はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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人質救出作戦

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「ズィーリオスがいるのに、襲撃に失敗したとはどういうことです?」



 シゼルスが一呼吸おいて、悠揚な態度でアイゼンに尋ねた。



「宰相に感づかれたかもしれない。人質は既に別のところに移動された後だった」



 アイゼンがズィーリオスに視線を向ける。



「アイゼンさんが宰相の気を引いている間に俺が邸宅内を探したが、どこにも姿はなかった。だが、誰か人がいた形跡だけは見つけたから、監禁されていたことは確かだった」
「そして結局何も出来ずに朝を迎えて戻って来たのだ。話で引き留められて、帰って来たのは遅くなってしまったが」



 ズィーリオスが捜索した当時の様子を話し、アイゼンが遅くなったことの理由を告げて、申し訳なさそうに頬を掻いた。



「では、人がいた形跡だけはあったと言うことか。となると・・・・」



 シゼルスが資料をテーブルの上に広げて、情報を精査していく。そして一気に深い集中の世界に入り込んだ。



「君たちのところは上手くいったみたいだな」



 アイゼンがガルムに声を掛けると、ガルムが礼を返す。



「彼は暫く戻ってこないだろうから、君たちは先に休んでいなさい」
「・・・・そうですね。お言葉に甘えて我々は休ませて頂きます」



 数秒程、ガルムはアイゼンと見つめ合っていたが、ガルムが引いて「大地の剣」は仮眠を取りに部屋から出て行った。

 アバドンがめんどくさそうにズィーリオスに尋ね、ズィーリオスは小声で咎めた。



「なあ、俺が突入すれば簡単にリュゼの奴を奪還出来るぞ」
「確かに簡単だろうな。だが、お前はリュゼの自由を奪うつもりか?」
「はぁ?どういうことだ?」
「お前がそんなことしたら、リュゼが自由に生きることが出来なくなる。お前の存在が世界に知れたらどうなるか、想像出来るよな?」
「・・・・ふんっ!」



 ふてくされたアバドンが白けて口を閉ざす。そんなアバドンを見て、ズィーリオスがポツリと零した。



「俺だって、今すぐに救出しに行きたいんだよ」



 アバドンがズィーリオスに勢いよく振り向く。



「あ・・・、悪い」



 アバドンは決まりが悪い顔をして視線を逸らした。そのアバドンとズィーリオスの様子を、アイゼンが静かに眺めていた。

 アバドンの姿は人間だ。けれど、アイゼンはアバドンがただの人間ではないことを察していた。ここ最近、共に行動をしているが、どのような人物かはっきりとは分からない。身体能力はかなり高いが、内包している魔力量が見えない。魔法を使っている姿も見ておらず、属性も分からない。見た目から考えれば闇属性であろうが、どうにも違う気がする。あのリュゼの仲間であればきっと普通ではないのだろう。

 自身の力に絶対の自信を持っているアバドンが、誰かの下に付くような性格には見えない。そんな男が、大人しく他人の言うことを聞いている姿は違和感がある。やはり、リュゼの周りに集まる者達は個性豊かで興味深い。



「もしかして・・・!?」
「お?」
「ナルシアさん!ちょっと手をっ・・・ん?」



 深く考察していたシゼルスが何かに気付き、ナルシアの名を呼んで顔を上げて周囲を見渡すが、だいぶ前に休憩に入った「大地の剣」は誰一人としてこの場にはいない。



「え?さっきまでいた・・・よな?」



 首を傾げて独り言つシゼルスを、アイゼンが休憩させたことを説明した。



「彼女の力が必要だったみたいだが・・・。何か気付いたか?」



 アイゼンはシゼルスに何がしたいのかを聞き出す。



「その人質は、副宰相・・・チェロス侯爵邸にいると思います」
「それで精霊に確認してもらおうということか」
「そうです」



 アイゼンが手を顎に当てて考え込む。ズィーリオスは静かにシゼルスとアイゼンの様子を観察している。アバドンは気だるげに欠伸をしてだらけていた。



「そう思った根拠は?」
「チェロス侯爵と宰相に直接的な共犯関係はありません。宰相の言葉による誘導で、チェロス侯爵が動かされています。本人にその感覚はないでしょう。宰相は自分が操っている証拠を残さないように神経を尖らせています。そこで、ここを見て下さい」



