はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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本隊

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 オーガの本隊の後方。住居がない木々の上で、俺たちはそれぞれ別の枝の上にしゃがみ込むように乗って様子を見ていた。ここは住宅地の端の方のようだが、所々に家だったものが散らばっている。先ほどまで俺たちがいたところと同じように火がついて燃えており、周囲の様子を照らしている。

 見える範囲から分かることは、ここでかなりの激戦があったということだ。オーガの死体もエルフの死体も転がっていた。地面は抉れ、木々が折れていたり、倒れていたりと地形もだいぶ荒れていた。エルフたちがかなりオーガに食らいついていたようである。

 内心で感嘆を零す。想像以上にエルフたちが頑張っていたようだ。ここまでの戦果を挙げているとは、正直思っていなかった。

 俺だけでなくアバドンもこの結果は予想外だったらしい。残敵数が少なくちょっと残念そうだ。エルフたちが命がけで頑張った結果なのだから、アバドンはそんなに残念そうな顔をするんじゃない。

 これほどオーガに対抗出来たなら、昼間のオーガ戦は何だったのだろう?あの時の戦力は、国としての戦力とは言えないものだったのだろう。総力戦だから出来たのかもしれないが、昼間でもせめて1体ぐらいは落としてくれても良かったのにな。・・・だからここまでやれるとは思えなかったんだよ。

 きっと昼間は本気を出さずに追い返すだけが目的だったということだろう。きっとそうだ。そうに違いない。1人うんうんと頷きながら思考を放棄していく。



『おい。結構ヤバそうだが、行かなくて良いのか?』



 アバドンの視線の先を見ると、そこはまさに押されている最前線であった。俺の目線では、オーガが隊列を組みながら何かをしていることしか見えない。目に部位強化を掛けて見てみるも、角度の問題だから意味がない。分かるのは、ただオーガが前に進んでいるという、前線が押されている現状だけだった。


 
『流石にこのままはマズイな』



 ズィーリオスもアバドンに同意して立ち上がる。具体的に何が起きているか分からなくとも、前線が下がっていてヤバいという意味なら分かる。きっとそれを言っているのだろう。

 オーガたちの更に奥に目を向けると、そこは結界が張られている区域の目と鼻の先であった。これ以上の前線後退はマズイ。



『行くか』
『おう』



 地面に飛び降りたズィーリオスの背に飛び乗ると、ズィーリオスが走り出す。既にアバドンも走り出していた。どんどんオーガとの距離が近くなる。オーガたちはまだ俺たちの接近に気付いていないようだ。


 残敵の数は3体。あと少しで殲滅が完了するはずだが、どうやらもうエルフたちは疲労困憊の魔力欠乏で戦闘不能に陥っている者が多発している様子だった。肩で大きく息をしている王子が何とか3体のオーガを抑え込んでおり、今にも王子はぶっ倒れそうな酷い顔色をしている。

 俺たちがオーガの背後から急接近している様子に王子が気付いた。俺と目が合い、一瞬目を見開いた後、顔を歪ませる。

 そんな僅かな隙を、王子と対峙していたオーガは見逃さなかった。王子の意識が逸れた瞬間に、オーガが岩をぶん投げて王子を直撃した。投げられた勢いのまま王子は結界内まで飛んで行った。その姿に、周りで息も絶え絶えに弓や杖を構えていたエルフたちが、一斉に後退りを始めた。

 これはマジでヤバい!



