はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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自信

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 井の中の蛙大海を知らず、という言葉がある。これは、自分の狭い知識や考え、世界に囚われて、他の広い世界があることを知らず、得々としていることを意味する。

 この現象は、意識しなければ誰にでも陥る可能性がある。無知蒙昧な者が世の広さを知らず慢心している姿を、広い世界を知る者が見れば、愚かで滑稽だと嘲笑うだろう。または、その人のためを思い、正気に戻そうと奮闘し注意することだろう。だが、この現象に陥っている者から見れば、己の才を妬んだ格下の者たちが、自分を蹴落とそうと嫉妬していると解釈する。その姿はどこまでも傲慢で、恥知らずだ。

 だからこそ、次第に傲慢な者の許から人は離れていく。他人を見下し、人の話の一切を無視し、他者の親切心を貶すような者からは。


 けれど、世の全てに絶対が存在しないのと同様に、例外も存在する。


 広い世界を知った上での態度ならば。
 他者が自分に嫉妬しているわけではないと知っているのならば。
 そこに根拠となる全うな理由が存在するのならば。


 それは、人を惹きつける魅力に変わる。その自信が、傲慢ではなく実力に裏打ちされている時、人は不思議と嫌悪感ではなく、この人ならば!と思わせる安心感になる。


 アバドンの堂々たる佇まいは、そんな自信の裏付けであった。そのことにレオナードは気付いていた。リュゼやズィーリオス、精霊王からの信頼。そして、息を乱すことなく平然と自分を助けた実力。レオナードが認めるに値する実力者であることは間違いなかった。

 ならばあとは、アバドンがどんな性格か分かれば、対応は容易い。アバドンはプライドが高く、自分の実力に絶対の自信を持っている。

 レオナードがに頼んでも、プライドの高いアバドンは動かないだろう。シゼルスやアイゼンとの関わりを見ていても、騎士として扮しているだけで、本当に騎士として振る舞う気は甚だない。それだけプライドが高いのだ。ズィーリオス辺りに言われたのか、口を挟まないことで必要最低限の礼儀を守っているだけ。喋らず、ただアイゼンに付いて回る。それだけしかしていない。


 だが、アバドンはこの場で最も扱いやすい人物でもあった。
 精霊は当然の如く、自由気ままな性格であり、契約者以外の者の頼みは基本受け付けない。それに意思疎通が大変である。そのため、契約者であるリュゼの居場所を見つけられるだろうが、直接動かすことは出来ない。

 しかし、アバドンは意思疎通に問題はなく、姿も見える。それに精霊の姿が見えるようなので、案内をしてもらうことが出来る。この場でリュゼの保護のために頼りになるのは、アバドンしかいなかった。



「おう!勿論だとも!この俺様に掛かれば、リュゼがどこにいるかぐらい簡単に分かる!!」



 レオナードのリュゼの居場所を尋ねる質問に、アバドンは鼻高々に答える。レオナードが上手くいったとほくそ笑む。これこそがレオナードの狙いであり、そのためにわざわざ遜って尋ねたのだ。

 自分の実力に自身があるからこそ、本当は居場所を知らなくとも、分からないなどという返事はしづらいだろう。その時は自身の実力の無さを隠すために、精霊王の力をアバドンの方から自主的に借りてくれるはずだ。例え精霊王が嫌がっても、そこはプライドのためにどうにかするだろう。本当に分かるのならば、それはそれで何の問題ない。

 つまり、アバドンは必ず協力せざるを得ない状況だったのだ。その状況を作り出すために、レオナードは王子の立場を利用したのだ。この場で最も地位の高い人間であるのだから。

 アバドンの反応に、レオナードの思惑を知っていたシゼルスは苦笑いを浮かべる。プライドの高い相手は貴族にも良くいる。そういう相手は基本的に扱いやすい。そして騙されやすい。今回の事件で宰相に利用された副宰相のように。

 相手の悪意に気付かない者は、副宰相のように利用され、そして捨てられるだろう。そうでなければ、今頃アバドンほどの実力者は貴族に良いように扱われていただろうから。けれど、違うということはつまりそういうことだ。アバドンほどの人物ならば、相手の悪意に気付くのだ。レオナードの言葉には悪意は一切なかったということ。アバドンは、単純に誘導されただけである。