 シゼルスが書類の中から一枚の紙を指さす。アイゼン、ズィーリオスが身を乗り出して、シゼルスが指し示すところを見る。


 そこに書かれていたのは、宰相、娼館、冒険者ギルドのギルマス、裏ギルドの関わりを示す部分であった。




 娼館で、王太子と副宰相の二人が熱を上げていたエルフのルミナス。彼女は同じエルフである冒険者ギルドのギルマスを頼り、エルフの国から出て来た人物だった。それを、ギルマスはルミナスを騙して、裏ギルドに彼女を売ったのだ。売られたルミナスは更に奴隷商に売られ、そして娼館に売られ、娼婦として生きていた。娼婦として生きるエルフは珍しい。精霊と共に生きるエルフの警戒度は高い。そうそう簡単に奴隷商に捕まることはないのだ。だからこそ、娼館でのエルフの人気は高い。

 エルフは仲間意識が高く、同族の結束が高い種族だ。


 しかし、ギルマスが裏切った。


 同族を売ることはご法度だ。例えエルフの国の国外に出たとしても、それを他のエルフに知られたら、問答無用で全エルフを敵に回す。そうしても構わないと判断したのは、自身の地位や裏ギルドとの繋がりがあるからなのだろう。

 それと、宰相との繋がりも。

 宰相は、王太子を引きずり下ろすためにエルフを利用した。順序は分からないが、もしかしたら娼婦のエルフを用意するために、ルミナスをギルマスが連れて来た可能性もある。女好きの王太子には良い餌であろう。

 宰相は、自分の手を使わずにレオナードとシゼルスを利用して、王太子を引きずり下ろすつもりなのだ。そして、もう既に利用されている。娼館での事件は、俺たちにとって必要不可欠な事であったが、それは宰相側も同じだ。宰相がそうなるように手を回していたのだから。

 だったら、こちらも宰相を利用すればいい。宰相の掌の上で踊っているように見せかけ、油断を誘う。



「なるほど、そういうことか。流石レオナード殿下の右腕だ」



 アイゼンがシゼルスの意図に合点がいったようであった。だが、王城の事を知らないズィーリオスは、何のことか把握出来ていない。



「ズィーリオス。そちらの精霊に協力を頼みたい」



 シゼルスの要求にズィーリオスが承諾する。そして、ずっと姿を消して様子を見ていたユヴェーレンに念話する。



『と言うことだから、副宰相のところに偵察に行ってくれ」
『嫌よぉ。なんでリュゼじゃなく他の人を助けるためにぃ、私が働かないといけないわけぇ?それに私ぃ、場所分からないわよぉ』
『・・・・』



 ズィーリオスが当惑して黙り込む。シゼルスとアイゼンは、そのズィーリオスの途方に暮れた様子に
大方察したようだ。



「・・・仕方ない。人を送ろう」



 アイゼンがなんとも言えない顔で妥協案を出した。相手は精霊。契約者がいないこの場に居ない状況で、精霊の協力を得るのは困難だ。



「副宰相にはこれと言った犯罪の証拠はない。だが宰相としては、自分の部下が貴族としてあるまじき醜態を晒したことを野放しにしておくことはないだろう。繋がりを悟られないようにするためにも、切り捨てるはずだ。となれば、犯罪を擦り付けようとするはず」
「だから、人質は副宰相のところにいるということですか?」
「そうだ」



 アイゼンにズィーリオスが尋ね、返答する。様々に深慮した結果、それが最も確率の高い答案であった。


「宰相を抑えることが出来れば、そのまま冒険者ギルドのギルマスを抑え込める。ギルマスの方には既に人を配置しているから、後は指示を出すだけだ。先にギルマスを抑え込みに動いて、こちらが繋がりに気付いていることを悟られるわけにはいかない。慎重に動かなければ。そして、陛下にこの繋がりを証明出来れば、これ以上リュゼの立場が危うくなることはない。陛下の説得は私が行う予定だ。そして、殿下とリュゼの身柄の解放を迫ろう」


 アイゼンが目的と今後の流れなどを全員に伝える。


 ズィーリオスはリュゼの解放のために協力するだけ。無関係に見える作戦も、何かしらの意図があるものと考えて協力していた。作戦の意図を理解している方が安心出来るが、彼らが無意味な事をするとは思っていない。だから、わざわざ尋ねて無駄な時間を使わせるつもりはないのだ。一刻も早く、リュゼを救出するためにも。

 そのため未だに、先ほどシゼルスが指し示していた資料との関係性は分かっていない。けれど、その人質を救助出来れば、獣人の騎士をこちら側に引き込める。それは分かっていた。現状で唯一、宰相が人を拉致監禁したことを証言出来る人物なのだから。



 ズィーリオスは自身をそう納得させて、外を見る。そして、顔を青褪めさせた。
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