はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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甘い思考

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「え?食事会は?」



 俺の返答を固唾を飲んで待っていたロンと「大地の剣」であったが、俺の言葉を聞いて、俺と同じような顔を浮かべる。



「リュゼ?何を言ってるんだ?」



 ガルムが困惑した彼等を代表して尋ねた。



「え?だって・・・、え?」



 ガルム達の態度に俺の方が困惑する。良いことって食事会のことではないのか?昇給したのにお祝いしないのか?乗っかっていたズィーリオスの上から上体を起こし、ぐるりと全員の顔を見渡す。ロンと「大地の剣」はまあ変わらず、ズィーリオスは特に変化なしと言うか見えない。アバドンは相変わらず話に興味がなさそうで、大きな欠伸をしている。ユヴェーレンはどうした?というようにスッと近づいてきた。



『どうしていきなり食事会なんて言い出したのぉ?』



 ユヴェーレンが俺を助けようと質問して来る。ロン達には反応はないので、俺だけか俺たちだけに念話をしているようだ。ズィーリオスとアバドンは反応しないためよく分からない。



『え、だって、ここに来る時に良いことって言っていただろ?だから、ロンの昇格祝いで皆で食事しに行くのかと・・・』
『・・・なるほどねぇ』



 ユヴェーレンが聖母のような微笑みを浮かべて、するりと俺の頬を撫でる。触れた感覚はないが、温もりを感じた気がした。そして、・・・気付いた。彼等が言っていた“良いこと”とは、冒険者としての復帰を指していたのではないか。一般的に見れば、食事を食べに行くよりも、冒険者として完全に復帰する方が価値があるだろう。目の前の食べ物に釣られていたが、そもそもロンは一言も食事会を行うなどとは言っていない。この後食べに行こうとも言っていない。つまり・・・・そういうことだ。



『あらぁ?気付いたかしらぁ?』



 ユヴェーレンが口元に手を当てて優雅に微笑む。俺はズィーリオスの背中にもう一度倒れ込んだ。もふもふした毛に顔を埋めて擦り付ける。こうでもしなければ、己の食欲の暴走の結果生じた羞恥心に耐えられない。いつから俺はこれほど食いしん坊になったんだ!?これはあれだ!不味い食生活に生じた、急激な食文化の発展が影響しているに違いない。それに、元日本人たる者、旨い物を求めるのはもはや宿命であろう。うん、そうだ!だから仕方ない!!

 自分で自分を慰め、己の行動を正当化させたおかげで、精神が安定する。再び上体を起こしてロンの方を見る。



「えーっと、何の話をしてたっけ?」



 そして何事もなかったように尋ねる。苦笑いを浮かべた複数の生暖かい視線を無視し、真顔を向ける。



「指名、依頼、について。だけど、君が、いきなり、食事会?、って、言い出した」
「ああ、指名依頼だったな!」



 そうだそうだ。指名依頼についてだった!先ほどの俺の行動を蒸し返されないように、食事会については触れずに笑顔を浮かべる。そんな俺の反応に脱力したガルムが、ロンに代わって説明を始めた。



「これは俺たちとの合同だな。今回の事件で、元ギルドマスターのシェルザライド・ル・クルーレが捕まったことは記憶に新しい。彼女がエルフであったことは覚えているよな?その彼女はエルフの王族の一員で、そんな彼女だからこそと、彼女を頼ってこの国にやって来た他のエルフを、彼女は奴隷として娼館に売り払っていたんだ。エルフは仲間意識が強い種族だから、仲間を奴隷として売るなど言語道断だ。それをやったとして、クルーレ王国から顛末の詳細を求める文書が国に届いたんだ」



 相槌を打ちながら話を聞く。あの元ギルマスはそんなに長い名前だったか。確か、シェルって呼べって言っていたな。そこは思い出したぞ。それにしても、まさかのエルフの国の王族だったとは。



「だが、ハーデル王国とクルーレ王国は直接的な交易を行っていない。それに、ハーデル王国の外交官にエルフはいないんだ。だから今回、ギルドを通したハーデル王国の使者として、俺たちパーティが指名依頼として受けたんだ。Aランク冒険者パーティであり、ナルシアがいる俺たちにな」
「別に外交官にエルフがいなくても良くないか?なんで冒険者に外交を行わせるわけ?」



