はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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救出

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「ナルシア。この子と一緒に待っていてもらってもいいかしら?」



 アネットがエルフの女の子を抱きしめて、宥めながらナルシアに顔を向ける。ナルシアは心得たと頷いて、女の子をナルシアに引き渡した。同じエルフ同士なので、女の子も安心感を持ったようだった。全身の力が抜けた女の子は、ナルシアの腕の中で倒れこみ、ナルシアは風の精霊に頼んで女の子を馬車まで運んで行った。



 ナルシアに女の子を預けたアネットが立ち上がる。



「ガルム。寄り道しても良いかしら?」
「当然だ」



 ガルムとアネットが殺意を全身から醸し出し始めた。その殺気に気付いた小鳥たちが飛び立ち、小動物は自身の巣穴や、距離を置こうと逃げ出す。

 そして次の瞬間、ガルムとアネットが一斉に森に飛び込んで行った。女の子が来た方向に向かって。



『リュゼ?行くぞ?』



 1人取り残された俺にズィーリオスが声をかける。



「あ、ああ。わかった」



 反射的にズィーリオスに答えながら、森に飛び込んで行ったズィーリオスを追って俺も森の中に飛び込む。森の中の移動は慣れている。速度を落とすことなくズィーリオスに追従する。

 ただ静かに森の中を駆ける。お互いに音を殺し、高速で森の中を移動していく。先に森に入ったガルム達の姿は見えないので、どこにいるかわからない。まだ追いついていないのか、それとも別の方向に向かったのか。

 お互いに言葉を発することもなく、念話で会話することもない。本当に静かな追跡だった。ズィーリオスが森の中の気配を探りながら、方向を微調整していく。俺も周囲の気配を探りながら、ただ愚直にズィーリオスを追従していた。そこに何かを思考する余地などなかった。



『見えた』



 ズィーリオスの合図を受け、目に部位強化をかけて進路の先を注視する。その先には、確かに白い幌が付いた荷馬車があった。こんな森の中で見つかるのはおかしなものが。


 荷馬車が肉眼で見える位置まで近づき、木の裏に隠れて様子を窺う。荷馬車の周囲には、いくつかの魔物の死体が転がっていた。そして、荷馬車の近くに魔物と対峙する冒険者3人と、荒い息をして汗を流している歯を食いしばった獣人の男の子と、その後ろで地面に倒れているエルフの男の子がいた。獣人の男の子は犬か狼の獣人の様で、武器を持たずに素手で戦闘を行っていたようだ。

 獣人の男の子は、なぜか冒険者よりも前に出ていた。というのも、獣人の男の子の後ろにエルフの男の子がいるので、引くことが出来ない状況だった。しかし、獣人の男の子はもう限界に近いほど消耗していた。その様子を、ただ剣を構えているだけで助けようとしない冒険者。

 視線を逸らして深呼吸を行う。そしてこの辺り一帯の気配を探る。


 
 男の子が対峙している魔物以外に、周囲に魔物の気配はない。そして、ガルム達はまだこの場所を見つけておらず、辿り着けていない。

 荷馬車の中には複数の人の気配があり、全員が小さな子供だった。

 標的である奴隷商に間違いはない。奴隷商は冒険者たちに守られて、彼らの後ろから呑気に男の子の様子を観戦していた。この状況を作り出した張本人であることは疑いようがない。


 魔物の数は1体だが、状況が悪すぎる。無傷な魔物と満身創痍の獣人の男の子。魔物は、群れで行動するウルフ。荷馬車の周りに転がっている魔物の死体は、このウルフの群れの個体たちのようだ。他の個体の大きさより一回り大きいので、このウルフはボスなのだろう。ボスを相手に、戦闘に慣れた様子の見られない満身創痍の男の子が勝てるとは思えない。

