はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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子供だからこそ

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「行っちゃったな。皆とお別れの挨拶は出来たか?」
「・・・はい」
「・・・うん」



 子供たちが乗り込んで行った馬車を、俺たちは門まで見送りに来ていた。ゆっくりと遠く離れていく馬車を目の前に、その馬車に乗らなかったエルフ兄妹に目を向ける。声音と同じように、兄妹の表情や態度には物寂しさが滲み出ていた。だが、どこか羨望の眼差しを馬車に向けていた。


 俺とは真逆の兄妹の姿をただ見つめる。その後ろ姿が、なんとなく昔の自分に似ていたから。



「あの・・・」



 兄の方が先に馬車から目を逸らし、振り向いて俺を見上げる。



「どうした?」
「皆さんは、これから西の方角に向かうのですよね?」
「そうだな」
「あのっ!途中までで良いので、僕らも連れて行ってもらえないでしょうか!」



 兄の言葉に気付いた妹も振り向いて、俺を見上げる。そして、隣の兄の姿を見て、反射的に頭を下げだした。なぜ頭を下げているか分かってはいないようだが、なんとなく下げなければと思ったのだろう。

 昨日、話の途中で終わってしまったが、兄妹は俺たちと同じ場所に向かおうとしていた。実力も旅費もない兄妹が、中央砂漠を渡り切るのは不可能だろう。いくら進行ルートが死の砂漠の近くではないとしても、普通に魔物は闊歩している。それも、街の近くの魔物とは比べ物にならないレベルの奴らが。



「エルフの国は、中央砂漠を抜けて更に暫く西へ進んだ場所だ。君たち2人だけでは、中央砂漠を横断することすら出来ないだろうな。そもそも中央砂漠に辿り着けるかも怪しい」
「「・・・」」
「おい、リュゼっ・・・」



 押し黙ってしまった兄妹を見て、ガルムが俺を咎めようと声を挿むが手を上げて発言を制す。



「それに、途中までってどこまでのつもりだ?その後の計画はあるのか?子どもを危険な領域内で降ろすなんて、あの奴隷商のおっさんとやっていることは対して変わらないと思うが?俺たちにそれをやれと?」
「そっ、そんなつもりではっ!・・・」



 顔を上げた2人の顔がぐしゃりと歪む。今にも決壊して溢れ出てきてしまいそうな涙を、下唇を噛むことで何とか耐えていた。妹の方はもう、ポロポロと涙が零れ落ちてきていた。非難する視線があちらこちらから突き刺さるが、俺だってイジメるためにこんなことをしているわけではない。



「じゃあ、どうするつもりだ?」
「ッ!・・・・・・」



 兄の方は、俯いて小さな肩を震わせながら拳を握る。兄として妹のためにも何とかしようと必死に考え込んでいた。



「何でも、しますっ!雑用とか、色々なことをしますっ!ですからお願いします!僕らを連れて行ってください!他に西大陸側に行く方法が僕たちにはないんです!」



 苦悶の表情を浮かべて、悲痛な叫びを吐き出しながら膝を付いて頭を下げる。



「はぁー」



 思わず溜息が零れた。そんな俺の溜息を聞き取った男の子の耳と肩がビクッと反応する。



「あのな?」



 ガチガチに固まってしまっている男の子の前に、膝を付いてしゃがみ込む。妹の方は少し不思議そうに不安そうに頭を傾けて、上目遣いに俺の顔色を窺っていた。



「そうじゃないだろ。お前たちは子供だ。力のない子供だ。妹を守らなければならない兄だ。この子にとって心を許せる唯一の家族はお前しかいない。ならばお前が、妹のために必死に生き残る道を考えて導いてやらなければならない」



 男の子が困惑した表情を浮かべて頭を上げた。



「でも、お前も誰かに守られて、導かれる子供だ。だからお前はただ一言、エルフの国まで連れて行って欲しいと頼めば良いんだよ。例え俺たちがエルフの国に行く予定ではなくとも、東大陸から西大陸に行くことに比べりゃ、大した距離ではない。寄り道してお前たちをエルフの国に連れて行くくらいしてやる。のんびりしていられる旅路ではないが、だからといって必ずこの日までに到着しなければならないという決まりもない。だからお前は、自分と妹の身の安全を一番に考慮した条件を提案してよこせ」



