はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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第一王子

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「お話なら私がお受けします」



 俺とエルフの男との間にガルムがスッと入ってきた。俺に向けられる男の視線を遮るその背中に、俺は思わずホッと息を吐いた。今回の使者の代表はナルシアなのだが、当然パーティのリーダーはガルムだ。まだ、使者としてまともに扱われていないことと、ナルシアが固まってしまって動けていない。そのため、エルフ側で今一番地位が高いと思われる者の相手をするのは、俺ではなくガルムであった。俺が余計なことを口走らないためにも、ガルムが相手取ってくれたのはありがたい。



『よく我慢した』
『ありがと』



 ズィーリオスが励ましながらすり寄ってきたので、エルフとガルムの話し合いに巻き込まれないように距離を取る。すると、眉尻を下げたエルフ兄妹が走り寄って来て、不安そうにこちらを見上げていた。



「大丈夫だ。心配すんな」
「本当?」
「ああ。だってまだ、こちらの手札は残っているんだ」



 2人がこれ以上心配しないように微笑みかける。2人は優しい。俺のことを心配してくれるなんてな。心配するのは相手方の方だというのに。俺の怒りが爆発しなかったのは、俺自身が堪えていたのもそうだが、ユヴェーレンからヒンヤリとした気配が漂っていたからでもある。肌感覚でヒンヤリとしていたわけではなく、なんだろう、契約しているからこそ分かる微妙な違いだろうか。そんな微妙に冷たい気配を感じ取っていたことが、俺をギリギリのところで落ち着かせていた。

 今だって、完全に姿は消して見えないはずなのに、その気配のせいでなんとなく位置が分かる。ガルムと同様に俺を庇うような位置にいた。そして、ユヴェーレンのそんな気配は、他のエルフと契約している精霊たちにも影響を与えていた。

 同じ聖霊だからこそ分かるのだろう。不安そうに周囲を見渡している精霊たちがたくさんおり、契約者のエルフたちは各々反応を示していた。タイミング的な問題で、ガルムが対立したからだと思っている者も多くおり、ガルムを睨み付けている者が多かった。

 高貴そうなエルフが出て来たせいで、この場の雰囲気は底冷えするような寒々しい場に変貌していた。



「お前が代表者か?」
「そうです。しかし、使者の代表はあなた方の要望通りにエルフである彼女です」
「ふーん。冒険者か」



 明らかに見下した視線にも関わらず、ガルムは微動だにしない。これが大人という者なのか。比較的にこやかに受け答えするガルムであったが、男はバカにしたように鼻で笑った後、ガルムを無視してナルシアに顔を向けた。



「獣臭い奴らとは会話は出来ない。そこの同族、一緒に来たのならお前が話せ。使者なのだろう?」



 ビクッと肩を震わせたナルシアは、下げていた頭を上げて、見たことのない礼をした。それがエルフ流の挨拶なのだろう。



「ハーデル王国の王都にて、冒険者ギルドの最高責任者の席についておられた、シェルザライド・ル・クルーレ殿下の犯した禁忌についてご説明するために、此度はハーデル王国の使者として参りました」
「ふむ。確かに、我が妹の件について精霊より話を聞いている。良いだろう。入国を許可する」



 男は背を向けて森の中に入って行こうとすると、俺たちを監視していたエルフの一部がその男について行った。

 あの、王都の元ギルドマスターを妹と言っていた。それはつまり、あの男は王族であるということだ。護衛を伴わずにやって来た王族を守るために、俺たちの監視から人員が割かれたようだ。

 王族が立ち去った後、一気に張り詰めていた場の空気が解けた。ナルシアが膝から崩れ落ちそうになった瞬間、ジェイドが側までやって来て受け止める。俺たちを監視しているエルフたちからも、どことなく放心した様子であった。