 倒れているエルフの男の子はまだ息がある。だが、気配が薄くなりかけている。かなり危ない状態のようだ。


 俺が状況を確認している間に、ボスウルフが動きだした。獲物に飛び掛かろうと姿勢を低くしだしたのだ。



『ズィー!』



 声をかけた瞬間に俺たちは同時に飛び出した。どっちがどう行動するか話し合っていなくとも、俺たちなら何の問題もなかった。


 俺がボスを切り捨てた時には、ズィーリオスが魔法を使って冒険者と奴隷商を拘束し終えていた。いきなりのことに、その場の者たちは皆驚きで固まっていた。呆然と、俺と事切れたウルフを見つめる獣人の男の子。ボスウルフよりも明らかに強そうなズィーリオスの登場に、目を見開き自分達が拘束されていることに気付いていない。

 しかし、敵意剥き出しのズィーリオスの圧力に慄き後ずさりしようとして、身体のバランスを崩して尻餅をつく。そして気付く。自分達の足元が僅かに地面にめり込んでいることに気付く。足首辺りまで地面に埋まっていたのだ。そのことに更に一驚し、慌てて足を引き抜こうとしたが全く抜けず、各々の顔面が蒼白になった。

 それもそうだ。目の前には魔物に見えるズィーリオスが居るのだから。自分達が食われるかも知れない状況で、その場から身動きが取れないのは相当恐ろしいだろう。だが、男の子たちの方がよっぽど怖かったはずだ。

 座り込んだ獣人の男の子の様子を簡単に確認した俺は、マジックバッグの中からポーションを取り出して、獣人の男の子に放り投げる。そのポーションを反射的に手に取った男の子は、自分が手にしたポーションと俺の顔を交互に見た。俺はそんな男の子をスルーして、倒れているエルフの男の子にマジックバッグから取り出したポーションを手にしゃがみ込む。

 ポーションは、アイゼンに手土産として手渡されていた。俺自身はズィーリオスが居るから要らないと思って用意してなかったが、持ってて損はないからと言われて受け取っていたのだ。確かに、こんな状況に陥った時は、俺以外に使う事が出来る。別に俺や俺の仲間だけに使う必要はないのだ。それに、もし俺が自己治癒出来ないほどの大怪我をズィーリオスがいない時や、ズィーリオスの手が空かない状況に遭遇した時に必要である。

 本当に、アイゼンがポーションを無理やりにでも渡してくれていなければ、エルフの男の子は助かるか分からなかった。

 エルフの男の子の様子を確認する。土気色の顔が、男の子の状態が悪いことを物語っていた。ポーションのコルクを引き抜いて、後頭部に手を回して少しだけ起き上がらせる。唇の間にポーションの瓶を強引に突っ込み、瓶を傾けて中身を飲みこませる。意識がなくとも、本能的に液体を飲みこんでくれていた。

 全てを飲み終わる頃には、だいぶ顔色が戻っていた。



「そいつは大丈夫なのか?」



 かけられた声に振り返ると、空になったポーションの瓶を持った獣人の男の子がいた。頷いて立ち上がる。すると、獣人の男の子は、ホッと息を吐いてエルフの男の子の傍に座り込んだ。


 
「リュゼ!!ズィーリオス!!」


 その直後、俺たちの名前を呼びながらガルムとアネットがやって来た。だいぶ遅い到着だ。周囲の様子を一瞥して状況を把握した彼らは、ガルムがズィーリオスの許に、アネットが俺のところにやってくる。


 ガルムの姿を見た奴隷商たちが、助けを求めてガルムへ必死に声を上げ始めた。その様子を見たズィーリオスが、あとはガルムに引き継ぐというかの如く俺のところへ向かってくる。それを見て俺は、アネットに声をかけた。



「2人にポーションは飲ませた。俺は他の子たちのところに行くから、この子たちはよろしく」
「そう。わかったわ」



 そしてズィーリオスと合流し、俺たちは荷馬車へ向かう。後ろの部分に回り込み、布をかき分けて中を覗き込むと、ざっと10人ぐらいの獣人の子供たちが奥の方で身を寄せ合っていた。手錠を付けられ、怯えた目で俺を見つめ返す小さな子供たち。外にいた2人の男の子は10歳ぐらいであったが、ここにいる子たちは、10歳以下の幼い子たちに見える。最年少は3歳ぐらいだろうか。



「もう大丈夫だ。君たちを助けに来た」



 その一言で、一斉に子供たちは泣き出した。
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