はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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副宰相と騎士団長

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「お久しぶりです。副宰相閣下」



 ハーデル王国の国章を胸に付けた男が、優美な騎士服に身を包み、前髪が後退し始めた小太りの中年の男の前に現れる。入室した両者は互いに簡単な礼をした後、慣れたように部屋を移動した。騎士服を身に纏った王国騎士団長が副宰相と呼ばれた男に挨拶を交わす。



「久しぶりだな、スペーラム伯。ご息女の様子は如何かな?」



 副宰相と呼ばれたチェロス侯爵が、騎士団長に対面のソファーに座るように促す。そして、チェロス侯爵は手始めに、騎士団長の一人娘である、スペーラム伯爵令嬢の様子について尋ねる。



「変わらず元気に過ごしております。婚約してからというもの、ご子息に似合う淑女に成れるように教育係をつけているので、忙しくしているようです」
「そうか。元気ならば良かった。そろそろ学園の卒業パーティーの時期ですからな」



 騎士団長が入室した後に出された紅茶を飲みながら、穏やかに副宰相は笑う。それに同意した後、騎士団長も軽く紅茶を口に含む。副宰相とは違い、騎士団長の顔は緊張したように張り詰めていた。



「緊張する必要はないぞ。なに、君に頼んだことが出来ている限り、我が息子と君のご息女の婚約が破棄されることはない。そうだろう?」



 副宰相はニヤリとせせら笑う。



「ええ。分かっております」



 騎士団長はそんな副宰相の言葉に、溢れる感情を飲み込むように抑えながら答える。



「代々騎士団長を輩出するスペーラム家で合っても、ご息女しかいないのならば騎士団長の座を他家の者に譲ることになるのは致し方ない。それよりも、スペーラム家の存続のために跡取りを他所から入れる方が良い。我がチェロス家は次男の方に家を継がせることとした。そして長男の方をスペーラム家に婿入りさせる」



 副宰相はチラリと騎士団長の様子を見ながら顎を触る。



「だが、簡単に君たちの家の役職たる騎士団長のイスを渡すことは出来ない。しかし、第三王子が継ぐのであれば、誰も文句は言わないし、君としても納得できる話だったはずだ。君は第三王子に騎士団長の座に座るように誘導して、騎士の道を選ばせることが我が家と婚約を結ぶ条件だ。だから優秀な長男をそちらにやることにした。しかし、何か不満でもあるのか?」



 副宰相から突き刺さる視線に、騎士団長は冷汗を浮かばせる。大事な娘のために、この婚約が破棄になることだけは絶対に避けなければいけなかった。だから敢えて、王位争いから第三王子派を追い落とすため、王子自身が継承権を破棄するように動いた。そして、それは狙い通りにいき、数カ月前に第三王子が王位継承権を破棄して王位争いから脱退した。未だに第三王子派で巻き返しを狙っている者たちもいるが、第三王子の頑固さは有名であり、騎士になると決めたからには騎士になるだろうと、誰もが疑わなかった。案の定、王子は騎士団に所属を変え、一騎士として日々訓練の励んでいる。

 そしてゆくゆくは、騎士団長の地位に立つと既に確定しているような状態であった。それか、所属が少し違う近衛騎士になるかもしれない。けれど、騎士団長となれば、そのどちらも統括する立場であるので、どういう経路を辿ろうとしても最終到達点は変わらないだろう。

 前から、第三王子が騎士団長に憧れを持っていることは知っていた。だが、尊敬の眼差しは受けるが直接交流することはなかった。だから今回の件が上がった時に、騎士団長自ら近づいた。すると、聞いていた以上に素直に指示に従ってくれていた。騎士団長の座を使って利用していることに、罪悪感を持つほどに。



「それが、今日、あの裁判で出てたバルネリアと王子が会ったのですが、軽く手合わせをし、バルネリアが負けた後、王子がかなり不機嫌だったのです。理由を訊ねましたが、教えてくれませんでした」
「なんだ?それで、王子が騎士を止めるとでも思っていたのか?」



