上 下
225 / 340

第一作戦の効果

しおりを挟む
「ご苦労だったね」
「これぐらいのことはなんてこともないです」



 シゼルスが「大地の剣」に対してにこやかに声を掛け、ガルムが代表して謙遜する。日が昇ってすぐの早朝の時間。王都のカストレア家の別邸の一室は現在、第四王子奪還、並びにリュゼ釈放の作戦会議室へと変貌していた。



「そんなことはない。君たちは今回の作戦の要だったのだぞ」



 シゼルスの堂々とした態度にガルム達は舌を巻く。これが12,3歳の子供の姿だろうか。子供らしいリュゼと一個違いの弟とは思えない。普通の貴族の子供ではない。これこそが英雄家、バルネリアの人間か。

 冒険者という立場上、依頼で貴族に面会することは度々あった。けれど、多くは金や地位に固執した汚い人間たちであったので、貴族にあまり良い印象は持っていない。特に、そのような傾向を持つ親の子供は更に酷かった。そのため、それなりに貴族との関わったことがあるガルム達であっても、まるで大人アイゼンのような貫禄を持ち始めている目の前の貴族の子供を、1人の上に立つ人間として認めるのにそう時間はかからなかった。それこそ、今までの貴族と比べるなど烏滸がましい。


 アイゼンとシゼルスの2人が上に立ち、ガルム達やその他の部下たちを動かしていた。そのため、アイゼンがいない時は、必然的にシゼルスが指揮を執ることになっている。そう、今のように。



「ありがとうございます」



 ガルムの言葉に合わせて全員が頭を下げる。貴族の下で使われたくないから冒険者という道を選んだ。そんな彼らにとって、一時的と言えども貴族の配下に入るのは遠慮したいことだ。けれど、貴族シゼルスの配下ならば許容出来る。「大地の剣」の全員の感情が一致していた。

 だから思わず、微笑が零れる。



「部下に今朝方の街の様子を探らせたが、早くも噂が広まっていた。それだけ君たちの仕事が上手くいったという証拠だ」



 学園では氷の貴公子などと呼ばれているシゼルスが、兄がいない場で一笑するのは珍しい。けれどこの場には、そのことを突っ込めるほど知っている者はいなかった。



「特に、“王太子が娼婦に熱を上げている”、“ネーデの英雄と呼ばれる高ランクの冒険者にいきなり攻撃した暴君”、“公務をせず遊び惚けているろくでなし”。この3つが大々的に広まっているようだ」



 シゼルスの口角が片側だけゆっくりと上がっていき、嘲るように笑う。氷属性ではないはずのシゼルスから感じるヒヤリとした感覚に、ガルム達は背筋が震えた。アイゼンとは別の次元で敵に回してはいけない人物だと。



「最後の“公務をせず遊び惚けているろくでなし”は、今まで昼間にもその姿を見ている者達が多かったことから、今回の事件を受けて派生した噂のようだ。事件があったおかげで顕在化した噂とも言える」



 楽しそうに含み笑いを浮かべたシゼルスに、ガルム達は苦笑いを浮かべて受け流した。



「あの。シゼルス様」
「なに?」



 突然、ジェイドが声を上げる。尋ねられたシゼルスは笑みを消し、不思議そうに見返した。



「あのまま帰って来て大丈夫だったのでしょうか?」



 憂色を濃くしてシゼルスに尋ねるジェイドだったが、尋ねられたシゼルスは気にした様子もなくあっけらかんと答える。



「大丈夫だ。お前たちは一切手を出していないのだろう?混乱に乗じて逃げ出そうとしていた副宰相も、流石にあの野次馬の中から顔を認識されずに離れることは不可能だ。実際、お前たちが道に弾き飛ばされ、そこで王太子が騒いだことで副宰相の存在も明るみになった。あのような、商人たちも集まる場所なら、王城に登城する商人がいてもおかしくない。顔が割れてしまうにも仕方がないことだ」



 意味深にシゼルスが「大地の剣」の女性陣に視線を向ける。彼女たちは苦笑するしかない。

 男性陣が高級娼館のナンバーワン娼婦、ルミナスを餌にして王太子と副宰相を衆目の目に晒すよう占仕向け、女性陣は冒険者や商人たちから王太子や副宰相の情報を集めながら、意図的に彼らが王太子の騒ぎを目撃するように仕向けていた。王太子を知らない人物にも、あの人物こそが王太子であると認識させるために。


