はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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脱獄

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「ーーーさねぇ」
「ん?ルーデリオ様、今なんと?」



 ラセンの声を無視し、立ち上がる。鉄格子を両手とも逆手で掴み、左右に押し広げた。鉄が拉げる音が監獄内に響き渡る。



「え?今の音は?ルーデリオ様?」



 複数本分の鉄格子を折り曲げ、人が1人分出入り出来る隙間を作った。牢の外に足を踏み出す。この程度の鉄格子で、聖獣直伝の身体強化を掛けた俺を閉じ込めることなど出来るわけがないのだ。



「なっ!!お前何してっ!!のわっ!?」



 外に出た瞬間、様子を見に来た看守と目が会った。即座に距離を詰め、顔面を鷲掴みにして地面に叩きつける。石の床が割れる音が響き、僅かに地面が揺れる。



「何事だ!!一体どうしッ!?」



 音に反応し、鉄の扉を開けて監獄内に入って来たのは、昼食の配給に来た騎士たちだった。出会い頭の人物が、床に顔を埋めて微動だにしない看守を見て、目を見開き固まる。その隙に、状況を把握出来ず監獄内に入り込んだ騎士全員の意識を刈り取った。先ほどとは違って静かに、彼らの体が崩れ落ちていく音が重ねる。そして彼らの体の下には、今日の“昼食分”が散乱していた。潰されずに済んだ虫たちが四方八方に逃げていく。だが、殺気をばら撒いている状態の俺の下には、一匹も来る事はなかった。虫であっても本能的に危険を察知したのだろう。



「ル、ルーデリオ、様?」



 目を白黒させたラセンがこちらを見ていた。倒れた看守の腰には鍵が付いていたが、どの鍵がラセンの独房の鍵かは分からない。探すだけ面倒だ。独房に近づき、俺の時と同じように鉄格子を無理やり広げた。そして腰が抜けているラセンを引っ張りだし、肩に担ぐ。



「ちょっ!!」



 ラセンが何かを言いかけたが、俺が動き出したのに合わせて自主的に口を噤んだ。地面で伸びている看守と騎士を無視し、開け放たれた状態の監獄の扉をくぐる。俺たちが逃げ出したことがバレるのは時間の問題であった。しかし今の俺には、周りが騒ごうが何しようが関係ない。一刻も早くやらなければならないことがある。

 地上へと続く階段を駆け上がる。階段の終わり、地上へ出る場所に鍵がかかった扉があった。その扉を、部位強化を掛けた足で蹴り飛ばし、強引に道を開ける。足を止めるなど無駄な事はしない。

 扉のすぐ側には警備の者がいたが、俺たちを止めることは出来ず後方へと置き去りにした。そして地上に出るとどこかの建物の内部だった。



「ラセン、場所は?」
「な、なんのですかっ!?」



 思っていたより広い空間の建物内部で立ち止まり、ラセンに尋ねる。走ってもないのに、なぜラセンは息が上がっているんだ。短く息を吐きながらラセンは俺に質問で返す。



「俺の物が保管されている場所に決まっているだろ」
「なっ!そんなことしたら、本当に犯罪者になってしまうでしょうが!!」



 は?犯罪者だと?人の物を勝手に私物化しようとしている奴らから取り返すだけなのに?



「知るかよ」
「えっ・・・!?国から本気で追われることになるんだぞ!?」



 もうラセンは敬語で繕っている余裕はないようだ。このまま一緒に行動していれば、ラセンも同罪と取られてしまうから焦っているのだろう。



「お前は場所さえ・・・いや、場所はどうにかなるな。どっかで下ろすから逃げろ。そうだな、アイゼンの奴に助けを求めたらどうにかしてくれるだろ。俺の名前を出せば多分、匿ってくれるはずだ」
「えっ・・・?いやいや!そういうことではなくて!!」



