はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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有能なアバドン

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 ゆらゆらと体が揺れる。深く沈んでいた意識が浮上していく。これは、誰かに揺さぶられているようだ。背中に回された腕が俺の体を支え、その腕から揺れが伝わっていた。ズィーリオス・・・ではないな。もふもふしていない。なら一体誰・・・?というか、俺は何をしていたんだっけ?

 聞いたことのある声が俺の名を呼んでいる。なぜか頭が上手く回らない。声の判別が出来ない。分かるのは、誰かが俺を呼んでいると言うことだけ。頭の中がぐにゃぐにゃして何も分からないが、本能的に目を開けようと意識を向ける。重たい瞼をゆっくりと開けようとした時、気付いたのは周囲の音がなくなっているということだった。

 そんなどうでも良いことに気付きつつも、目の前に映る何かを見ようと目を擦ってしっかりと開ける。そして視界に入った瞬間、俺の口から勝手に言葉が飛び出した。



「美味しい、やつ・・・!」
「・・・俺様は食いもんじゃねぇー!!」



 アバドンの叫びと共に、額に強烈な頭突きを喰らって再び意識を飛ばした。

















  


「んっま!!やっぱアバドンはサイッコー!」
「ふん!当然だな!!」



 目の前にある大量のサンドウィッチを口の中に放り込んでいく。合間には水で流し込みながら、胃の中に食べ物を送っていた。手が止まらない。

 周りからの呆れた視線が突き刺さるが、そんなもは気にしない。俺の手を止める障害にはならないのだ。



 俺は第三王子との試合の後、どうせだから何か良いものをパクッて行こうと、倉庫の中を物色していた。泣き喚く腹の虫を無視して。いや、だってもう少し耐えられると思っていたんだ。けれど、思っていたよりも俺の体は限界だったらしい。空腹のあまり力尽きてしまった。

 そこをアバドン達に発見されたのだ。条件反射でアバドンに食べ物を求めたのだが、俺が何か変な事を言ってしまったようで、先ほどの調理中まで怒っていたらしい。俺はその時、まだ意識が沈んでいたので見ていないが、シゼルスが何度も念を押すように言っていたから事実なのだろう。怒っていても俺のために食事を用意してくれるのはありがたいものだ。だから俺は、しっかりと美味しいと言うことを伝えて全部食べ尽くすのだ。この騎士団の宿舎の食材全部を!



「アバドン!次は「ストーーープッ!!」・・・ん?」



 お代わり頼もうとした俺の言葉に、アイゼンが被せて遮った。俺の腹はまだ4割程度しか埋まっていないと言うのに。



「あの大きさのサンドウィッチを5個も食べたのだぞ!?もう十分だろうッ!?」



 アイゼンが身を乗り出して俺の皿を取り上げる。空腹で倒れた俺の腹に食べ物を入れるために、アイゼンたちは一番近くの厨房である、騎士団の宿舎に来ていた。宿舎の一階は騎士たちの食堂になっているため、厨房も完備されていた。食材庫にある物はなんでも使っていいとレオナードが許可を出したことで、アバドンは自分のキッチンを出すことなく、この厨房で腕を振っていたのだ。自分のキッチンを出したくともユヴェーレンが見張っているので出せなかったのだろうが、俺としてはやはりアバドンの料理の腕の美味さを伝えるには、沢山食べることが一番の方法だろう。だからもっと食べようと思うのに、アイゼンが邪魔をする。



「はあー」


 溜息を吐いて、首を振る。


「分かってないな。今この胃の中は8割近く埋まっている。けれど、別腹という物が存在するんだ。そこを使えば実質、今の胃の容量は4割ぐらいしか埋まっていない!!4割だぞ!4割!腹ペコと変わらないだろう!?」
「・・・」


 俺の反撃に、アイゼンは言葉を返すことなく黙り込む。これは俺の勝ちだな。



「よし、アバドン!お代わりを・・・・ん?」



 アバドンにお代わりを宣言しようとした途端、スッと笑顔にレオナードが俺とアバドンの間に入って来る。部屋の温度が少し下がった気がする。これはレオの水属性が影響しているのか?そんなまさか・・・!


