はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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旅立ちの挨拶

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「今回はありがとなー。また会おー!」
「兄様元気で!道中気を付けてくださいね!」
「リュゼ、あまり迷惑かけるなよ?」



 眠い目を擦り、欠伸を噛み殺しながら、俺はアイゼンの屋敷まで見送りに来てくれたレオとシゼに挨拶をする。レオとシゼは仕事がひと段落ついたようで、朝一から駆けつけてくれたのだった。門の前の庭には沢山の人が集まっており、その中には2人の護衛として同行している騎士たちがいた。騎士の4人は、レオ達の背後で気配を消して佇んでいるが、そのうちの1人に顔見知りを発見する。


「あれ?お前、ラセンじゃないか?」


 寝ぼけた頭で暫く考えて思い出した名前を呼ぶ。一歩前に出て来たラセンが頭を下げて礼をした。


「覚えてくれていたんですね。あの時は助けて下さりありがとうございました」


 場所が場所だからだろう、他人行儀ではあるが、ラセンも見送りに来てくれたようだ。貴族として会っていた時よりも、ただの庶民の冒険者として会っている今の方が敬語を使われるというのは皮肉だ。レオが目の前のいるからだと思うことにしよう。

 するとラセンは、お辞儀をして自分の元いた位置に戻って行った。他の騎士を気にしている辺り、この場は王族であるレオがいるため空気を読んだようだ。


「そういえば、リュゼが彼を脱獄させたんだってね?」


 レオが笑いながら意味ありげにラセンに視線を向ける。脱獄とは人聞きの悪い。


「なんだよ。お前たちの命令で捕まった可哀そうな奴を回収しただけだぞ」


 半目でレオを見返しながら言い返す。実際、盗むという犯罪行為をしたのだから、本来は投獄されるだろうが、俺がいたあの地下牢は大罪人を幽閉する場所だ。流石にラセンが入るには罪が重すぎる。国庫に入って盗んだというのなら兎も角。


「あはは。そんなことあったかな?1人で寂しいからって、勝手に知り合いを投獄したらダメだぞ」
「・・・」


 どうやらその時の事は上手く処理したようだ。もしくはかなり軽い罪状で済ませたのかもしれない。ただ、この場で詳しく聞くことは難しそうだ。周囲の気配からレオを問い詰めることを諦める。ただ、王子と公爵子息の護衛としてこの場に居ることを考えれば、ラセンも無罪になっていそうだ。・・・権力って便利だな。欲しいとは思わないけど。


「あまりここで長話している暇はないから、そろそろリュゼを解放してやらないとな」


 レオが背後の騎士の1人に耳打ちされ、これ幸いとばかりに話を逸らした。その満面の温和な笑みが、どことなく胡散臭く見える。そうだ、こいつは昔の時点で腹黒だった。それは今も変わらないのだろう。こんな男の側にシゼを置いておいたら、純粋な可愛いシゼまで腹黒になってしまう。

 レオを冷めた目で見返して、先ほどから俺の服を掴んでいるシゼの頭を撫でながら、柔らかい声で尋ねる。


「シゼ。こんな腹黒い奴に扱き使われるよりも、俺と一緒に行かないか?俺は大歓迎だぞ」


 覗き込んでいたシゼの瞳が揺れた。チラリと見たレオの表情は笑顔のまま変わっていないように見えたが、先ほどよりも僅かに眉間に皺が寄っている気がした。



「俺の右腕を勧誘しないでくれるかな?王国最高の頭脳の持ち主を、冒険者にするには勿体無さ過ぎる。返さないからな?」



 シゼを挿んで笑顔で睨み合う。先ほどレオに耳打ちした騎士が、他の騎士と共に俺とレオの間に入ろうかどうしようかと悩む様子が視界の端に映る。そして俺の後方では、ズィーリオスの溜息が聞こえた。



「兄様!ごめんなさい!とても魅力的なお誘いですが、僕にはここでやらなければならないことがあるんだ」
「そうか。まあ、シゼがやりたいことがあるなら、俺は何も言わない」



 シゼにフラれ、肩を落とした俺に勝ち誇った眼差しを向けて来るレオ。ウザイから一発最後にぶん殴って良いだろうか?



