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唯一の方法

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「なるほど。つまり君たちは嵌められたということか。その裏には、裏ギルドと繋がっている冒険者ギルドと宰相がいると」
「はい」



 資料を読み終わった国王が顔を上げてアイゼンを見据える。



「確かに宰相が関与しているのであれば、色々と辻褄が合うな。だが・・・」



 国王が資料をテーブルの上に置いて腕を組み、アイゼンとシゼルスに目を向けた後、鼻で笑う。



「この資料が本物だという証拠はどこにある?」
「陛下!?」



 シゼルスが思わず叫んで立ち上がるが、それをアイゼンが腕を伸ばして制す。表情を変えないアイゼンを見て、シゼルスが唇を噛み締めて引き下がる。その様子を国王は冷めた目で見つめていた。



「王国史上初の裁判という歴史に刻まれる瞬間において、君たちは庶民をバルネリア家の亡くなった三男と偽装していた。そんな者達の提出する資料を本物であると信じられるとでも?」



 国王がシゼルスに顔を向ける。



「シゼルス君。君にとっては大事な兄ではないか。そんな兄を騙る者を信じてはいけない。いくら亡くなった兄に会いたいのだとしても、あの者は他人だ。目を覚ますのだ」



 シゼルスは膝の上に置いた両手を強く握りしめ、顔を俯かせて必死に耐えていた。兄様は生きている。勝手に殺すなと叫びたかった。けれど、相手はこの国の最高権力者の国王陛下。言い返すことなど出来るわけがなかった。耐えるしかなかった。その必死に抑えるシゼルスの肩は震えており、国王はシゼルスが悲しみに震えているものと解釈していた。

 けれどバルネリア公爵は違う。
 戦闘の経験のない国王とは違い、国王の剣として鍛錬をして来た彼には、シゼルスが怒りで震えていることは見抜いていた。そのため、シゼルスに向ける視線は鋭く冷たい。余計な事を口走らないか、気が気でなかった。例え、シゼルスたちが国王に信頼されていない状況でも。


 そして、そんなジゼルスとバルネリア公爵を視界の端に映していたアイゼンは、いかにこの状況を覆すか頭をフル回転させていた。

 現役の頃の信頼度から、アイゼン自身が国王に直接交渉すれば、どうにか信じてくれると思っていた。けれど、国王自身が言っていた裁判の件で、アイゼンの信頼度も落ちてしまっているようだ。いや、落ちたというより、アイゼンの実力を良く分かっているからこそ、敵に回っているようで警戒していると言ったところだ。

 これほど警戒されてしまっていては、本物である証拠を揃えた正攻法を使っても無意味である。奇策を講じなければ。このままではここに来た意味はなくなり、証拠類も含めた全てがゴミと化す。今持っている全ての手札から出せる物を探る。この状況をひっくり返すことの出来る一手があるはずだ。


 ピリピリとした空気と静寂が支配する部屋に、不躾でダルそうな声が発せられた。



「おい。なんでもかんでも裏を取らずに嘘呼ばわりするなんざ、ふざけんのも大概にしろよ。うちのババアがッ!?ぐっ。う、うちのユヴェーレンが黙ってねぇぞ!」



 壁に凭れて黙っていたアバドンが、唐突に話し出した。しかし、途中で何かに攻撃されたのか、片足を抱えて言い切ったことで締まらない。だが、その言葉でシゼルスの肩の震えが止まった。当然ながら国王とバルネリア公爵は、アバドンの無礼過ぎる態度に視線を尖らせる。けれども、たかが人間風情の視線などアバドンには痛くも痒くもない。そのなんともない態度が、更に国王とバルネリア公爵をイラつかせた。

 国王とバルネリア公爵の意識が完全にアバドンに向いている間に、シゼルスはアイゼンにアイコンタクトを取る。その瞬間、アイゼンはシゼルスがこの状況を打破する方法を思いついたことを察し、任せるというように頷いた。



「誰だお前は。護衛が舐めたことを」
「はあ?人間ごっ!んぐっ!」



 バルネリア公爵の言葉にアバドンが対抗しようとした時、急にアバドンが言葉を切る。何かに口元を覆われたかのような反応に、国王とバルネリア公爵は愚物を見るような視線を向けていた。