「ナルシア、大丈夫っすか?」
「ええ。ありがとう」


 
 頭を押さえたナルシアが、ジェイドに支えられながら立ち上がる。



「今の人は・・・」
「そうね。馬車の中であの方について説明しましょう」



 アネットの零した言葉に反応し、ナルシアが少し疲れた顔で馬車に顔を向けつつ返す。そして、ジェイドがナルシアを馬車まで移動させている間、俺はアバドンの許まで移動する。



「ダメだからな?」
「・・・まだ、何も言ってないぞ?」
「いや、その様子を見たら、大体何を考えているか分かるから」



 舌打ちをしたアバドンが、心底残念だと言いたげに手に隠し持っていたフォークを片付けた。持っている物自体は普通の物だが、思考が物騒過ぎる。本来の用途ではない使われ方をされようとしていたあのフォークは、今後食事の時に出さないでほしい。いや、まだ使ってないからセーフか?



『お前ら行くぞ』



 ズィーリオスに声を掛けられて周りを見ると、既に全員が馬車に乗り込んだ後であるようだった。アバドンと共に馬車に戻ると、御者席にはジェイドが座ることになったことを伝えられた。ナルシアの側には、アネットと彼女の契約精霊が寄り添っていた。

 全員が馬車に乗ったことで馬車が動き始める。



「あの人は、クルーレ王国の第一王子殿下よ」



 暫くして、ポツリとナルシアが口を開いた。おおよそ予想が立っていた事象に、皆が徐に頷く。



「エルフ至上主義の人物で、他の種族のことを見下しているわ。過去には、東大陸に進攻しようとしていたほどの過激な人物なの。国王陛下によってその動きは阻止されたのだけれど、今もその考えは変わっていないみたいね。厄介なのは、水の上位精霊と中位の風と光の精霊とも契約していることよ。王族の中での実力者であり、最も恐れられている人ね」



 その実力の高さからアバドンが嬉しそうに笑みを浮かべたが、俺が視線を向けたことで全員がスルーした。



「確信がないから明らかにはなっていないのだけれど、あの人は実の弟を殺したと言われているの。第二王子は、他の種族とは平和的に協力関係を築こうとしていた人物で、国民にも優しく人気が高かったの。けれどある日、周辺にある他種族との会合に向かう途中で、不慮の事故に会い亡くなってしまったわ。その事故が実は第一王子派の仕業ではないかと言われているのだけれど、決定的な証拠もないから事故として片付けられているの」



 ナルシアが俯きながら溜息を吐く。人気が高かったというだけあり、ナルシアとしても支持していた人物だったのかもな。



「だけど、当時最も王太子の座に近かった人物は、今現在王太子の座についている第一王女なの。第二王子は当時2番目に近い人物で、第一王子は3番目だったわ。だから、王太子の座を奪われないように第一王女派が仕組んだとも、継承順位を上げるために第一王子が仕組んだとも言われているの。第一王子は王様になりたがっているらしいし、一番第二王子と仲が悪かったから、最も疑わしいのは彼なのだけれどね」



 少しずつ話ていくことで、ナルシアはだいぶ気力を回復させてきたようだ。馬車に乗る前よりも、自分の体をしっかりと支えているようであった。



「それに、巷では真しやかに言われていたことではあるのだけど、第一王子に逆らった人物は、翌日には国からいなくなっているそうよ。何らかの方法で身動きを取れないようにした人物を、夜の森に放置して魔物に食い殺させたのではという話もあるの」



 そういうことか。だから、あれほど王子が姿を現した後の空気が張り詰めていたのか。真実を見抜くことが出来る精霊と共に暮らす国で、証拠が挙がらない状態というのは、なかなか巧妙に尻尾を隠していると考えて良さそうだ。



「だから、いくら皆が強いことを知っていても、もし何かあったらどうしようって思ってしまって。特にリュゼは目を付けられてしまったようだし・・・」



 一同を見渡したナルシアは、最後に俺に視線を止めた。そんなナルシアは、恐怖で揺らめかせた瞳で俺を見つめていた。
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