はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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騒めく森の中

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 街を出た後、俺たちは西へ向けて馬車を走らせ続け、林の中を通っていた。馬車が通れるだけの自然の道が出来ており、デコボコな地面でも舗装された道と全く変わらない揺れは、この馬車の凄さを痛感させるに十分だ。早起きさせられたせいで眠かった俺も、ぐっすりと眠り続けられた。



「あー腹いっぱい!お昼寝しよーぜー」



 だが、腹が膨れると眠くなるのは仕方ないことだ。木々の間から差し込む木漏れ日があちらこちらで降り注ぎ、そよ風が木々を揺らす。ざわめく草木と小鳥たちの歌声が、心地よいBGMとなって当たりに響いていた。


 当然、眠くなる。


 大きな欠伸をした俺は、ズィーリオスに凭れ掛かって寝転がった。アネットに却下されたが食べてすぐ移動するわけではないので、とことんお昼寝タイムを満喫しよう。馬車に乗っても寝るけど。

 頭の後ろに腕を回して目を瞑る。



「ナルシア!あれ取って!」
「大きい果物ね」
「だよね!このあたりのいくつか取っていきましょう」



 女性陣は果物を調達し。



「ガルムさん!キノコがあったっすよ!」
「おお!でかしたジェイド!」
「全部取っていくっすか?」
「ああ、当然だ!・・・・ん?えぇ!?ジェイド!こっち来てくれ!」
「おお!これは・・・・!?」



 男性陣は、キノコと・・・たぶん山菜の収穫を行っているようだ。



「ああもう!なんでこのあたり魔物の数が少ないんだよ!!しかも弱ぇっ!!」
『街の近くで強い魔物がたくさんいる方が問題でしょうがぁ』



 そして、アバドンは魔物狩りをし、ユヴェーレンはアバドンにツッコんでいる。平和だ・・・。微睡みを傍受しながら食事中にあったことを思い出して忘却に努めるが、意識しすぎているせいで余計に記憶が鮮明になっていく。

 午前の移動中、馬車に乗って直ぐに意識を手放したので、ナルシアにユヴェーレンのことを追求されずに済んでいた。しかし、俺が起きたことを見計らって昼食中に追及されてしまった。後で教えると言っていたことで、恍けることは出来なかった。

 そのため、俺はアバドンの美味しい昼食をやけ食いしながらユヴェーレンの正体を暴露した。その出会いについても。ユヴェーレンが闇の精霊王であることを知っていたナルシアは、正体に関しては驚くことはなかった。しかし、出会いの場面についてはガルムたちと同様に酷く驚いており、更にその様子を面白がったユヴェーレンが顕在化したことで、しばらくの間ナルシア以外の全員の時が止まったように口を開けて固まってしまった。ガルムに至っては、持っていたスプーンを落として暫く帰って来なかった。

 アネットは真っ赤になった顔で照れていたが、精霊王から目を離すことが出来ずに見惚れていた。性別問わず、魔法の一切を使用せずに、純粋な美しさのみで魅了してみせたユヴェーレンは、やっぱり存在自体がR18だろう。

 ナルシアは既に目にしていたことで、ユヴェーレンの姿に衝撃を受けることはなかったが、顕在化し、精霊の園フェアリーガーデンから出てきて、闇の中級ダンジョンまでやって来たことに度肝を抜かれていた。

 まあ、つまりだ。「大地の剣」がユヴェーレンに意識を持っていかれている間に、食べられるだけスープの中身を食べ尽くしたということだ。彼らが意識を取り戻してお代わりをする頃には、スープの中身はかなり減っており、冷めきっていた。アバドンの作った料理なので、冷めても美味しかったようだが。








 意識が落ちかけていると出発の声がかかり、渋々と立ち上がる。もう少しで眠りに落ちられたのに、なんてタイミングだ。

 獲得した素材を、アバドンが俺のマジックバッグで偽装して収納していく。お納めする立場のガルムたちだったが、上手い料理が毎食確定で食べられるので、この程度の労働は苦にも感じていないようだ。それどころか、いい食材を手に入れればそれだけ多くの上手い料理を食べられれるので、喜々としてアバドンに収めていた。この前、乳製品を手に入れたことにより、クリームスープを作れるようになったこともひとつの要因だろう。

