はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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認知

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「うっ・・・ハァッハァッハァッ」



 荒い呼吸を繰り返しながら、片膝を立てて立ち上がろうとする第三王子を見つめる。第三王子の希望により始まった再戦は、王子の続行不能により終わりを迎えようとしていた。

 狭い室内での剣檄であるため、俺は一歩も動かず攻撃を捌いていた。こちらからは手を出さず、相手の攻撃をひたすらに捌き切るのみ。以前と明らかに違う戦いは、王子と俺との実力の差を顕著に表していた。



「俺の・・・完敗だっ!」



 王子は突如としてゴロリと床に転がり、仰向けになって宣言した。王子の胸が大きく上下する。呼吸を整えるまでもう暫く時間が掛かるだろう。

 身動きの取れなくなった王子は、もの凄く満足げな表情で倒れていた。負けてしまったが、自分の全力を出し切ることが出来て満足したのだろう。勝った時の以前とは違って、非常に良い笑顔だった。



「なあ、こんなに強いお前の剣の師匠は誰なんだ?」



 息を整え切った王子が横たわったまま尋ねる。



「きっと知らない人物だと思いますよ?他国の人間ですから」
「良いから言ってみろ」



 俺も小休憩を兼ねて、床に腰を下ろす。胡坐をかいて木剣を手放し、黒剣を膝の上に置く。

 ハーデル王国との直接的な交流がほとんどないベッツェの事を、この勉強してなさそうな第三王子が知っているのだろうか?軍事力が高い国の事は知ってそうだが、ベッツェは小国であり、水産系の国ということ以外、他国にあまり知られていない。共和国制という国の体制上、強力な一つの軍を有しているわけではないのだ。



「ダガリスという男ですよ」



 ぶっきらぼうに答えたその瞬間、王子がいきなり跳ねる様に起き上がって、四つん這いになりながら目を輝かせて俺の眼前にやって来た。近すぎるその顔の距離に、思わず仰け反って距離を取る。



「そ、それはあのダガリスか!?ダガリス・ポートライト!!」



 想定外の反応に仰天し、剣を股の間に挟んで盾にして、物理的に距離を確保する。両手を後ろ手について仰け反るのは仕方がないだろう。



「前剣聖の一番弟子にして、最も剣聖に近かった男!家庭の事情により、剣聖を継ぐ最後の試練に参加しなかったことで、彼のライバルであった前剣聖の二番弟子に剣聖の座を譲ることになって、だから現在の剣聖にとっては最も倒したい相手であるはずなのに、お2人の中はとても良好で度々酒を酌み交わす仲だとか!そして剣聖が最も信頼している方で片田舎の領主を務めており、領主としてだけではなく漁師としての腕前も物凄い!釣り竿一本でクラーケンを吊り上げてそのまま釣り竿で討伐したとか!我こそは、という弟子が数えきれないほど彼の許を訪れたが、皆が皆断られたり領内への立ち入り禁止を言い渡せれたりで、弟子を取る気はないと言われていたあのダガリスか!?」



 あまりの熱量に何も言い返せない。ただ唖然と王子を見ていることしか出来ない。捲し立てて言い募っていた王子の呼吸は、再び荒い。ランランと目を輝かせて見開いている王子の目は、獲物を狙う獣のように俺をロックしている。

 勢いのまま近寄っていた王子は、若干俺に覆い被さるような体勢になっており、是非とも今すぐ離れて欲しい。だが、理性を失いかけている獣の頭には、距離感と言うものが把握出来ない事態になっているようであった。

 この脳筋野郎!距離感を考えろっ!


「ちけぇっ!!離れろっ!」
「ッ~~ンン!?」


 デコピンを放って引き剥がす。王子が額を抑えて悶えている隙に、王子との距離を確保する。あっ、王子へ暴言を吐いてしまったが大丈夫だろうか。それに、部位強化を掛けていないと言っても、普通に身体強化を掛けている。その状態でのデコピンでもかなり痛いはずだ。俺、不敬罪になるのでは?