「リュゼ。ズィーリオスが外で待っているよ?久しぶりに会えるのだろう?行かなくて良いのかい?」
「もふもふ?」
「そう。もふもふだ」
「もふもふ!!」


 席から立ちあがる。忘れていた・・・・とは言わないが、食べ物を摂取することで頭がいっぱいになっていた。空腹というものは恐ろしい。


「まだ腹が減っているのなら、後で城にあるもっと良い食材を使って好きなだけ食べればいい。今は小腹を満たしただけで我慢してくれ。ズィーリオスが怪我をしてしまうぞ?」
「なんだと!?それなら食事は後回しだ!!ズィーの救出に行かなければ!アバドン、行くぞ!」


 荷物を持ってアバドンを急かし、騎士団の宿舎から出るべく足を外へと向ける。あとは直ぐにアバドンが付いて来て、その後ろをアイゼンたちが慌ててついて来る。


「本当に料理が出来たのだな・・・」
「同感です」
「そうですね」


 後方からは、そんな会話が聞こえた気がした。

















 外に出ると、ズィーリオスが王城の周辺を飛び回っていた。だいぶ荒れていらっしゃる。


「なあ。なんでああなってるわけ?」


 誰にともなく尋ねた言葉は、溜息を吐いたレオが答えてくれた。


「ほんっとなんも聞いてなかったんかよ!お前が食べている時に説明しただろ?」
「え?してた?」
「・・・してたぞ。はあー。もういいや」


 レオが大袈裟に肩を落とす。その肩をシゼがまあまあと言いながら叩いた。そして俺に、にこやかな笑みを向ける。


「兄様を断罪しようとする国に対抗して、ズィーリオスが強硬手段に出たんだよ。因みにユヴェーレン様は国王陛下に脅は・・・んんっ、オハナシして、兄様が無罪だと確定しました」


 シゼルスが脅迫って言おうとして言い直していたな。・・・・ユヴェーレン、国王に脅迫したのか。そしてズィーリオスは王城襲撃と・・・。俺は王城のあちらこちらの壁に穴を開けて歩いて・・・。俺たちの中で一番危険人物のアバドンの方が大人しくねぇ!?ストッパーが暴れていたのに、アバドンが大人しくしていたなど凄い進歩だな!


「アバドン・・・。お前、成長したな・・・!」
「?まあ、な?」


 アバドンに振り向いて親指を立てる。理解は出来ていないが、詳しく説明する必要はないだろう。だったら俺も、と今から暴れられても困る。


「ねぇ、兄様?聞いてる?」


 返事をしなかった俺に、シゼが服を引っ張って呼びかけたので、もう一度シゼに向き直る。


「勿論聞いていたぞ。そうか、俺はもう犯罪者ではないのだな。そして覆されることもないのだな!これで堂々と街を歩けるのか!」
「そうだよ!おめでとう!」
「ありがとうな!」


 抱き付いて来たシゼを抱き締め返し、頭を撫でてやるとご満悦なようであった。


「普通気にするのはそこじゃないと思うんだけど・・・。まあ、もう良いよね。うん」


 だが、なぜかレオは納得いかないようである。けれど本人も良いと言っているし、俺も気にしないようにしよう。レオもそういうお年頃だからな。抱き合うほど仲が良い兄弟の姿を見るのは、見ている方が恥ずかしいのだろう。


『リュゼぇ、そろそろ聖獣に声を掛けてあげたらぁ?さっきからずっとこっちを気にしているわよぉ?』


 脳内に響いたユヴェーレンの言葉で顔を上げて、空を飛ぶズィーリオスの方を見る。確かに傍目には分かりにくいが、俺の存在を認識して気になっているようだ。

 久しぶりのズィーリオス。久しぶりのもふもふ。



「呼ぶなら周囲の者達にも分からせるために、大声で呼びかけてくれ」



 俺がズィーリオスを呼ぶつもりだと察したレオが、念話で呼びかけようとしていた俺に話しかける。だから念話ではなく、口を開けて息を吸う。



「ズィー!!釈放されたぞーーー!!」



 その瞬間、ズィーリオスの動きが止まる。そしてズィーリオスは、空気を震わせる遠吠えを上げた。まるで勝鬨のように。

 遠吠えを終えたズィーリオスは、一目散に俺の許に飛び込んで来た。顔中を舐められ、唾液でベトベトにされ、全身がもっふもふに包まれて前が埋め尽くされた。
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