 納得がいかないことをガルムに尋ねる。



「エルフたちの多くは、まだ古臭い考えの者達も多くいるの」



 ガルムではなく、ナルシアが俺の質問に答える。



「昔とは違って封建的ではなくなったけど、国の上層部の長老たちは、未だにエルフ以外は劣等種だと考えている人もいる。だから、他国が国同士の話し合いをしたい場合は、同じエルフが交渉の場に立たなくてはならない」



 この世界では、人種差別をほとんどしていないから、俺は現代地球のような状況だと思っていた。けれどそれは、この世界の全ての国に対してのことではなく、一部の国における考え方であったようだ。エルフが封建的な思考をしているという、どこかエルフらしい考え方は、特に大きな衝撃とはならなかった。ああ、そうかと思う程度で、「大地の剣」が使者として選ばれたことに納得した。


「それに・・・。少し前から、国に戻ろうかと考えていたから、丁度良かった」

 
 ナルシアの言葉に、俺はエルフの国の事情よりも吃驚する。


「え?なんで?パーティを止めるのか?」


 仲が良いと思っていた「大地の剣」のメンバー脱退の可能性に、思わず指名依頼の話からナルシアの話に食いつく。すると、センシティブな話だと身構えていた俺の後頭部をぶん殴るように、不意にナルシアが頬を赤く染めた。



「実は俺たち、結婚することになったんっすよ」



 ナルシアに代わって、ジェイドが照れくさそうに頭を掻きながら報告した。



「・・・・」
「だからこの機会に、お義母さんとお義父さんに挨拶をしようと思っているんっす。クルーレ王国はめちゃくちゃ遠いっすから、俺たち2人が一時的とは言えお休みを貰って抜けるには、ガルムさんとアネットさんにご迷惑が掛かるっすからね」



 俺は何も言えなかった。ガルムとアネットは、仲間の結婚に優しい微笑みを浮かべて見つめているだけで、これが仕事のついでと言うよりも、依頼の方がついでだと言うかのような雰囲気だった。ジェイドとナルシアの間に漂う甘い雰囲気に、ロンが顔を赤くして逸らしているが、チラチラとカップルの方を見ている。

 さっきまでは仕事の話だったのに、いつから恋バナになったんだよ!それも結婚するための挨拶とか!それに、もう結婚するまでの仲に進展していたことが驚きだ。



「どうぞご幸せに爆発しろ!!」
「え?リュゼ君?」



 アネットの聞き返しは聞こえなかったことにして、俺はこの甘い空気を消し飛ばすために、話を引き戻す。



「で?ガルム達が使者としてエルフの国に行くことは解ったけど、何で俺まで一緒に行く必要があるわけ?それに、俺はガルム達とは違って、ギルドからの指名依頼なんだろ?それはなんでなんだ?」



 甘い空気がスッと消えて行った。僅かにジェイドとナルシアの辺りには残っているようだが、これ以上気にしていたら話が進まない。



「それは、国から、君も、彼等と、一緒に、行ってもらう、ようにと、指示があった、から。これは、指名、依頼、ではない、けど、その方が、きっと、スムーズに、行くから、と。だから、断る、ことも、出来る、よ?」



 ロンも、なぜ俺も一緒に行く必要があるかは知らないようだ。けれど、国からの指示と言うことで、一応ギルドからの指名依頼として処理することにしたようだ。

 エルフの国に俺を行かせようとする・・・・。もしかして、ユヴェーレンがいるからだろうか。エルフは精霊と一心同体と言われるほど、精霊を大事にしている。だからこそ、その精霊の王であるユヴェーレンと契約している俺がいれば、事が簡単に進むと判断したのかもしれない。口止めしたので、ロンはそのことについて聞かされていないだけなのだろう。

 俺を大罪人だなんだと決めつけて、牢獄にぶち込み、食べ物とも言えない物を食べさせようとした国のために、俺が力を貸すのは面白くない。けれどエルフの国は、正直凄く興味がある。なんと言っても、ユヴェーレンたち精霊の故郷である、精霊の園フェアリーガーデンがある国なのだ。どんな所か気になる。



『西大陸か。世界を旅してみたいと言っていただろ?別にいいんじゃないか?』



 ズィーリオスが念話で賛成を伝える。文明国家と言われている、人の国家が集まっている東大陸とは違う場所。大陸の最西端の国。先ほどのエルフの国の話を思い出す。俺としても、エルフが同行している方が良いかもしれない。



「分かった。詳細を教えてくれ」



 俺は、エルフの国行きを承諾することにしたのだった。
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