はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
287 / 340

戦いの後

しおりを挟む
 戦いが終わった後、ほどなくしてエルフたちが集まって来た。ユヴェーレン曰く、エルフたちがいる状況で世界樹の許に行くのは止めた方が良いとのことだった。世界樹の樹液を手に入れるということは、世界樹に傷をつける必要がある。それを、世界樹を守っているエルフたちの前で言うことも見せることも出来るわけがない。そのため、隙を見て世界樹の許に行くことにした。だが、樹液の件はついでであり、本当の目的は世界樹の様子を確認することだ。結界が壊れてしまったことで、高濃度の魔素に耐性の無い者たちが危険に晒されている。一刻も早く原因を究明する必要がある。樹液の検証は後回しでも問題ない。



「この度は我が国の危機を御救い下さり誠にありがとうございました」



 エルフの王女が頭を下げて、後ろについていたエルフたちも同様に頭を下げる。


 俺たちがいるのは魔物たちの被害がほとんどなかった辺りであった。だが、近くには大量の負傷者が並べられて治療を受けているところだった。重症者がかなり多く出たようで、戦いが終わったというのに怒号が響き渡っていた。そこから少し離れた距離にいるというのに、その言葉の内容が普通に聞こえる。



「人間の国からの客人たるあなた方のお力を、これほどお借りすることになってしまうとは思っていませんでした。あなた方が来てくださって非常に助かりました」



 俺たちが戦場で戦っていた間も、王女は王女で忙しかったのだろう。目の下に隈が浮かび、疲弊した雰囲気が漂っていた。



「俺は殆ど何もしてないので。お礼なら俺の仲間たちに行ってくれ」



 そして俺はアバドンの方を向こうとしてピタリと動きを止め、ユヴェーレンの方に顔を向けた。アバドンと王女を直接会話させてはいけない。俺も大概だが、アバドンはもっとヤバいことになりかねない。俺はユヴェーレンの契約者だからと許されているようだが、アバドンはただの人間としか思われていない。2人を会話させたら王女の付き人達が流石に黙っていないかもしれない。それはヤバいだろう。エルフたちの方が。



「そうなのですか?では、皆さまに感謝を申し上げます」


 
 にこやかな笑顔を無理やり浮かべた王女は、全員の顔を見渡した。そしてユヴェーレンで顔を止めて真剣な表情を浮かべる。



「闇の精霊王様。実はお願いがございます」



 俺の後ろで、アバドン、ズィーリオスと話し合いをしていたユヴェーレンが、王女に呼ばれたことで俺の横まで出て来る。

 3人は世界樹の異変について話し合っていた。どうやら、どうやって世界樹まで近づくかの話し合いをしていたらしい。ここがエルフの国でないなら、認識されていないユヴェーレンだけでも世界樹の様子を探りに行くことは出来た。しかし、俺たちは全員がエルフたちに認識されている。ユヴェーレンなら自由に行動していても大丈夫だろうが、世界樹に近づけば近づくほど君が悪く感じるらしい。更に、魔力が抜けて行く謎の現象もあるらしく、ユヴェーレン1人では、世界樹の側に辿り着く前に体を維持出来ないらしい。莫大な魔力を有するユヴェーレンですら近づくのを躊躇するなんて異常過ぎる。

 しかしそれは、精霊の核と精霊の距離が開けば精霊が発揮出来る実力の最大値が落ちるという、真正契約の影響もあるのだろう。



『何かしらぁ?』
「もうお分かりのことと存じますが、この度の戦いにて、我が国の生命線であった結界魔道具が破壊されてしまいました。世界樹の異変の原因が分からない現状、このままではニュフェの樹海を守ることはおろか、多くの同胞たちが命を落としてしまいます。ですから、私どもにお力をお貸し頂けないでしょうか?」



 王女の目には焦りと苦悩の色が浮かんでいた。王女は、自由を象徴する精霊、それも契約者以外はどうでも良いと考える契約精霊に頼んだのだ。それは断られる可能性があることを理解していても、それでも頼らざるを得ない者の姿だった。

 だが、もしユヴェーレンが協力すると言っても、ユヴェーレンは魔素を遮る結界を張れるのだろうか?ズィーリオスなら分からなくもないが、闇の力で魔素をどうにか出来るとは思えない。だって魔素と魔力は全くの別ものなのだから。

 精霊も聖獣も悪魔も魔素を扱うことなど出来ない。この世界で魔素を扱うことが出来るのは・・・世界樹のみなのだ。



『もしかしてその魔道具はダンジョン産のものぉ?』
「はい。そうです・・・」
『なるほどねぇ。でもぉ、そんなことできるわけがないでしょうぉ?』
「・・・ええ。分かっています。ですが、我々では世界樹の異変の原因を探ることは出来ていません。原因の究明にはまだ時間が掛かるのです」
『ではぁ、私たちが世界樹の調査に行くわぁ。それぐらいしか出来ないものぉ』