 飽きれたように副宰相が告げる。

 本来、バルネリアが護衛対象である王家の人間と手合わせをすることはない。いつ何が起こっても対処できるように、細心の注意を払わないといけないのが、バルネリアの役割だ。そのため、例え専属ではない王族が相手だとしても、怪我をさせる可能性のある事はしないのだ。しかし、第三王子は根っからの戦い好き。王子として鍛錬をしていた頃から、バルネリアと戦ってみたいと言っていたことは王城で働くものなら皆知っている。そして、王家の枠から離れることが決定した王子であれば、バルネリアと一戦交えることが可能であった。

 けれど、待ちに待った第三王子が初めて相手にしたバルネリアは、あの無能と名高い落ちこぼれ。強い強いと言われているバルネリアの姿としては、期待外れも甚だしい。




「エルフ並みの莫大な魔力量だけが取り柄だった者が、属性だけでなく魔力も失っていたとあれば、そこらの騎士と大した違いはないだろう。多少剣の腕が良かったとしても、他より体が丈夫なだけの人間など、獣人と変わらん。まあ、その体に流れる血だけしかそ奴に価値はない。気にしなくとも良いだろ。あの脳筋王子であっても、後でそのことを丁寧に説明してあげれば、気分も直る」




 副宰相は手をヒラヒラと振って、馬鹿らしいとばかりに吐き捨てる。壁際で直立不動で待機していた侍女が近づき、空になった副宰相のカップに新しい紅茶を注ぐ。




「それなら安心ですが・・・」



 ポツリと呟いた言葉は副宰相には届かない。聞き返されてなんでもないと答え、誤魔化すように騎士団長も紅茶のお代わりをもらう。



「ま、その無能のバルネリアが演習場に来てくれたのはラッキーであったな。だが、なんで演習場にきていたのだ?」



 副宰相が話を変えて聞く。



「それが、そのバルネリアの監視で付けてた騎士が、ずっと部屋に籠って暇そうだからと、演習場の使用許可を求めて来たのです。どうやらその平民の騎士もバルネリアに憧れがある者だったので、念のために許可を出しておきました。名目上は第四王子の客人となっているので、第三王子と手合わせさせたいがために引っ張りだすことは出来ません。しかし第三王子の願いを叶えて差し上げようと思い、自主的にあちらからやって来れば、後は王子が直接誘えば逃げることは出来ないので受けるしかないと踏みました」



 騎士団長の言葉に副宰相は面白そうに、けれど邪気たっぷりに口元を吊り上げる。



「ほお。第三王子は心強い人物を味方につけたようだな?」



 その言葉が意味するのは、そのまま受け取って良いものではない。騎士団長も苦笑いを浮かべて対応した。



「所詮、庶民や配下を使うということはそういうことだ。わし等上に立つ者が導いてやらねばならん。その庶民だって、憧れのバルネリアに会えたのだから騙されたとは思わないだろう。憧れと言えども無能な存在に幻滅しただろうがな!」



 豪快に副宰相は哄笑する。副宰相という地位に置いて、彼の上に立つ者の存在は少ない。彼の直属の上司である宰相、国王陛下、そしてバルネリア公爵。他の公爵の地位に立つ者も勿論存在するが、バルネリア家だけは、存在自体が国政の重要な柱になっているのだ。だからこそ、他の公爵家とは一線を画す。例えチェロス侯爵家が、宰相の地位にあってもバルネリアがその下にくることはないのだ。ただの家格だけが権力者の序列に影響する訳ではない。きっとバルネリア家が伯爵位だったとしても、その地位はそこらの侯爵位と同等または上になるだろう。


 不安要素が消えた騎士団長は、心置きなく副宰相と自分たちの子供の婚姻について話を詰め、暫くして解散となった。
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