はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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精霊の王

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『今回だけ特別にぃ、貴方に手を貸してあげましょぉ』



 突如、脳内に響いた凄艶な女性の声に、シゼルスとアバドン以外の一同は括目し、周囲を見渡す。しかし、この部屋のどこにも女性の姿はない。アバドンはつまらなそうに大きな欠伸を放ち、シゼルスは届いた想いに感激し、随喜した。

 それは声の時と同じように、不意なことであった。


 アバドンの隣に、優雅な身のこなしで妖艶な微笑みを浮かべた絶世の美女が現れた。黒く艶やかな長い髪が、肩から胸元に流れている。彼女の魅惑的なスタイルを更に引き立てるドレスも相まって、その姿に慣れているアバドン以外の男たちの視界は、魅了されたように釘付けになっていた。恍惚とした表情でユヴェーレンを見つめる男たちの姿に、ユヴェーレンは満足げに舌なめずりをしてその真っ赤な唇を潤した。

 ユヴェーレンから感じるのは、見た目的な美しさだけではない。状況を把握し、シゼルスの要請を受けたユヴェーレンは、普段リュゼ達と一緒にいる時とは違った姿を見せていた。



 神聖なる存在。人ではありえない威厳。至高たる王位精霊の一柱、闇の精霊王。



 人の国に現れた精霊王の姿に、一同は自然と頭を下げ、敬意を示した。シゼルスに近づいたユヴェーレンは、惚けたままの一同を見渡した後、再び国王に視線を向ける。



『闇の精霊王である私が証人になれば良いのよねぇ?』



 色々と尋ねたいことがあるのだろう。けれど、ユヴェーレンの質問に答えろという圧により、国王は陸に打ち上げられた魚のように口をパクパクするしかないようだった。どうにか絞り出した言葉は、王としての威厳を全く感じない声だった。



「は、はい・・・」



 国王は、エルフやドワーフを連れていないアイゼンとシゼルスには、精霊を連れて来る事さえ難しいと思っていた。それに高位精霊という不可能に近い条件を達成出来るわけがないと高を括っていた。けれど、シゼルスはその予想を大きく上回った。精霊王という圧倒的な存在を連れ出した。

 言質を取られた今、精霊王が真実と認めれば、この資料の内容は全て真実である。それは、付随していた副宰相と王太子の出来事も全て。



『この資料の中身は全部本当の事よぉ』



 今この瞬間、国王とバルネリア公爵が嘘と思っていたことが、真実であることが証明されたのだった。

 精霊は嘘を吐かない。

 これは、例え契約者に嘘を吐くように言われても無理なことである。精霊はそういう存在なのだから。


 アイゼンがシゼルスを振り返る。その目は希望で満ちていた。国王が認めざるを得ない状況に持ち込んだことで、目的達成の可能性が開けたのだ。

 目に光が戻ったアイゼンは、ここぞとばかりに言葉で国王を畳み込む。最重要課題であるレオナードの釈放を求めた。宰相の悪事の証人たる騎士が殺され、状況的に宰相しかメリットを受ける人物がいないこと。いや、裏ギルドと繋がっていたという証拠がある時点で、宰相は国を裏切っているのだと。だからその宰相によって、バルネリア公爵も騙され、レオナード殿下が冤罪を受けたのだと主張した。

 シゼルスは静かにアイゼンと国王の様子を窺う。今回、バルネリア家を庇うことになったが、彼らを追及することは諦めたので仕方がない。実際、王城内部で宰相の動きを見張っていた影からの報告では、宰相が使用人を使ってレオナード殿下を監視し、リュゼがルーデリオである証拠品をバルネリア家が盗み出せるように、わざと隙を見せていたことは分かっていた。