 何が起こっているか分かっているのは、口を強制的に封じられたアバドン本人と封じている本人、ユヴェーレンであった。



『放せ!いきなり何をするんだ!』
『貴方は黙っておきなさぁい。これ以上面倒な事を起こさなでよぉ』



 黒剣がリュゼの許に戻ったことで魔力が全回復したユヴェーレンは、影を操りアバドンの口を封じ、幻覚魔法を使って他の者達に何が起きているか見えないようにしていた。ズィーリオスがいない今、アバドンが面倒を起こさないようにユヴェーレンの目が光っていた。



『こっちの事は気にしないで続けて良いわよぉ』
「ッ!?」



 アバドンを抑え込んでいるユヴェーレンは、自分の正体を知っているシゼルスに念話を送った。始めての経験に、シゼルスは驚いて周囲を見渡していが、アバドンの方を見てユヴェーレンがいることを察したらしい。ゆっくりと深呼吸をして、国王に目を向けた。その目は自信に溢れており、やはり何か解決策が浮かんだのだとアイゼンは内心笑みを浮かべた。



「陛下、私の護衛が失礼いたしました。どうか彼の犯した無礼をお許し下さい。後ほどきちんと言い聞かせておきますゆえ」



 アイゼンが国王に頭を下げて謝る。応えた国王の言葉に、アバドンが再び口を開こうとしていたが、ユヴェーレンにしっかりと封じられているので割り込むことはなかった。暴れているアバドンであったが、そこはユヴェーレンが幻覚を使って対処している。他の者達の目には、大人しく護衛の任についているアバドンの姿が映っていた。



「陛下。発言してもよろしいでしょうか」



 運よくアバドンがお咎めなしになった後、シゼルスが国王に発言の許可を求め、国王が許可を出す。



「これらの書類の中身が真実であるかが疑問なのですよね?」
「そうだ」
「では、どうすれば真実であると認めて頂けますか?」



 シゼルスが1つ1つ確認するように尋ねる。そして相手に方法を訊ねた。こちらで提案することが全て怪しまれるのならば、相手に納得のいく方法を提案してもらうしかない。



「そうだな。やはり真実を確かめるのは精霊の承認が必要であろう。しかし、下位の精霊では精霊自身の言葉で証明してもらえないゆえ、いくらでも契約者によって偽造が出来るだろう。それも、本当に精霊がいるかどうかも怪しいものだ。フッ。その姿を私が認識出来き、尚且つ、会話が成り立つ精霊が真実であると認めるのであれば認めてやろう」
「今の言葉は確実に守って頂けますね?」
「当然だ。国王として誓おう」



 絶対に不可能と確信し勝ち誇った表情を浮かべる王に対し、シゼルスは平然と再確認を取る。その様子に国王は疑心を抱いているようだった。

 シゼルスは知っている。この場に、王の条件に全て当てはまる存在がいることを。本来なら契約者であるリュゼがいなければ精霊はお願いを聞いてくれない。けれど、リュゼのためであれば自発的に動いてくれるはずだ。それも、王が望む以上の存在である精霊王であれば、人間の王よりもその権力は高い。

 アバドンはシゼルスが何をするつもりか想像出来たようで、もうユヴェーレンが幻覚でその姿を隠さなくとも大人しくなっていた。だが、アイゼンはユヴェーレンの事を知らない。国王の理不尽な条件に内心頭を抱えていたが、あまりにも平然と自信満々に落ち着いているシゼルスを見て、もしやと希望を抱く。


 シゼルスは、ユヴェーレンがまだ精霊王とリュゼに呼ばれていた頃の事しか知らない。契約したことは聞いているが、名前は聞いていなかった。リュゼをルーデリオ・バルネリアとして尖塔に案内した時に色々と話しをしたが、時間の問題でダンジョンで別れてからの事はあまり話していなかった。けれど、昨日からのズィーリオスの様子と、知らない間にリュゼの仲間となったらしいアバドンの先ほどの言動から、その名前を特定していた。

 きっとこの名に違いないと。そして、契約者でもないシゼルス自身に協力してくれることを願いながら、その名を口にする。



「ユヴェーレン様、どうか兄様のために力をお貸しください!」
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