はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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娼婦をめぐる男たち

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 ジェイドを揶揄いながら、酒が入りさらに話に盛り上がっていると、扉がノックされた。何事かと話し声が止まる。

 女が入口に声を掛けると、中に従業員の男が入って来た。



「ルミナスさんのご指名が入りました」



 その一言で、エルフの女・・・ルミナスが姿勢を正し、改まったようにガルムとジェイドを見つめる。



「お客さんがいらっしゃったようなので、私はここで失礼いたします」



 頭を軽く下げてルミナスは立ち上がる。そして女にも挨拶をした後、部屋から出て行こうとした時、扉の向こう側から慌てた従業員の声が聞こえて来た。ガルムとジェイド、ルミナスが音が聞こえる方向に顔を向け、動きを止める。しかし、女だけは瞬時に表情を引き締めて、弾かれたように立ち上がって部屋から出て行った。その際、ルミナスに部屋から出ないようにと指示し、従業員の男も部屋に残こるようにと言い残した。



「何が起きているんだ?」



 顔が少しだけ赤くなったガルムが従業員の男に声を掛ける。けれど、この場の従業員も知らない出来事が起きたようであった。



「この私が先にルミナスに会いに来たのだぞ!!なぜ後から来た奴に譲って帰らなければならないのだ!!」



 部屋の外から男の怒鳴り散らす声が聞こえて来た。結構近いところにいるらしい。隣の部屋だろうか。はっきりと聞こえる。そのお陰でこの場の全員が状況を把握した。ルミナスを指名して来るのを待っている間に、後から来た人物もルミナスを指名したのだ。そして、先に来た男よりも、後から来た人物に優先しようとして問題が生じているというところだ。

 騒ぐ男は、ルミナスも知っている客のようだ。その怒鳴り声にビクッと肩を震わせた。



「この私が誰か分からぬのか!!こんな娼館など、簡単に潰してしまえるのだぞ!!」



 怒れる男が脅しの言葉を吐き出す。ルミナスの肩が震える。今ルミナスを取り合っている男たちは、ルミナスの固定客であった。そして今までは予約をしていたり、タイミングが運良く被らなかったことでこのような事が起きることはなかった。たまたま今日は、両者とも予約なしで突発的に来店していたのだ。それも運良くで。



「ルミナスに会わせろっ!彼女は私を選んでくれるはずだ!私たちは愛し合っている!」



 ルミナスが唇を噛み締め、下を向いて両腕で自身を抱き締める。その様子はどこからどう見ても、愛し合っている男女の間柄には見えない。完全に男の独り善がりであった。



「ん?」



 ガルムの耳がピクリと反応する。



「ガルムさん、どうしたんすか?」



 ジェイドがガルムに尋ねると、声尾に反応した従業員の男とルミナスもガルムに視線を向ける。



「どうやら隣の男の声が、もう一人のお客のところまで聞こえていたらしい。こっちに向かって来てる」
「え!?」



 ガルムの言葉に即座に反応を示したのは、ジェイドではない。従業員の男がガルムに真偽を再度確認し、青褪めだした。男は震えるルミナスに向き直る。



「ルミナスさんは指示があるまでここにいて下さい。お客様、申し訳ありませんが暫くルミナスをこちらの部屋で守ってやってください!お願いします!」



 男はガルム達の返事を待たずに急いで出て行った。外の騒音とは別に、室内には静寂が訪れる。



「ちゃんと守るから心配するな」
「すみません」
「ずっと立ってるのも大変っすから座っていてください」



 ガルムとジェイドがルミナスに優しく声を掛ける。ルミナスがおずおずとソファーに腰を掛けたのを確認すると、ジェイドがガルムに近づき、ルミナスに聞こえないように小声で話しかける。



「今、どんな状況っすか?」
「もう1人の客がもう少しで隣の部屋に辿り着く。両方とも護衛は連れてきていないようだ」



 ガルムの熊耳が忙しなく動く。周囲の気配を探りながら、音で情報を集めているのだ。ジェイドが気配を殺して静かに扉を開き、その隙間から隣の部屋の様子を探る。



「私は侯爵家の者だぞ!お前たち、ただで済むと思っているのか!」



 隣から一際大きい声が発せられた。庶民にとっては爵位など関係なく、貴族は貴族だ。そのため、怒れる男は爵位でビビらせようとしたのだろう。けれど。



「なんだ。たかが侯爵家の者が俺の女に手を出していたのか?貴様こそただで済むとでも?」



 隣の部屋に辿り着いた男が、扉を開けながら中にいる怒れる男に声を掛けた。



「なっ!?なんで貴方がここに!?」



 すると隣の部屋から驚愕した男の声が聞こえて来た。隣の部屋にやって来た男は、20代前半の若い男。隣の部屋にいたのは40~50代頃の男、副宰相チェロス侯爵。チェロス侯爵はどうやら、若い男を知っているらしい。怒鳴り散らかしていたのが嘘のように静かになる。