 立ち上がった俺に、クリーンをかけてくれたズィーリオスが馬車に向かって先に歩き出した時、俺の背後でガサガサッという音が聞こえた。思わず足を止めて振り返る。少し奥の草が乱雑に揺れており、その揺れがこちらに近づいてきていた。

 異変に気付いたガルムが武器を片手に俺の近くまでやってきて、森の奥を睨み付ける。ズィーリオスは、何も言わず俺の傍に戻って来る。他のメンバーは馬車の周りで馬車を守る位置に立ち、周囲を警戒しだす。しかし、アバドンだけはさっさと馬車の中に入って行った。


 え?アバドンがやって来ない?森の奥から近づく正体よりも、アバドンが喜々として飛び出して来なかったことの方が気になる。目の前の警戒を緩めてしまったことで、ズィーリオスの様子に気付く。ズィーリオスには警戒した様子はなかった。つまりそれは、警戒するほどの相手ではない、または殺傷能力が低いということ。

 俺は正体不明の存在の気配を探りだした。そして、ズィーリオスとアバドンの態度の原因に気付く。ここに近づいて来ているのは、魔物ではない。


 ガサッ!


「お願いです!助けて下さッ・・・!ひぃぃっ!」


 草むらをかき分けて飛び出してきたのは、5、6歳ぐらいのエルフの子供だった。色素の薄い黄緑色でぼさぼさの髪に、あちらこちらに木の枝等で引っかけたと思われる服の跡。それは、庶民的で一般的な服。

 そんなエルフの女の子が飛び出してきた。女の子は出て来た瞬間に助けを求める声をあげたが、顔を向けた先にいたのがガルムであった。案の定、顔を強張らせてあとずさり、尻餅をつく。そしてガルムは泣きそうに顔を歪めた後、グッと何かを堪えてこちらも後ずさりした。

 ガルムの顔の怖さに女の子がやられ、その女の子の反応にガルムがやられてしまったようだ。


 この場で誰よりも先に女の子の元に辿り着いていたのは、アネットだった。ガルムの反応には全く気にした様子もなく、片膝をついて女の子の視線の合わせてしゃがみ込む。



「どうしたの?」
「うっ!ううっ。ぐすっ。うぅ」



 女の子がアネットの顔を見て、グシャリと顔を歪めて大粒の涙を零し始めた。だが、泣き叫ぶことはせず、何かを必死に伝えようと泣くのを堪えていた。



「ごめんなさいね。あの男の人は、顔は怖いけれど怖い人ではないわ」



 背中を摩りながらアネットが宥める。魔物ではないことが解り、更に同族であるエルフだったことでナルシアがアネットの傍にやって来て、同じく膝をつく。



「助けてって言っていたけど、何があったの?」



 アネットが女の子抱きしめて訪ねながら、目だけでナルシアと何かを話し合う。すると、ナルシアの風の中位精霊が現れて、周囲の森に僅かに風を発生させた。なるほど、魔物に追われていたのかという確認を行ったようだ。そして、結果としては魔物ではないらしい。では、何から逃げていたのか。



「お兄ちゃんをっ、助けてっ!私を逃がす為にっ!お兄ちゃんを置いてきちゃったのっ!!」


 何とか言葉を紡ぐ女の子のSOSに、ガルムを含めて全員の目がスッと細くなる。ガルムも立ち直ったようだ。



「落ち着いて。深呼吸よ。そしてもっと詳しく教えてくれないかな?」



 アネットが慈愛に満ちた声音で話しかけつつ背中を摩り、次第に女の子の息が整っていく。



「大人の人に無理やり馬車に乗せられて、どこかに連れて行かれるところだったの。全員だけで」
「そう。教えてくれてありがとう」



 女の子の発言を聞き、全員の脳裏にある同一人物の名が浮かび上がる。


 奴隷商。


 俺たちの間に漂う空気感とは全く違った穏やかな森が、そこには広がっていた。
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