はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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新たな入居者

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 光の届かない地下の監獄にて。空腹を紛らわせるために、目が覚めても眠り直していたリュゼは、睡眠妨害ともとれる看守の騒音でやむなく目を開けた。

 複数の人の足音と、話し声、そして金属音。酷く騒々しい。
 顔を顰めて、廊下に背を向けて再び寝に入る。空腹だが、それよりも眠い。頭はスッキリとしているが、眠気が抜けない。長時間寝ている日に良く起こる症状だ。・・・寝よう。

 欠伸を噛み締めて目を閉じる。視界からの情報が途絶えた分、聴覚からの情報がより鮮明になる。

 俺の睡眠を妨げた元凶は、監獄に入って来た騎士たちであった。その騎士たちが新たな入居者を連れてきていたのだ。俺のいる独房の手前で足音が止まり、人が牢の中に放り込まれた音がした。そして、鍵が閉まる音がした後、足音が遠ざかり、遠くで金属の扉が閉められる音が聞こえた。

 レオとシゼはれっきとした王族と高位貴族だ。もし投獄されていたとしても、こんなカビ臭い地下牢ではなく、俺が前にいた尖塔の部屋であろう。

 どこの誰とも知らない新たな人物に興味などない。押し寄せて来る微睡に身を任せた時。



「あの!ルーデリオ様はいますか!!」


 突然、俺を呼ぶ声が響いた。それは聞き覚えのある声。

 ラセン?


「ご無事ですか!?いや、ここにいる時点で無事ではないか」


 矢鱈と元気そうなラセンの声が聞こえて来たのだった。なんでこんな場所でラセンの声がするのだろう。ラセンがここにいる意味が分からない。ラセンは関係ないはずだが?

 もしや、監禁繋がりから、脳が勝手に良く話し相手になってくれていたラセンを、暇だからと召喚したのだろうか。夢・・・という割にはラセンの声がはっきりと聞こえる気がする。

 ラセンが、投獄されるようなことを仕出かすとは思えない。俺の脳が、ラセンを暇だからと投獄したことにしてしまった・・・のか。すまない、ラセン。だが、これは・・・俺の・・夢だ。だから・・・許して・・くれ・・・・。



「あれ?ルーデリオ様?いるはずなんだけどな?」



 困惑したラセンの声は次第に聞こえなくなっていった。


















 うっ。体が痛い。体に感じる痛みで目を覚ます。軽くストレッチをして、凝り固まった体を解すと、あちらこちらからバキバキと音がした。はー。気持ちいい。

 首を回してバキバキと鳴らしながら、ボーっと変な夢だったと思い返す。

 なぜ俺は、夢の中でラセンを召喚したのか。夢ならば、もふもふズィーリオスと日光浴をしながらのお昼寝タイムでも良かったのに。わざわざ場所を監獄にしなくても。




「あ!ルーデリオ様!起きました!?」



 ・・・ん?



「起きたなら返事してくださいよ!なんかスッゴイバキバキと音が聞こえているけど・・・」



 俺はまだ夢の中にいるようだ。体が解れる感覚は妙にリアルなんだよなー。腕の皮膚を思いっきり摘まむ。



「ッ!?」



 痛い!!めっちゃ痛いんですけど!!え?これ夢じゃないの?現実なの?は?え、ということは・・・?



「ラセン?」
「はい!やっと返事してくれたーーー!」



 恐る恐る尋ねたら、まさかの返事が返って来た。ということはこれは、・・・現実だ。俺が勝手にラセンを監獄に召喚したわけではないことに安堵・・・は出来ないな。ここにいる時点でおかしい。



「は?ちょっと待て。いつからここにいるんだ?」
「今朝方からだ。それからだいぶ時間が経っているはずだから、もうそろそろ昼の時間だと思う」



 なるほど。俺が聞いていた声は、夢ではなく本当にラセンの声だったのか。冷静なラセンの声を聴き、俺も落ち着いてくる。なぜラセンがここにいるのかはこれから聞けば良い。いつ処刑されるかは分からないが、まだ時間はあるはずだ。逆に暇な時間を潰せると思えば良い。



「それにしても、こんな場所で既に一日も過ごしているなんて凄いな。この地下牢は監獄の中でも有数の、精神崩壊施設と呼ばれているのに」



 はあ?なんだそのヤバそうな名称は!?その言葉で、昨日の様子を思い出す。そうか、情緒不安定な者達がいたのは、そういうことだったのか!?



「数日は耐えられそうでも、あの食事が毎食と考えると、かなりキツイ環境なのは確かだよな」



 しみじみとラセンは物思いに耽っている。姿は見えないが、声のトーンでラセンの感情が分かりやすい。って、ん?今、あの食事って言った?



