はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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狩りの時間

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「美味しいか?」
「めっちゃ美味しい!こんなに美味しい食事初めて食べた!」
「美味しい!」



 エルフ兄妹は、キラキラした目を大きく見開いて俺の質問に応じた後、俺の背後に視線を向ける。夜になり、焚火の周りで各々腰掛けているガルムたちは、兄妹の発言にほのぼのとする。2人の視線の先にいる人物と2人の反応に笑みが込み上げて来た。空になった食器を手に、後ろにいるアバドンのもとに向かう。エルフの兄妹の純粋な尊敬の念に、案の定アバドンは得意げに胸を張っていた。機嫌のいいアバドンに食器を返却して、俺はそのままこの場を離れてズィーリオスのもとに向かう。アバドンと兄妹たちはそのままにしておこう。


 エルフの兄妹を旅のお供に加えて、俺たちは再び西へ向かっていた。兄妹の兄の方が、エルラテ。妹の方が、アニーナという名前だった。2人はハーフエルフの中でも魔力が少ない方らしく、精霊の姿は見ることが出来ないらしい。けれど、存在は認知出来ているので、もう少し魔力量が増えれば視認することが出来そうだ。そのため、アネットとナルシアが2人の魔力量を増やす特訓を行いだした。夜寝る前に特訓をしているので、昔の俺を思い出す。

 俺の契約精霊が闇の精霊王であることは教えていない。2人が特訓の成果を発揮して、自分の目で視認できるようになるまで黙っていることにした。その方が、感動も驚きも倍増するだろう。今から反応が楽しみだ。



『リュゼ!ちょっとこっちを手伝ってくれ!』
『ん!分かった!』



 皆がいる所からは少し離れた森の中にいるズィーリオスの気配を辿って、軽く走りながら向かう。夜に俺とズィーリオスが離れて探索しに行くことは既に皆慣れており、誰にも引き留められることなく抜け出る。



『そっちに向かっているから仕留めて!』
『オーケー』



 森の中に入って駆けていると、ズィーリオスから指示が飛んでくる。周囲の気配を探ってみると、確かにこちらに向かって来ている魔物の気配があった。数は僅か1体。相対距離がどんどん縮まってきたので、すぐに魔物の姿を視認出来た。

 相手はアイビーゴートというBランクの魔物だった。黒く大きな角を持った羊の魔物だが、この魔物は羊のくせに草ではなくて、他の生物の魔力を喰らう魔物だった。植物属性の魔法を操り、敵を捕らえて魔力を吸い尽くしたり、敵わない相手には蔦で邪魔をして逃げる厄介な魔物だ。大きさは普通の羊と同じ大きさであるため、そんなに大きくはない。


 相手も俺の存在に気付き、周囲の草木を利用して襲い掛かってきた。四方八方から襲い掛かって来る蔦を剣で切り払い、道と視界を確保しながら一直線に突き進んでいく。

 アイビーゴートが頭突きの姿勢を見せた瞬間、俺は思いっきり前に踏み込み跳躍する。アイビーゴートが俺の後ろに通り抜けたと同時に、すぐ側の木を蹴って一気にアイビーゴートとの距離を詰めた。そしてそのままアイビーゴートの首の後ろを、斜め上から落ちて来る自重を乗せた剣で一閃した。

 着地したと同時に地面を蹴ってその場から離れる。空中でアイビーゴートに向き直りながら、攻撃を警戒しながら様子を窺う。攻撃に瞬間に、アイビーゴートの体から出て来た蔓のせいで、一撃で仕留めることは出来なかった。蔓を切り裂きながらした攻撃は威力が損なわれており、軽い切り傷を付けた程度であった。

 それに、蔓に接触した剣にまとわせていた魔力が、蔓に触れた瞬間に吸い取られてしまっていた。蔓を断ち切ることは出来たが、俺の魔力を吸われ本体の傷の治癒に使われてしまう。高い攻撃力を放つための手段として利用していた、剣に魔力をまとわせるという方法は、アイビーゴートとの相性が最悪であった。

