はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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獄中

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『はー。それで俺はこんなところにぶち込まれたのかー』



 監獄の中で、ユヴェーレンの話を聞いて今の現状に至った経緯を知る。直接関わることがなくなっても、バルネリア家は俺が生きているということが問題と感じているようだ。バルネリア家の犯した罪を唯一告発することが可能な人なのだから、躍起になって俺を消し去ろうとするのは分からなくもない。それに、レオとシゼという天才たちが味方に付いているから、復讐されると思っていそうだ。

 監獄に来て何度目かになる溜息を吐く。復讐なんてするつもりはないっての。俺は穏やかに暮らしたいんだ。そっちが俺を無視してくれてたら、一生関わる必要なんてなかったのに。お互いに平和でいられた。

 鉄格子の隙間から廊下を眺める。他の独房がどうなっているのかは分からない。だが、複数の人がいる気配だけは感じる。発狂したのか叫ぶ男の声や、壊れたラジオのようにブツブツと何かを呟いている人。彼らは皆、俺と同じ様に“大罪人”らしい。ユヴェーレンの説明を聞いている時に、拷問部屋と呼ばれるところからやってきた人達であった。看守の漏らした言葉から拾い集めて分かったのは、もう彼らから搾り取れる情報はなく、明日処刑される予定であるらしいということだけだ。きっと俺も同じような扱いを受けるのだろう。

 バルネリア公爵の様子から考えれば、すぐにでも処刑されて口封じされそうな気がする。だが、俺は大人しく拷問される気も、処刑される気もない。レオ達に何か考えがあるだろうから、とりあえずは大人しくして置くが、ヤバくなったらさっさと逃げよう。拷問も処刑もどちらにせよ場所は移動するのだから、逃げる隙はいくらでもあるだろう。


 チラリとユヴェーレンを見る。



『これからどうするのぉ?脱獄するなら手伝うわよぉ?』



 この場に似つかわしくない煌びやかな美女が、首を傾げて妖艶に微笑む。



『いや、とりあえず様子見しておこう。コレも計画の一端かもしれないしな』
『そうかしらぁ?』



 首を振って否定すると、ユヴェーレンは残念そうに唇を突き出した。



『それよりも、今は外の状況が知りたい。あと、ズィーリオス達にも連絡を入れてくれないか?一応、場所が変わったってことは伝えておかないと』
『情報ねぇ!分かったわぁ!そうよねぇ、事前に聖獣に伝えておかないとぉ、周りの制止を振り切ってここに乗り込んで来ちゃうかもしれないものねぇ』



 いや、流石にズィーリオスがそんなことは・・・・するかもしれない。いや、大丈夫かも?・・・読めない。ズィーリオスの行動も心配だが、一緒にいるアバドンも心配だ。契約者を助けに行くという建前を振りかざして暴れ出さないだろうか。・・・ストッパーのズィーリオスもダメだった場合、どうしようもなくなるぞ、これは。


 思考があちらこちらへ飛ぶ。ユヴェーレンに監視を頼むのがもっと安心出来る選択だろう。



『ユヴェーレン。情報を集めながら、あいつらが変な事を仕出かさないように見張っててくれ』
『うふふふっ。良いわよぉ。じゃぁ早速行ってくるわねぇー』



 ウインクを飛ばしてユヴェーレンは壁に消えて行った。ユヴェーレンが平常運転であるだけでも確認出来たのは幸いだ。大きな溜息を吐きながら、いつの間にか張っていた緊張を緩め、壁に凭れかかったまま目を閉じる。そしていつの間にか眠りについた。













 牢獄内に複数の人の足音と話し声が反響し、パッと目を覚ます。凝り固まってバキバキの体を解しながら気配を探る。すると、何やら処刑の日程を早めるらしい。1人の罪人を引き連れて地下から出て行った。地下が少し静かになる。

 息を吐いて目を瞑る。そろそろお腹が空いてきた。昼食は食べ損ねてしまったから、夕食まで待たなければならない。流石に食事抜きということはないだろう。豪華なものは期待してないし、量も少ししかもらえないだろうが、一体どういう感じで食事が出されるのだろうか。不謹慎にも少しだけワクワクしている。普通に生きていたら絶対に経験しないことなのだ。獄中飯に興味がある。


 硬いパンだろうか。スープも付いているだろうか。スープに具はなさそう。それぞれ1つだったりするのだろうか。せめて両方欲しい。片方は喉が渇くし、片方は物足りない。


 完全に体験アトラクションに来た人のような精神状態だった。






 再び地下に人がやって来る気配を感じ取り、意識を地下の入口に向ける。そして分かったのは、今から食事の配給が始まるということだった。図ったようなタイミングにお腹が歓喜の悲鳴を上げる。落ち着け、俺の腹。もう少しの辛抱だろ!じっと配給がやって来るのを待っていると、ついに俺の番になる。期待を込めて鉄格子越しの騎士に視線を向けると、こちらと目が会った瞬間、ピタッと動きが止まってしまった。どうしたと言うのだ?首を傾げて見上げる。早く食事をくれ。俺の腹が限界だ。

 配給の騎士の腕が動くよりも早く、彼の顔が赤く茹で上がった。そして、俺と彼が持っている食事を交互に見た後、唇を噛み締めて耐える様に苦悶の表情を浮かべて、俺にそっとお盆を差し出した。だが、鉄格子が邪魔なので廊下に置かれる。鉄格子の向こうにあるお盆の上には食事が乗せられていた。パンと、器に入ったスープである。自殺や騎士に危害を加える武器にならないように、木材で出来た食器だった。スープ用にスプーンが1つ付いている。

 そしていつの間にか騎士の姿は消えていた。すぐに帰って来て下げられては堪らない。早速食べることにしよう。


 鉄格子の間から腕を伸ばし、パンを手に取る。そして気付いた。そっとパンをあらゆる方向から眺める。確認した後、パンを千切る。その断面を見て、そっとパンをお盆の上に戻した。

 嫌な予感がする。スープの方に手を伸ばす。手にした器の中身を零さないように、慎重に鉄格子の間を通し、意を決してスープの中身を覗き込んだ。視界にそいつが入った瞬間に、思わず鉄格子の向こう側に器ごとスープを放り投げた。器が床にぶつかる音、液体が床に飛び散る音、そして視界に移りこむ蠢く黒。


 条件反射であった。即座に独房の奥に移動して、廊下から距離を取る。俺がスープをばら撒いたことに気付いた看守がやって来て、猛烈に怒鳴り散らす。掃除しなければならないと騒いでいた。


 だが、俺にはそんなことは関係ない。あんなもの、食べ物じゃない。食えるわけがない!!俺の食欲は完全に失せていた。腹も大人しく黙り込んだ。



 パンは殆どカビていた。中身も外も。無事で食べられそうなところは殆どなかった。
 スープは、スープとは言えないものだった。蠢く生きている虫が入っていた。それも小さいのから大きいものまで。あの黒い全人類の天敵と言える奴も。

 見た目が悪くても美味しい物もあると、俺はアバドンから学んだが、流石にあれは食べてはいけないものだということは直ぐに分かった。いや、食べ物ではない。こんなもの食事ではない!

 俺は虫は無理なのだ。そんなものを食べれるわけがない。例えアバドンが作ってくれた料理だとしても、虫はごめんだ!

 楽しみにしていた自分が馬鹿らしい。こんなふざけたものが出て来ると分かっていたならば、いっそ眠ったままの方が良かった。睡眠は空腹を抑える。寝て過ごすしかないだろう。だが、極度の空腹は眠気を凌駕する。今日一日中、食事を抜くことになるのだった。
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