 その証人である使用人は既に影によって拘束済みだ。万が一のために、騎士の身柄が確保出来なかった時を考え張っておいたのだ。


 ユヴェーレンが見つめる中で、国王は宰相が国を裏切ったことを信じたのだった。アイゼンの力説に折れ、信じたくない事実を認める形となった。だが、それは国のために必要な事だ。国王は王として、宰相を拘束するよう判断を下した。長年共に国を支えてきただけに、ショックはかなり大きかったようだ。国王は脱力するようにドサリとソファーに座り込んだ。



「精霊王様がこんなところにいらっしゃるなんて。だからこそのあの態度か。ハハッ。お前の護衛は凄い方と契約しているのだな」



 国王がポツリとアイゼンに呟く。明らかにアバドンがユヴェーレンの契約者だと勘違いしていた。そのため、ユヴェーレンが心底嫌そうな顔を浮かべて否定する。



『私の契約者はもっと可愛い子よぉ!』
「違うのですか?」
『ええ。この場にはいないのだけれどねぇ?』



 意味ありげに言葉を濁すユヴェーレンは、国王を眺めていた。だが、国王にはその心辺りはない。誰かいたかと目を閉じて記憶を探る。

 そんな時、大人しく話を聞いているだけだった第三王子が、話がひと段落したのを確認して声を上げる。



「あの父上。レオナードが庇っていたバルネリアの三男についてですが・・・」



 その言葉に、疲れ果てて目を閉じていた国王が目だけを開き、第三王子にギョロリと視線を向ける。



「そうだった。お前も話があると言っていたな。まさかあの者の事だったのか?」
「ええ。あの者がバルネリア家を騙った偽物であると仰っていましたが、剣を交えた私にはそうとは思えません」



 唐突な第三王子のリュゼを庇う発言に、つまらなそうなアバドンを除くこの場の全員が驚く。



「お前・・・いきなりどうしたんだ?バルネリアの三男とは交流はなかっただろう?」



 国王が第三王子に問う。その姿は、とうとう息子の頭が筋肉で埋め尽くされたのではと、訝しむようであった。



「はい。確かに交流はありませんが、一度だけ、レオナードに会うために登城していた頃に遠くから見たことがあります。その当時、バルネリア家で歴代最強になると言われていたため、どのような人物か興味がありました。ですから覚えております。当時の彼の姿を。そしてこちらに来る前、その彼にお願いして剣を交えて来ました」
「なっ!?」



 国王だけでなくバルネリア公爵も息を飲む。予想外に、第三王子がルーデリオ・バルネリアの事を覚えていたから、ではなく、脱獄した重罪人と会って剣を交えたことに。



「なんと!?怪我はないのか!?」



 国王が慌てて第三王子の全身を確認する。よく見るとあちらこちらに汚れが見受けられるが、鍛錬ばかりを好む第三王子には良く見られる姿であった。それといった怪我がない様子に国王はホッと息を吐く。重罪人として投獄したが、その数日前の報告では、無能らしく第三王子に負けて手も足も出ない状況だったことを思い出す。



「そうだ。あの者は対して強くもなかったな・・」
「いいえ。完敗でした」
「・・・何?」



 聞き間違えか?国王は自分の耳を疑い、冗談だろうと第三王子に向き直る。けれど王子は真剣な顔をしていた。聞こえた言葉とその態度に、国王はまさかと首を横に振る。口を挿むことはしないが、バルネリア公爵も国王同様に、第三王子の言葉に耳を疑っていた。

 第三王子は勉強は出来ないが、剣の腕はとても高いことは王城の人間にとっては周知の事実であった。年齢的に学園をまだ卒業していないため、騎士団に本格的な席はない。所属扱いではあったが、本当の騎士ではないのだ。それにも関わらず、第三王子の実力は既に騎士団長と同等と言われていた。ほぼ負けなし。第三王子の勝てるのは、バルネリアぐらいだろうと言われていた。その人物が完敗したと言ったのだ。それも清々しく。

 衝撃的な発言に、既に疲れ果てていた国王の脳は暫く停止したのだった。
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