はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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待機

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 指で自分を指して馬車の入口を指す。ニコリと笑みを浮かべたガルムやアネット、ジェイドの姿があった。エルラテは状況を分かっているようで苦笑いを浮かべていたが、アニーナはよく分かっていないらしく、首を傾げていた。

 マジか・・・。本当に俺から先に外に出ろというのか。スッとズィーリオスに視線を向ける。頼む、お前だけでも!

 俺の気持ちが通じたのだろう。ズィーリオスが立ち会がって俺の側までやって来る。付いて来てくれるんだな!馬車の入口を開けて足を踏みだした瞬間、トンッと後ろから押し出された。

 はぁ?想定外のことに思考が停止し、迫りくる地面がゆっくりと見えた。あの背中に感じた感触は、間違いなくズィーリオスの肉球だった。マジで意味が分からない。

 地面に激突する寸前で手を突き出し、上体を跳ね起こして後ろに振り返る。



「おい!ズィーリオス!何すんだよ!」



 ズィーリオスに文句を言い放ちながら視界に収めたズィーリオスは、何もなかったかのように馬車の中から出て来た。周囲で様子を観察していたエルフたちが騒めく。魔物を連れて来たと騒ぎ立てているようだった。だが、俺にはそんなことはどうでも良い。解決しなければならないことがある。



『聞いてる!?』



 ついズィーリオスに対して普通に話かけてしまったが、会話をするならば念話にしないといけない。



『ああ、聞いてる。だが、おかげで俺はリュゼと一緒に行動できるようになったんだぞ?俺だけ別行動でも良かったのか?』
『え、マジか・・。流石に別は・・・』



 理由があるなら仕方ない。それもズィーリオスだけ別行動になるなんてダメだ!だけど・・・。



『一緒に行動出来るようになったってどういう意味だ?』
『周りの様子を見て』



 側によって来たズィーリオスが、辺りを見渡すようにと周囲に視線を向ける。周り?ズィーリオスの指示通りに周囲のエルフたちの様子を見てみる。すると、先ほどまで魔物を連れて来たと殺気だっていたエルフたちから、困惑した雰囲気が漂い出していた。

 様子を窺い続けている間に、他のメンバーたちも馬車から降りて来る。アネットとナルシアがエルラテとアニーナの手をそれぞれ引いて下りて来た。いつの間にか、ナルシアは馬車の出入り口まで移動してきていたようだ。

 馬車の中から出て来たエルフの子供を見て、別の騒めきがエルフたちに広がった。人間と獣人、それにエルフと魔物という異色の組み合わせだからだろう。エルフの国というだけあって、他の種族の者達が一緒にいる光景を見たことがないのかもしれない。

 にしても、アバドンが下りて来ない。ユヴェーレンもアバドンと一緒にいるようで、馬車の中から出てきていなかった。



「なんという組み合わせだ・・・」



 唖然としたエルフの1人の声が聞こえた。なるほど、ズィーリオスの意図が分かった。人間の子供を先に出して警戒心を減らし、その子供を襲う様子を見せずに側で守るように寄り添っている魔物。そして、獣人と人間、エルフの子供の姿を見せることで、攻撃の意思がないことをアピールしたのか。

 エルフは子供が生まれにくいからこそ子供を大事にする。その子供たちが全く警戒しておらず、無傷で元気な姿をしていることを見せつけたのだ。ズィーリオスが人を襲う魔物ではないことも見せつけることが出来ている。それこそが、一緒に行動できるという意味なのだ。


 馬車から降りる前よりもエルフたちの雰囲気が軟化している様子に、ズィーリオスの作戦に感心せざるを得ない。



「隊長、どうしますか。これでは・・・」
「分かってるっ!」



 コソコソと小さな声で話し合っている声が聞こえて来た。部位強化しておいて良かった。



「仕方ない。やはりあの方がいらっしゃるまではこの場で待たせよう」
「分かりました」



 誰かは分からないが、これからここまであの方とやらが来るようだ。俺たちはこのまま馬車の外で待つようにと言われた。いつまで待てば良いのか分からないが、周囲にいるエルフたちはずっと監視し続けるつもりらしい。