『ズィー!』
『分かってる』



 俺が声を掛けた瞬間、オーガたちはまるで辺りに広がる暗闇に囚われてしまったかのように、その場から先へ進むことが出来なくなった。そして、鋭い風の刃によって、あっと言う間に3体のオーガの首が落とされた。



『・・・ユヴェーレン?』
『ふふっ。聖獣にばかり良いところを持っていかれるのは違うじゃなぁい?』



 妖艶に微笑むユヴェーレンが俺のすぐ隣に現れる。やっぱりユヴェーレンだったか。突如動いてオーガを拘束した闇はユヴェーレンの仕業によるものだった。ズィーリオスの魔法が発動する前だったため、ズィーリオスではないことは直ぐに分かった。そのため、他に闇を操れる者といったらユヴェーレンしかいない。そして最後の風魔法が正真正銘ズィーリオスの攻撃である。2人の連携による瞬殺だ。この2人の連携とはかなり珍しい。たまたまの出来事だったのだろうが、そのたまたまがとても息の合ったタイミングである。


 先ほどまでオーガを抑えることが出来る者が戦線離脱し恐慌状態に陥りかけていた場が、一瞬で静まる。俺たち以外の誰もが、今自分の目で見た光景が理解できなかった。

 あれ程エルフたちの魔法攻撃を浴びても平然としていたオーガが、いとも簡単に倒されたのだ。それも、詠唱を行わない無詠唱の魔法で。ネタが分かっている俺たちならばなんともないのだろうが、傍から見た光景だと、俺かアバドンが無詠唱魔法を行使したように見えるのだ。


 逃げることを忘れていた兵士たちが座り込み、そしてやっと戦いが終わったことを実感したのか、兵士たちは崩れ落ちる様に座り込んで雄たけびをあげた。地面が揺れる程の大声にビビる。ん?いやっ!?違うッ!?


 兵士たちの雄たけびに紛れる様に聞こえるこの“音”は、人のものではない。


 俺たちは一斉に気を引き締め直して後ろを振り返った。部位強化を施した目でも辛うじて見えない程の距離があるが、そこにいる気配は紛れもなく感じる。

 

『おーっとォ?これはー』



 アバドンの笑みが深くなり、殺気が膨れ上がる。目には見えないが、広げた魔力がそこにある存在を俺に伝えてくれる。意識して注意深く索敵する必要はない。先ほどまでとは全く比較にならない数の暴力。オーガではない複数種類の魔物の気配があった。その中でも、圧倒的な存在感を放つ魔物が2体いた。その2体の魔物たちはお互いにすぐ近くにいるようで、魔物たちの群れの一番後ろの辺りに陣取っている。



『まさかだけど、こっちが本命的な感じか?』
『そのようねぇ。あれが本隊のようよぉ』



 嘘だろ・・・。先ほどまで来ていたオーガたちは本隊ではない。まさに今先ほど襲い掛かっていたオーガたちの方が偵察部隊のようだ。まだ、襲撃は終わっていない。

 背後の様子を一瞥して前を向く。もうエルフたちは誰一人として使い物にはならない。これは、俺たちだけで抑え込まないといけない状況であると言えよう。



「仕方ねえ。戦えない奴らは全員さっさと避難しろっ!動ける者は怪我人を連れて下がれっ!」



 茫然としているエルフたちに向かって声を張り上げる。本来なら指揮官が行うべき命令だが、今はそんなことでとやかく言い合っている場合ではない。

 俺の命令を聞くのは嫌そうだが、それでも現状の危険性に気付いた兵士たちが、続々と動けない者達を連れて下がっていく。


「おい!クソッ!お前が指揮を執るんじゃないっ!」


 のそのそと結界から出て来た王子が、声を張り上げて俺に指揮を執るなと叫んできた。ボロボロ過ぎて叫ぶだけで体に障りそうな状態であるというのに、しっかりと自分の足で立ち近づいて来ていた。しかし、結界内に走っていく兵士たちによって安全性の高い結界内まで連れ戻される。

 もう戦えない奴は大人しく回復に努めてくれないか?こんな状況下でも文句の絶えないさまに溜息を吐く。



「良かったな、アバドン。もう一回遊べるぞ」
「だなァ」



 殺(や)る気満々で大変頼もしい限りだ。前線を引き上げるためにズィーリオスは駆けだした。乗ったままの俺は連れていかれるがままである。しかし、いつでも攻撃が出来るように剣に手を添えることは忘れていない。

 そしてこのまま、一気に最前線の押し上げに成功したのだった。
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