 その瞬間、王女の目が泳ぎ、王女の付き人達が騒めく。彼等の視線の先には俺とアバドンがいた。



「や、闇の精霊王様。世界樹の様子を確認して下さるのはありがたいのですが、他の方々もご一緒するのですか?」
『当たり前じゃなぁい。まさかぁ、私一人だけで行って来いっていうつもりぃ?』
「いっ、いいえっ!そんなつもりはありません!!」



 今までの腹の内を見せない態度が嘘のようだ。疲れすぎて取り繕う気力すらも残されていないのだろう。俺たち人間と魔物が世界樹に近づいて欲しくはないが、ユヴェーレンに言われてしまえば拒否することが出来ないようだ。

 この機会を逃し、すぐにでも契約をしていない王位精霊に会って頼みを聞いてもらえる保障はない。だからこそ、王女たちはここでユヴェーレンに頼むしか方法がない。流石の彼女たちも、結界がなくなったことで常に高濃度の魔素に晒される状況になり、疲労も相まって耐え切れなくなってきているようだ。




『私では結界を張ることは出来ないしぃ、そんなことよりも根本的な原因を解決する方がよっぽど効率的だわぁ。だけど原因を究明するにはぁ、実際に私が世界樹の近くまで行ってみないといけないわぁ。契約精霊が契約者からあまり離れることは出来ないことは知っているでしょうぉ?』
「はいっ・・・・」




 王女が唇を噛み締めながら睫毛を伏せて肯定する。俺は真正契約のことしか聞いてないから、普通の簡易契約の仕組みを詳しくは知らない。今のユヴェーレンと王女の会話からして、どうやら簡易契約では契約精霊は契約者からあまり離れることが出来ないものらしい。ユヴェーレンと俺にはそのような縛りはないが、ユヴェーレンの力が落ちるという点が同じようなものだろう。


 だが、この話し合いによって、ユヴェーレンと共に俺たちも世界樹まで行くことの許可を獲得出来たのだった。ユヴェーレンが言えばエルフたちは反対することは出来ない。それも、国民たちの存続すらもかかっているのだから、ユヴェーレンの提案を断ることが出来なかったようだ。国民よりも世界樹に人間を近づけないようにすることの方が大事だと言い出さなくて良かった。

 これで、誰にも文句を言われることもなく堂々と世界樹まで進むことが出来るようになった。



「では、案内の者をお呼びしておきます。しかし皆さま、すぐにご出発はお疲れでしょうから、お休みになっていて下さい」
「いや、案内の人が来たらすぐにでも行く」
「分かりました。では、案内の方がご到着致しましたらお声がけ致しますので、お休みになっていて下さい」



 王女が俺たちを休ませようと別の案内の人を付けようとしたが、俺は王女の提案を断ってすぐに世界樹の様子を見に行くことを告げた。勿論、疲れているが、休まないといけないというほどではない。疲労感はあっても、既に一刻を争う事態の時にゆっくり休んでいる場合ではないのだ。だから俺たちは直ぐにでも世界樹の許に行くことにした。

 ユヴェーレンがいるため案内人は要らないが、王女に案内人だけはどうしてもと言われて案内人を待つことが決まった。



「待ってください!人間どもが行くならば私も行きます!」



 案内人を呼びに行こうと王女が俺たちに背を向けた時、腕に包帯を巻いた元気なエルフが声を上げてやって来た。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

転生少女、運の良さだけで生き抜きます!

足助右禄
ファンタジー
【9月10日を持ちまして完結致しました。特別編執筆中です】 ある日、災害に巻き込まれて命を落とした少女ミナは異世界の女神に出会い、転生をさせてもらう事になった。 女神はミナの体を創造して問う。 「要望はありますか?」 ミナは「運だけ良くしてほしい」と望んだ。 迂闊で残念な少女ミナが剣と魔法のファンタジー世界で様々な人に出会い、成長していく物語。

異世界転移したよ!

八田若忠
ファンタジー
日々鉄工所で働く中年男が地球の神様が企てた事故であっけなく死亡する。 主人公の死の真相は「軟弱者が嫌いだから」と神様が明かすが、地球の神様はパンチパーマで恐ろしい顔つきだったので、あっさりと了承する主人公。 「軟弱者」と罵られた原因である魔法を自由に行使する事が出来る世界にリストラされた主人公が、ここぞとばかりに魔法を使いまくるかと思えば、そこそこ平和でお人好しばかりが住むエンガルの町に流れ着いたばかりに、温泉を掘る程度でしか活躍出来ないばかりか、腕力に物を言わせる事に長けたドワーフの三姉妹が押しかけ女房になってしまったので、益々活躍の場が無くなりさあ大変。 基本三人の奥さんが荒事を片付けている間、後ろから主人公が応援する御近所大冒険物語。 この度アルファポリス様主催の第8回ファンタジー小説大賞にて特別賞を頂き、アルファポリス様から書籍化しました。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

玲央
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...