「ラセン。ここの食事を貰ったのか?」
「そうだ。ルーデリオ様が寝ている間に朝食が配給されてな。・・・凄い内容だったな。ははっ。はっ」



 乾いた笑い声を上げてラセンが押し黙る。この反応、やっぱり俺だけではなく、この監獄に囚われている者全員に配られる“食事”だったようだ。毎食、あの内容を用意するのは、逆に大変だろうに。手の込んだ嫌がらせだ。もしかしたら嫌がらせではなく、そういう決まりなのだろうか。精神崩壊施設と名打たれているわけだし。



「・・・・ラセン。食ったか?」
「・・・・いや、無理だって」
「・・・だよな」
「・・・ああ」



 うん。食べれるわけがないよな。それ以前に、食べ物とは言えない。沈黙が訪れる。両者とも無言のまま、虚無の境地に至る。


 ぐぅーーぅ。


 そんな時、俺の腹の虫が存在を主張した。



「ルーデリオ様って朝食はいつも抜いてたよな?捕まったって聞いたのは昼頃だったけど、もしかして・・・」
「一昨日から何も食ってない」
「やっぱりそうか・・・うわー」


 ぐぎゅるぅるるぅ。


 ラセンの腹の虫も鳴きだした。本人たちとは裏腹に、腹の虫たちは元気なようだ。



「なあ、ラセン」
「なに?」
「なんでここにいるんだ?」



 気になっていたことを投げ掛ける。



「あー、ルーデリオ様の持ち物を回収しようとしたら捕まっちゃったんだ」



 ・・・・何をしてるんだ。



「俺の持ち物っていうと、王都に来る前に押収されたものか?」
「そー、それだ」



 そうだ。俺の剣は無事だろうか。マジックバッグの中身を取り出されていたりしてはいないだろうか。剣の師匠ダガリスから貰った短剣だって入っている。なくなっては困るものばかりだ。



「なんでラセンが?俺の持ち物なんてどれか分からないだろ?」
「レオナード殿下の専属護衛で側近のシゼルス様から、騎士団に保管されている荷物を持ってくるように指示を受けたんだ。黒い羽毛で覆われたウエストポーチと、真っ黒い鞘に納められた剣って仰っていた。合っているよな?」
「ああ。合ってる」



 なるほど、シゼから指示を受けていたのか。いくら王子や王子の側近と言えども、騎士団の管轄にある場所に入るには、騎士団長の許可が必要になる。俺がバルネリアとして軟禁されていた時から、荷物の返却を渋っていたのなら、確実に犯罪者扱いになった人物の持ち物を手渡すことはしないだろう。だから、強硬手段に出たということか。



「だとしたらシゼが危険だな」
「そこは大丈夫だ、安心してくれ。シゼルス様に指示されたとかは言ってないから。迷惑をかけるわけにはいかないからな。だけど・・・俺がルーデリオ様のために勝手に行動したということになっています。本当に申し訳ございません」



 俺に対して罪悪感を抱いたらしいラセンが謝って来た。



「それがベストな対処だろう。問題はない。逆に、俺のためにこのような状況になってしまって、こちらこそすまない」
「そんなことはないです!」



 2人して謝り合う。どう考えても俺が巻き込んだ形だが、ラセンが引く様子がなかったので無理やり話しを戻す。



「それで持ち物はあったのか?」
「それが・・・マジックバッグはありました。けれど、剣が見つからず探していると・・・騎士団長が陛下に献上したと聞きました。使われている素材が国宝級の逸品のようですね。しかし、なぜか鞘から剣が抜けないらしいので、宝物庫に入れたようです。マジックバッグは捕まった時に没収されました」



 まだ納得しきれていないラセンは終始丁寧語で話す。それはもう気にいていなかった。それよりも、師匠ヴァルードの形見の剣の方が大事だった。マジックバッグの中身の方が大事だった。



「マジックバッグの中身は?」


 だから無意識に声がワントーン低くなってしまっており、ラセンがビクついた気配がした。


「す、すみません。中身までは分からず・・・。あっ、ただ、短剣があったと聞いたような・・・」
「ほう?他には?」


 短剣。それは、師匠の弟子たる証拠。その短剣の事だろうか。


「えーっと、えーっと、あっ!その宝物庫に入れられた剣ですが、一度鍛冶職人を呼んで鞘から剣身を取り出してみるそうです。多分、分解するか、力づくってことだとは思いますが。それが確か・・・今日だったようなー?」



 ブチッ。何かが切れる音がした。
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