 遠くから人がこちらに集まってきている気配を感じた。どうやらここは、騎士の訓練場の近くのようだ。



「国を敵に回すんだぞ!?」



 ラセンが、肩に乗せられた不格好な状態で喚く。煩いな。



「はっ。どうでも良い。俺の武器もんに手ぇ出しやがって黙ってられっか。あっちがやる気ならこっちだって徹底的に潰すまで」
「・・・・」



 ラセンが静かに押し黙る。納得してくれたらしい。



「おい!お前何してんだ!大人しく地面に膝をついて手を上げろ!その男も降ろせ!」



 お喋りしている間に騎士たちが集まって来てしまったようだ。走って来た騎士たちが円を作りながら俺たちを覆い囲む。



「口を開くなよ」
「貴様!今、なん」



 分隊長と思われる男が最後まで言い切るよりも前に、前方に踏み込んだ勢いのまま騎士の包囲網を飛び越える。天井すれすれを、彼らが反応するよりも前に通り過ぎ、着地した一歩目を踏み込みに変えて走る。



「ッッッ!?」



 右肩に担いでいたラセンを左肩に担ぎ直し、出口が分からないので目の前の壁を蹴り飛ばした。右腕で瓦礫を弾き飛ばしながら飛び出すと、そこは王城の端の方であった。ラセンの話から、俺の物は王城のどこかにあるのだろう。向かうは、今出て来た建物の奥、王城。

 穴が開いた壁の中や、どこかにあった出入口から騎士がゾロゾロと走って来た。しかし、何か喚かれる前に建物に向かって走り、壁を蹴って屋根の上に上がる。そして屋根の上を飛び移りながら王城方面に走る。

 痛みを全く感じないブーツにチラリと視線を向ける。頑丈に作ったと言っていただけあって、凹みもなく硬くて丈夫だ。



「あのっ!お、降ろしてく、れっ!」



 チラリと走りながらラセンに目を向ける。走りながら喋るなと言ったのに、馬鹿なのか。舌を噛むぞ。



「分かっている」



 向かっているのは王城方面。しかし、少しだけ向きを変えていた。そこは王城の塀。その上に飛び乗って、塀の上を駆ける。塀の向こう側は貴族たちの邸宅エリアと、高級商店が立ち並ぶ市井が広がっており、その先の一般市民の領域は、昼のためか活気があって賑わっていた。木を隠すなら森の中。なら、人を隠すなら人混みの中だ。だが、そこまで行くには少々遠い。俺の目的地までが遠回り過ぎる。



『ユヴェーレン、いるか?』



 念話で話しかけると、すぐにユヴェーレンが姿を現す。



『あらぁ!いつの間にぃ!』



 目をぱちくりさせてユヴェーレンが声を上げる。今はその質問に構っている場合ではない。



『それは後で。この男をアイゼンのところに送ってくれないか?』
『分かったわぁ』



 返事を聞いて足を止める。塀の内側、王城側に出来ている影が、一部だけ他より黒く見える場所がある。



「じゃあな」
「え?いきなりなんだ?」



 困惑しているラセンを無視して、塀の上からその一際濃い影に向かってラセンを落とした。呆けた顔で落ちていくラセンが闇に飲み込まれる前に、再び塀を走り出す。

 落ちて行ったラセンは影で出来た暗闇に飲み込まれ、その気配をこの場から完全に消し去った。闇の精霊だからこそ頼めた影移動の魔法である。今頃ラセンは、アイゼンのカストレア邸内の影になった場所に放りだされているだろう。

 きっと、アイゼンかシゼ、またはその部下辺りがラセンの顔を知っているはずだ。ラセンが俺の護衛として任についていたのは、そういう指示があったからなのだから。保護してくれるはずだ。・・・多分。

 身軽になった俺は今度こそ方向を王城へと向ける。



『ユヴェーレン。剣がある場所に案内してくれ!』
『任せてぇ!私の核があるからぁ、貴方以外の人物はあの剣を使えないようになっているのだけどぉ、他人に触られるのはスッゴイ嫌なのぉ。早く取り返しましょぉ!』



 ユヴェーレンの言葉に僅かに安堵しつつも、今にも赤の他人が俺の剣をわが物顔で手を加えようとしていることを思い出し、ただでさえ下がっていた気分が一気に急降下する。


 俺の罪がなんだ。王城がなんだ。俺の大事な物に傷を付けさせるわけにはいくか!


 塀を飛び降り、駆け抜ける。俺はユヴェーレンを先頭に、沸々と煮えたぎる怒りを抱えて王城へと向かった。
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