜息を吐いた。ユヴェーレンは、添えている手を優しく幹を撫でる様に動かした後、振り返って世界樹から離れた。



『この傷、一つ一つがかなり深いわぁ』
『やっぱりそうなのか』
『あらぁ?知っていたのぉ?』
『知っていたと言うよりも、憶測だな。リュゼの剣よりは深いだろうぐらいだ』
『なるほどねぇ』



 ユヴェーレンは、無数に付けられた世界樹の傷を視たようだ。だが、視たからといって、塞がったはずの傷の深さが分かるものだろうか?ユヴェーレンにはどう見えているかは知らないが、まあ、傷が不快と断定出来るような状態が視えたのだろう。

 となると、やはりナイフや短剣を世界樹に突き立てたと見て間違いなさそうだ。



「なら、この数の傷で、どれぐらいの量の樹液を採取出来たと思う?」



 傷が深いことは知っているが、実際にどれぐらいの深さかは知らない。それに、深さによって溢れて来る樹液の量は違うだろうから、余計にどれぐらいの樹液を採取出来るか分からないのだ。だからこそ、なんとなく答えられそうなユヴェーレンに訊ねてみた。



『うーん。どれぐらいかしらぁねぇー。少なくともぉ、それの10倍はあるんじゃないかしらぁ』



 ユヴェーレンが俺の手元に視線を向けながら呟く。つまり、総量は1リットル以上である可能性があるということだ。1リットルの塊・・・デカいな。だが、実際は当然それ以上であることも考慮しなければならない。



『実際の量は分からないが、実験をしてみればもう少し細かく割り出すことが出来るだろう』
「そうだな」
『確かにぃ』



 全員の視線が俺の手元に集まる。結局のところ、俺が採取した分でどれぐらいの時間、効果を得ることが出来るのか。そもそも、本当に世界樹と血を混ぜることで、魔物を操ることが出来るのか。それらを検証しなければ、全ては机上の空論に過ぎない。



「じゃあ、誰の血を使うかってことだけど・・・」



 そう言った瞬間、ユヴェーレンとズィーリオスの視線が、俺の手元から移動した。バッチリとズィーリオスの目と合う。逸らしてユヴェーレンを見れば、ユヴェーレンの目とも合った。・・・・うん、俺か。



『1人しか適任がいないのだから当然よねぇ。だって私は血なんて出ないしぃ』



 魔力体で実体がないからな。顕在化も結局のところは魔力だしな。



聖獣の血なんて使ったら、検証にならないだろ』



 敵の方に聖獣がいるわけがないからな。いたらそれこそヤバい。それにアバドンは人の血って言っていたし。あっ、なら!



「アバドンは・・・!」
『アバドンも俺と同じく検証にならないだろ」



 期待を込めて振り返った俺に、虚しくズィーリオスが期待を砕く。そっと体の向きを再びズィーリオスたちのところへ向ける。

 まあ、分かってた。アバドンの血こそが一番マズイことは分かってた。一番検証に向かない血だってことは!でも、な?問答無用で俺になるなんて・・・。


 この検証については、俺たち以外は知らない。だからこそ、他の人の手を借りることは出来ない。エルフたちは当然ながら、ガルムたちすらも。彼等なら、ネーデの件も知っている人物たちだからこそ力を貸してくれるかもしれないが、現在進行形で死にかけている人達の血を抜くことは流石に出来ない。

 だからこそ、必然的に俺の血が検証に使われることが決定したのだった。
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