 冷汗が背中を伝う。折角王子が無罪を主張してくれると言うのに、これでは良くて帳消し、最悪罪状が追加される。


 今の内に立ち去ろう。そうしよう。そっと足音を立てないように入口へ向けて移動する。入口付近に王子がいるせいで、どうしても王子に近づかなければならない。


 森の中で魔物狩りをしていた時よりも、遥かに気を張り巡らせて歩を進める。隠密にはそこそこ自信があったのだが、今日ほど自分の実力が不足しているのではと感じたことはない。・・・・いや、おかしい。俺は王子からバレずに逃げるために今まで努力してきたわけじゃないぞ!?

 俺の脳も混乱しているのだろう。可笑しなことを考えてしまった。ゆっくりと深呼吸をして心臓を落ち着かせる。しっかりと目標の出口を確認して・・・・。


 ・・・目があった。額の真ん中に赤い痕を残したまま、それを気にした様子もなく、ただひたすら俺を見つめていた。瞳を輝かせて。

 もう嫌だ。アバドンの美味しい食事を腹いっぱい食べて、ユヴェーレンの美貌を眺めて、ズィーリオスに埋もれて寝たい。



「ダガリスの弟子になるなんて物凄いことだ!それだけお前に可能性を感じたということだろ!やっぱり俺の目に狂いはなかった!お前は強い!どこが無能だ!お前の事を無能だと言う奴らの方が無能だろう!!確かレオナードと同い年だろ?その歳でこの強さ。もっと伸びることを踏まえても、魔力がなくとも、属性がなくとも、関係ない!」



 立ち上がって俺に近づき、俺の両肩に手を乗せて王子は告げる。その目は真っすぐに俺を見つめており、言葉はどこまでも澄んでいるように聞こえた。

 この国で、レオとシゼ以外の人に始めて認められた。俺がバルネリアだと分かっていて、属性ナシの無能だと分かっているのに。

 どう反応すればいいか分からない。こんな対応は初めてだった。認められて嬉しい。けれど、何でだろう。素直に喜ぶことが出来ない。俺の心はひねくれてしまっているのかもしれない。だって、剣の師匠がダガリスだからこその反応ではないのかと思ってしまうのだ。

 王子は強い人物に憧れを抱いているのだろう。それが昔の人英雄でも、今を生きている人剣聖やダガリスでも。世間で認められている強者に憧れているのだ。だから、その憧れの人物に認められた人は、無条件で認めるに値する。

 俺自身を認めているわけではないのではないか。そう思ってしまうから、喜ぶことは出来ないのだ。昔から俺を知っていて、俺自身を認めてくれた人達とは違う。俺の実力を身を以て知ったから?それとも、ただのブランド価値か。

 例え王子が、素直に本心から賞賛してくれていたのだとしても、俺は間に受けることは出来ない。無意識に薄く目尻を下げて笑う。

 ルーデリオ・バルネリアが死んだと思っていても、やはり自分の中にルーデリオはまだ生きている。本当に死んだのなら・・・、きっとこの感情も無くなっているはずだから。俺はルーデリオであり、リュゼである。それは変えられない事実なのだ。


 王子が快活に笑う。俺の表情がどんな意味を持っているか理解してはいない。貴族らしくない分かりやすく、腹を探ることは出来ない人だ。だから、きっと、王子には俺の内情など想像出来ない。



「さて、約束通り陛下に陳情を申し上げて来よう。継承権の無い今の俺に対した力はなくとも、王子2人から言われれば少しは陛下もお心を砕いてくれよう」



 王子は立ち上がり、鉄剣を腰に差して俺を振り向く。まるで付いて来いとでも言うように。



「なんだ?行かないのか?」



 やはり俺も付いて来るものだと思っていたようだ。



「それは出来ません。俺が同行していれば、問答無用で捕らえられるか、殿下も反逆者と捉えられかねません。俺には構わないで下さい」
「確かにその可能性はあるな。分かった。俺一人で行って来よう」



 そして王子は出て行き、倉庫の中にただ一人残される。そこには、ただただ静寂が広がるのみだった。
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