 騒ぎが大きくなったことで、王太子と副宰相は慌てて逃げ出していた。王太子に至っては、建物の入り口を破壊したことで、王城に賠償請求が届いていてもおかしくない。

 シゼルスは書類にある娼館のオーナーについての情報を見る。あの事件の後、建物の復旧のために娼館は営業を停止させたらしいので、もしかしたら追加で請求額が上がっている可能性もある。どちらにせよ、あの娼館のオーナーが、相手が王族だからという理由で請求を躊躇するような人物ではない。確実に王城に賠償請求書が届いているはずだ。

 最初の作戦は上手くいった。次の作戦はどうなったか。シゼルスは侍女を呼び出し、アイゼンが帰って来ているかを尋ねるが、まだ戻っていないようだ。

 早く、早く!戻りが遅いアイゼンに苛立ちが募る。シゼルスは焦っていた。時間がない。一つの作戦は片付いた。次は、同時並行で動いていた、アイゼンが直接指揮を執っている作戦だ。更に次に移るには、そのアイゼンからの報告を待たないといけないのだ。時計を見て時刻を確認する。予定の時間を大幅に過ぎている。

 シゼルスの指が、テーブルに打ち付けられる音が規則正しく聞こえる。「大地の剣」はお互いに顔を見合わせて、アネットが代表してシゼルスに話しかけた。



「シゼルス様。我々がアイゼン様の下に確認に参りましょうか?」
「・・・・いや、その必要はないよ。カストレア卿にはズィーリオスたちが付いているんだ。失敗するはずがない。君たちは休んでくれ」



 シゼルスの言葉と表情は乖離していた。危惧していないと言いながら、鬼胎を抱いている。今だけは、無理して大人になろうとしている子供の姿であった。そんなシゼルスの姿に、子供好きのガルムが何も思わないわけがない。酒を飲み、一晩中起きていた「大地の剣」は、それぞれの疲労と眠気を無理やり跳ね除け、自身に喝を入れる。



「シゼルス様の方こそ休んでください。貴方が倒れられては、殿下もリュゼも助けられません。私たちがアイゼン様の様子を確認してきますので、それまで休んできてください」
「いや、それはダメだ。君たちこそ休まなければ」



 シゼルスと「大地の剣」の押し問答が繰り広げられた時、ナルシアの声が意図せずして割って入った。



「帰って来た」



 途端に部屋が静まり返り、シゼルスの目の色が明るくなる。元気になった姿に一同がホッと一息ついていると、待ちに待った人物たちが入って来た。



「待ってたぞ!どうなった!?」



 開口一番にシゼルスがアイゼンに詰め寄る。その姿にアイゼンは苦笑いし、興奮するシゼルスを宥めだした。



「落ち着け。取り敢えず報告するから座りなさい」



 アイゼンの誘導にシゼルスは不承不承頷き、大人しく席に着く。アイゼンの後ろに付いて来ていたズィーリオスとアバドンは、既に勝手に席についていた。



「残念ながら襲撃は失敗した」
「っ!?」



 シゼルスの目が点になる。「大地の剣」もシゼルスと同様に愕然としていた。


 今回のリュゼの投獄やレオナードの拘束には、宰相が裏で糸を引いていることが分かっていた。あまり知られてはいないが、宰相は第二王子派の筆頭である。王太子を追い落とすためにレオナードを利用し、シゼルス達がどうしても動かなければならない状況を作りだした。それが今回の出来事であった。

 自分が直接関わっていないように見せるために、表向きは怪しい点はなかった。しかし、宰相と会うたびに、レオナードとシゼルスは違和感を持っていた。それを調べた結果が冒険者ギルドのギルドマスターと裏ギルド、そして宰相の関与である。けれど、証拠らしい証拠は見つからない。そんな時に、王城で情報を集めていたユヴェーレンが面白い情報を持って来たのだ。

 宰相が、獣人騎士の母親を自身の屋敷の地下に監禁、人質にし、その騎士を脅している、と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

転生先ではゆっくりと生きたい

ひつじ
ファンタジー
勉強を頑張っても、仕事を頑張っても誰からも愛されなかったし必要とされなかった藤田明彦。 事故で死んだ明彦が出会ったのは…… 転生先では愛されたいし必要とされたい。明彦改めソラはこの広い空を見ながらゆっくりと生きることを決めた 小説家になろうでも連載中です。 なろうの方が話数が多いです。 https://ncode.syosetu.com/n8964gh/

まさか転生? 

花菱
ファンタジー
気付いたら異世界?  しかも身体が? 一体どうなってるの… あれ?でも…… 滑舌かなり悪く、ご都合主義のお話。 初めてなので作者にも今後どうなっていくのか分からない……

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

処理中です...