 剣に魔力をまとわせることを止め、純粋な剣術のみで叩き伏せるために一度呼吸を整える。大して呼吸は乱れていないが、集中力を高め易いのだ。

 動きを止めた俺に狙いを定めたアイビーゴートが、俺を中心に地面からドームを作るように大量の蔦を生やしだした。ドームが完成する直前に飛び出すと、空中に飛び出た俺に狙いを定めていたアイビーゴートが、ドンピシャのタイミングで突進をして来ていた。

 何とか捻った体の側をスレスレにアイビーゴートの突進が過ぎていく。しかし、空中で回避するには少し遅く、無理やり回避した影響で、空中でバランスが崩れる。そしてそのままアイビーゴートは過ぎ去り、俺は地面に落ちた。受け身を取ることも出来ずに落ちたせいで、地面に落ちた衝撃が体を襲う。

 だが、即座に立ち上がってその場を離れると、先ほどまで俺がいた場所から、空に向かって矢鱈鋭い先をした蔓が生えていた。



「あっぶねぇー!」



 剣を構え直して動きを観察する。バランスを崩して地面に落ちたとはいえ、高さはそこまでない。精々3メートルほどだ。それぐらいの高さからの落下なら、行動に支障が出る程の怪我を負うことはないのだ。



「やっぱり上位属性は相手にするのが面倒だな」



 苦々しく呟いた俺の言葉をまるで理解したかのように、タイミング良くアイビーゴートが嘶く。その鳴き声はそこか人を馬鹿にしたかのような、嘲りが含んでいるように感じられた。俺を捕まえることが出来ていない奴に見下される謂れはない。アイビーゴートを睨み付ける。


 アイビーゴートが動き出すよりも早く、俺は剣を地面に突き刺した。そして、様子を探るように警戒したままのアイビーゴートに向かって、剣の切っ先を向けた。その勢いで土が掘り起こされ、アイビーゴートの視界を一瞬奪う。そんな隙に俺は斜め上にジャンプして、アイビーゴートの頭上の真上を陣取った。剣を真下に突き刺すように構え、自重を乗せてアイビーゴートの後頭部と首の間に突き刺した。

 アイビーゴートは、俺が上にいることに気付くことが出来ていたが、既に回避するには遅かった。深々と突き刺さった状態で、アイビーゴートが勢いよく暴れ出す。剣から手を離し、アイビーゴートの抵抗の影響を受けないように地面に降り立つ。アイビーゴートの首の後ろには、俺の剣が突き刺さったままなのが見えた。

 そして、少し疲労の色が見え始めたタイミングで再びアイビーゴートの首の裏に回り込み、一気に剣を引く抜くと、あっという間に血しぶきがあがった。


 断末魔を上げてアイビーゴートが倒れる。弱々しくなっていく鳴き声が、アイビーゴートが力尽きていく様子を表していた。はあー、やっと終わった。完全に気配がなくなったことを確認して、血を払うために剣を振って鞘に剣を納めた。



『お疲れー』
「おう。お疲れー」



 アイビーゴートがやって来た方角から、もう一頭のアイビーゴートの死体を浮かせて持って来たズィーリオスが現れた。火魔法が使えない森の中では、植物魔法を使う魔物の相手をするのは大変だった。お互いに本当に疲れたという空気を漂わせながら、血抜きを行う。

 本当に森の中での植物魔法はめんどくさい。



「よし、これ持って帰るか」
『だな』



 血抜きを終えたアイビーゴート2体から魔石を取り出さずに立ち上がる。前なら魔石を取り出していたが、今は取り出す必要がなくなっていた。というのも、アバドンが料理を出来るだけでなく、解体の腕もかなりの腕前だということが判明したからだ。状態の良い肉を使って料理をするために、状態の良い肉の取り方を身に付けていたのだ。

 ここまで料理のために努力を重ねているのに、料理がただの暇潰しの一貫だったことが不思議でならない。

 血抜きしただけのアイビーゴート2体を持って、俺たちはキャンプ場に戻って行った。
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