 周囲が黙り込み、俺たちより遠くにいる人達の生活音だけが、この場の空気を満たしていた。はにかんでいるようななんとも言えない表情を浮かべて、でも決意のようなものを瞳に宿して、男の子は真っ直ぐに俺の目を見る。




「僕たちを、エルフの国まで連れて行って下さい!!」
「当然だ」
「ッ!!ありがとうございます!」




 破顔したエルフの男の子が、妹と共に手を取って喜びを分かち合う姿に顔が綻ぶ。妹の方は話しの流れを良く理解出来てはいなかったが、兄の態度からエルフの国に行けることは理解出来たようで、一緒に飛び跳ねていた。




「全く。お前も子供だろうに、なんて会話をしやがるんだ」



 溜息を吐きながら横に頭を振ってガルムが呟く。その言葉にアネット達が同意しているのを聞き流しながら、俺は立ち上がろうと片膝を立てる。するとその瞬間、エルフ兄妹から抱き締められ、身動きが取れなくなった。



「リュゼお兄ちゃんも一緒にエルフの国に行ってくれるんだよね?」



 はしゃいだ声で妹の方が首を傾げながら尋ねて来る。



「そうだ。てか、俺たちも同じ目的地だからな」
「え!?そうなの!?だったら最初から言ってよ!びっくりしたじゃん!!」



 純粋に一驚する妹の姿を苦笑いして眺める男の子は、チラリと俺と目を合わせて笑い合う。



「あ、そうそう一応念のため言っておくが、誰にでも付いて行くようなことはするなよ?付いて行ったらいけない奴もいるからな?ちゃんと信頼出来る奴を見定めるんだぞ?」



 俺たちはこの兄妹に危害を加えるつもりはないが、あの奴隷商のような奴らがいないことはないのだ。良い人のフリをして近づく悪人は必ずいる。誰かに頼れと言っても、誰でも良いわけではない。



「分かってます。リュゼお兄ちゃんは良い人だから信じてるんです」
「・・・」



 思いがけない至近距離からの攻撃に、一瞬思考が停止した。そして俺の耳元でボソリと話しだす。



「僕たち、実は精霊の姿が見えないんです。けれど、なんとなく感じることは出来ます。お兄ちゃんの側には精霊の気配がするんです。ナルシアさんの精霊とは違って、どこか神聖な雰囲気の精霊です。そんな精霊に好かれている人が悪い人なわけがないですよ」



 ユヴェーレンがいても反応しないと思っていたが、まさか見えていなかっただけとは。俺への信頼度が思っていた以上に厚い。だから、奴隷商に捕まったばかりで疑心暗鬼になっているだろう状況で、あんな簡単に俺たちと共に連れて行ってくれと頼んでいたのか。西に行く人自体が少なく、またそれ相応の実力を持っている人でないといけないから、チャンスだと俺たちに必死に声を掛けていると思っていた。けれど、そうではなかった。俺たちが良いという確固たる根拠があったのだ。



 こんなに純粋で真っすぐな信頼を、昨日会ったばかりの人に向けられる経験なんてない。



「もう十分だろ。離れろ。これから長い間一緒に旅すんだから」



 エルフの兄妹を引き剥がし、立ち上がる。兄の方がナルシアと目を合わせて笑っているが、何が可笑しいってんだよ。



「リュゼがこんなことを言うほど成長するとはな・・・」



 しみじみとしたガルムの呟きに、他の「大地の剣」も何度も頷き返す。



「そろそろこの街を出発しようぜ」



 つっけんどんに声を掛けて、既に用意していた馬車に向かって歩き出した。



「俺だって周りを頼る大切さを学んだんだよ」



 思わず零れた小さな言い訳じみた声を拾ったのは、俺について来ていたズィーリオスのみ。ズィーリオスに聞こえていたことに気付かなかった俺は、いたたまれなくなりさっさと馬車に乗り込む。その中には1人だけ残っていたアバドンが寝転んでおり、いつもと変わらぬその顔を見て安心感を抱くのだった。
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