 シゼルスは、アバドンが悪人に言葉巧みに丸め込まれることはないと心配することを止めた。



 シゼルスの憶測通り、アバドンが他人から向けられる悪意に気付かないはずはない。寧ろ、アバドンは悪魔なのだから悪意には敏感だ。そんな悪魔に、悪意を向けて言葉巧みに丸め込もうとした暁には、シゼルスの想像以上の展開が待っていることだろう。




 騙されたわけではないが、上手く誘導されたアバドンを、ユヴェーレンは1人呆れた目で見つめていた。他人とのコミュニケーション不足が招いた結果である。

 ユヴェーレンは溜息を吐いて頭を横に振る。これでも公爵位にいる悪魔だ。そんな大悪魔が、人間の子供に簡単に流されてどうするのだ、と頭が痛くなった。今回はリュゼの知り合いの人間の子であり、ユヴェーレン自身も見知った者であるから、害意のある者ではないことは知っている。けれど、アバドンのせいで、リュゼが変な事に巻き込まれては堪らない。



「よし!じゃあ俺様に付いて来い!!」



 アバドンが先頭切って歩きだす。アバドンもリュゼの契約者だ。当然ながらリュゼの居場所を突き止めることは容易い。意気揚々と歩き出したアバドンの後ろをレオナードたちが付いて行く。大人として子供を守るために、アイゼンが最後尾となって歩き出す。

 場所を移動し始めた一行を見て、ユヴェーレンはズィーリオスに協力してもらい、アバドンのコミュニケーション力アップを図ろうと決意したのだった。
















『なあ、ユヴェーレン。リュゼの様子がおかしくないか?』
『そうねぇ。脱獄したはずなのにぃ、全く動く様子がないわねぇ』



 一定時間ごとに城の一角を破壊するズィーリオスを傍目に、リュゼのいる場所に向かいながら、アバドンは先ほどから感じている違和感をユヴェーレンにも確認する。アバドンに同意して見せたユヴェーレンは、違和感がはっきりとした形となって不安が増殖したのを感じる。明らかに何かがおかしい。

 リュゼにとって最も繋がりの強い契約者はズィーリオスだ。そのため、脱獄したら一番にズィーリオスの許に行くと思っていたが、ズィーリオスの様子を見ても、リュゼがズィーリオスと合流したようには見えない。念話で確認しても、まだ会っていないようであった。

 そして気になるのはリュゼの動き。実は、ユヴェーレンがアバドン達について王城から外に出てきて以降、リュゼの動きを注視して探っていたのだが、同じ場所から全く動いていなかった。まるで寝ているかのように。

 契約は切れていないので死んだわけではないが、脱獄したはずのリュゼが誰とも合流せずに、追手がいると分かっている中、呑気に寝ているとは思えなかった。寝るなら、もふもふのズィーリオスを要求する男である。喜んで迎えもふらせてくれるだろうズィーリオスがいると分かっているのに、別のところで寝るとは思えない。

 もふもふ好きのリュゼの、眠りへのこだわりをアバドンよりも知っているユヴェーレンは、異常事態が起きていることに気付く。アバドンもユヴェーレンの張り詰めた表情に、ただならぬ異変が起きていることを瞬時に理解する。


 アバドンが僅かに足を速める。その変化に気付いたレオナード達であったが、アバドンのいつになく真剣な雰囲気に、お互いに目配せして、ただ足を動かすことだけに集中することにした。



『これはズィーリオスにも伝えた方が良いか?』



 アバドンがユヴェーレンに尋ね、ユヴェーレンは暫く逡巡した後答えた。



『そうねぇ。聖獣にも一言声を掛けておいた方が良いかもしれないわねぇ』
『ならよろしく』
『そうねぇ。分かったわぁ』



 アバドンからズィーリオスへの連絡を頼まれたユヴェーレンは、レオナード達を見て、自分が連絡した方が良いと判断し、ズィーリオスの方を見ながら念話で連絡を入れたのだった。
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