「今のうちに一度外に出て、別口から室内に戻ろう。流石にこの空気の中で、突っ切って奥にいくのは無理があるだろう?」



 小声でガルムはルミナスに尋ねる。彼女が落ち着くまでの時間と、この後するかもしれない仕事までの準備に必要な時間確保ためにも、この場から移動する必要があった。ルミナスは躊躇しながらも小さく頷く。

 若い男はまだ廊下に立っており、出てしまったらすぐにバレる可能性がある。しかし、気配を消し、ルミナスさえ見えないように守りながら移動すれば、誤魔化すことは出来るだろう。大柄なガルムを盾にして、ルミナスがそろりと部屋の外へ足を踏み出す。一番近い出口は入口だ。そこに向かうには、騒ぐ男たちに背を向けることになる。そのため、ジェイドはルミナスの背後から付いて行く。



「妻子持ちの貴様が、俺の女に手を出したと知られたらどうなるか分かっているな?」



 若い男がニヤリと口角を上げる。薄暗い室内で、若い男の金髪が光に反射し存在を主張する。ガルムたちは、一歩一歩慎重に扉から外に出て離れていく。

 その時、一気に顔面蒼白となった中年男が部屋から飛び出し、若い男の足元に跪いた。が、飛び出してきた小太りの前髪が後退し始めている男が、視界に入ってしまったガルム達の方向を二度見した。



「あっ!ルミナス!?」
「なんだと!?」



 中年男の声が響く。若い男も中年男の向く方向を即座に見る。ピタリとガルムたちの足が止まった。



「ルミナス。その男たちは誰だ」



 若い男が低い声でルミナスに声を掛ける。自分の名前に反応したルミナスの体が震え出した。両手を胸の前で組み、カタカタと震えている。ルミナスは、返事をしようと振り返って口を開いた。けれど、言葉が紡がれるより先に、若い男が動いた。



「退けッ!!」



 中年オヤジを蹴り飛ばし、一番近い位置にいたジェイドに殴りかかる。ジェイドは即座に振り向き、腕でガードしながら攻撃を受ける。男の拳には身体強化が掛かっていた。ジェイドは殴られた勢いのまま、建物の入り口を破壊して外へと吹き飛ばされる。

 ガルムはルミナスを抱き上げて、若い男から距離を取った。それがまずかった。男がジェイドの次にガルムを標的にした。そして自身の拳が届かないことを瞬時に悟ると、魔法を放ちだした。危険すぎる行いに、従業員たちが慌てだす。ルミナスを抱き上げたまま回避するが、如何せん動きにくい。

 ガルムは逃げながら、最初に会った女を探していた。そして見つけた女に目配せを行う。それだけでおおよその意図は伝わったようだ。女が従業員に指示を飛ばしだしたのを確認したガルムは、飛んできた魔法攻撃を背中に諸に受けながら、建物の壁を破壊してジェイドと同じ外に飛んでいく。ルミナスを守るため、攻撃を受けた背中で壁に激突していた。



「お互いに盛大に飛ばされたっすねー。ガルムさんの方がダメージデカそうっすけど、大丈夫っすか?」



 ガルムは、足で摩擦を生じさせながらスピードを緩めて止まる。


 人が集まる時間帯。有名な高級娼館。
 そこで始まった騒ぎに、周囲から人が集まりだしていた。



「ふんっ。この程度で怪我をするわけがないだろ?」



 ルミナスを自力で立たせて解放し、埃を払いながらガルムが立ち上がる。軽口を飛ばし合う二人に怪我らしい怪我はどこにもなかった。人垣になりだしている見物人の間を縫って、従業員がルミナスを保護しに来た。



「俺の女に手を出してただで済むと思うなよっ!!」


 そのままルミナスを避難させ、ガルム達は追って出て来た若い男に目を向ける。そして、集まって来た見物人たちに聞こえる様に、ガルムは大きな声で叫んだ。


「なんで王太子が娼館に足を運んでいるんだ!?」


 直後、ざわめきが広まった。王太子の顔を知らない者たちが、初めて見た王太子の姿。王太子が口にした言葉と合わさり、庶民の間に一つの現実が瞬く間に広まっていく。




 “王太子は娼婦に熱を上げている”。




 しかし、激昂している王太子は気付かない。再びガルムが大声を上げる。



「王太子殿下!!聞いてください!私どもはルミナスさんの護衛です!護衛を依頼されただけで、殿下が思っているような関係ではありません!」



 ガルムの言葉に周囲の野次馬が再び騒めく。


「あ、俺あの人達知っているぞ!」
「俺も」
「私も聞いたことあるわ。確かネーデの英雄の・・・」


 野次馬の中から上がった声が、伝播していく。そして噂は噂を呼び、憶測を交えて恐るべき速さで広がっていった。
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