「それに兄様がいないからこそ、レオナード殿下の面倒を見れるのは僕しかいないから!」



 俯いていたシゼが顔を上げて俺と視線を合わせる。その目には、揺らぐことのない固い意思が感じられた。シゼの気持ちは既に決まっているのだ。だから俺は、自然に破顔する。



「そうだな。シゼしかあいつの面倒を見てやれる奴はいない!」



 俺とレオの様子を窺っていた騎士たちは、それを真正面から見てしまっていた。騎士たちはお互いに一気に顔を赤くし、小声で「女?いや、男・・・だ?」とぶつぶつ呟く。ラセンもその一員だった。その様子を見てまたかと、気分が冷める。だから今の光景を見なかったことにした。



「だけど、僕の大好きな人はずっと兄様です!僕も冒険者の資格を取るつもりなので、一緒にダンジョン攻略に行こう!」
「なッ!?抜け駆けはズルいぞ!リュゼが一緒なら俺もダンジョンに行くぞ!」



 慌ててレオがシゼの宣言に便乗する。2人とも以前ダンジョンで悲惨な目に合ったのに、それを気にしない程ダンジョンに興味があるようだ。

 レオが俺との距離を詰め寄って、自分もダンジョンに行くから誘えと念を押して来る。その必死さに、思わずシゼと一緒に声を上げて笑ってしまった。それ見て、レオもつられて笑い出す。時間が戻ったかのような一時に浸っていた。

 暫くして笑いが収まり、レオとシゼが俺を見つめる。



「次にお前が帰って来る時までには、この国をもっと良い国にしておく!だからその変化をしっかりとお前の目で確認しに来い!西大陸は過酷な環境が広がっていると聞く。気を付けろよ」
「兄様!僕らはいつでも待ってますから!お気をつけて!」



 レオとシゼの言葉に返事をして、俺はズィーリオス達と共にアイゼンが用意してくれた馬車に乗る。アイゼンは国王に呼び出しされて不在であったが、ガルム達と合流する予定の場所までの馬車を出してくれたのだ。アンナとの挨拶は昨日の晩の内に済ませており、今日はアイゼンと同じく不在だ。なんでもアイゼンと共に登城しているからだ。カストレア家の敷地だというのに、その主人たちがいないという状況であったが、カストレア家の使用人たちが気を利かせてくれたおかげで、忙しくて時間が取りにくいレオとシゼが来てくれたのだった。貴族街という場所にあるからこそ、朝一から来る事が出来たのだ。

 人化出来ることを知らない面々がいるので、もふもふ状態のズィーリオスが最後に馬車に乗り込む。もふもふによってだいぶ空間を埋め尽くしているが、貴族の馬車ということで普通の馬車よりも広い。アバドンはズィーリオスの毛が鬱陶しそうだが、俺にとってはむしろご褒美だろう。

 馬車の扉が閉まる前に、顔を出してレオとシゼを見る。



「お前たちに何かあったら、今度は俺が助けるから!何かなくても良いから、俺に出来ることがあれば遠慮なく連絡してくれ!」



 叫んで手を振ると扉を閉めると声がかけられ、扉が閉められた。そして、ゆっくりと馬車は動き出す。レオとシゼ達に見送られて馬車は貴族街を進む。ガルム達との待ち合わせ場所である、王都の南門へ向けて。

 これからは、街中にも普通に入れ、街の兵士や騎士を気にしなくて良い。ダンジョンにも入れるし、ギルドでお金を稼ぐことも出来る。ここハーデル王国の王都から、再び俺の旅は始まるのだ。

 前回ハーデル王国に来た時、王都から少し離れてはいる場所だが、ユヴェーレンが仲間になった。そして戻って来た今回は、アバドンが増えていた。では、次にこの地に足を踏み入れる時、また何か俺の周りが変わっているかもしれない。

 どうなるか分からない高揚感で胸が高鳴る。そしてこれから向かうのは、情報自体が少ないエルフの国。何が待っているか分からないこのドキドキ感。これこそまさに旅の醍醐味であろう。


 馬車がゆっくりと停止する。そして馬車から降りると「大地の剣」は既に待っていた。



「良し!合流したな!それじゃあ行こうか!」



 ガルムの言葉に頷き、俺はいつものようにズィーリオスの背に乗る。さあ、待ってろ西大陸!眠気が消えた目をしっかりと開いて、道の先を見据えた。
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