「リュゼお兄ちゃん!さっきは大丈夫だった?」



 アニーナが俺に駆け寄って首を傾げながら見上げて来る。



「えーっと?ごめん、さっきって何のこと?」
「スイちゃんが押してたとき!」
「あー、あの時のことか。大丈夫だよ。怪我はしてないからね」
「ホント?」
「ああ、本当だ」



 ズィーリオスの名前をはっきりと発音できないアニーナは、ズィーリオスのことをスイちゃんと呼んでいた。俺がズィーリオスに押されて転げかけた時の事を心配してくれたらしい。なんて優しくていい子なんだ。気のせいではなく、最近俺の扱いが雑になっているどっかの誰かさんとは雲泥の差だ。

 アニーナの頭を撫でてあげると、気持ちよさそうに目を細めて笑みを浮かべた。優しくて可愛いなんてこれはまた・・。



「エルラテ。将来は大変だと思うが頑張るんだぞ!」
「何を?」
「君の大事な妹を守ることを、だ」
「うん!もちろん」



 ああ、これは俺の言いたいことは解っていない顔だ。エルラテに、今俺が言った言葉にどのような意味があるか詳しく説明することはせず、黙って今を見守ることにした。いつかは俺の言いたいことに気付く日が来るだろう。だってもう既に、エルラテは立派なシスコンの片鱗が見え隠れしているのだから。


 そんな俺たちの会話が、エルフたちに何とも言えない雰囲気にしていることなど気付くことはなかった。



「あ、そうだ。待っている間暇だからお菓子でも食べて待っていようぜ?」
「うん」
「おかし!!」



 どれだけ待たされるか分かっていないんだ。勝手にお菓子パーティーを開いてもエルフたちに文句は言われないだろう。



「アバドン!今なんか食べられるお菓子持ってないか?」



 馬車の中を覗き込みながら尋ねると、なぜかユヴェーレンに叱られているアバドンの姿があった。



「・・・ごめん」



 あまりにもタイミングの悪い状況に、俺は一言謝るとすぐに馬車から離れて踵を返した。



「ちょっと待て!あるから!だから待ってくれ!」



 馬車から離れる俺の背中に、必死なアバドンの声に足を止める。うーん、どうしようか。そのまま戻ったせいで俺までユヴェーレンに怒られないか?



「リュゼ!試作品で良ければ、この前お前が言っていた“チーズケーキ”とやらを出してやる!それに見合う茶も出してやるから!!」



 仕方ないな。クルリと振り返って馬車まで戻る。



「ユヴェーレン。何があったのか分からないが、そこまでにしてやってくれないか?」
『全くもぉー。仕方ないわねぇ。良いわよぉ』
『助かった!リュゼ!』
『ただし、本当にリュゼに美味しい物を出してあげるのよぉ?』
『分かってる分かってる!』



 喜々としてアバドンの目の色が輝いた。



「リュゼ。マジックバッグを」



 要求されたマジックバッグを渡すと、アバドンは馬車の外に出て来た。その後に姿を消しながらユヴェーレンも付いて来る。どうやら今は姿を見せないでおくつもりのようだ。

 姿を現した新たな人物にエルフたちの警戒心が僅かに上がる。すぐに出て来なかったので、馬車の中で何か隠していたと思われているのだろう。まだ馬車の中に隠れている者がいないかと精霊を使って馬車の中の確認していた。

 そして、マジックバッグを持ったアバドンが何をするのか見ていると、馬車の側の開けた場所に立ち止まった。マジックバッグを使っているフリをして、次元収納の中からあのテーブルとイスを取り出す。イスは全部で2つだった。どうやらイスの在庫は2つしかないらしい。

 久しぶりに見たテーブルセットである。



「本当にリュゼ達のマジックバッグには、変なものしか入っていないな」



 ガルムの呆れた声にアネット達が同意している間、アバドンはホールのチーズケーキとティーセットを取り出していた。チーズケーキが切り分けられ、ティーポットからカップに紅茶が注がれる。



「さっ。準備出来たぞ!リュゼ、そこに座れ」


 
 促されるままに席に付いた俺の目の前には、どこからどう見てもあのチーズケーキにしか見えない食べ物と、芳しい香りの紅茶が鎮座していた。
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