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騎士団

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 振り下ろされた剣は、俺を捉えることはなかった。少しだけ上体を左に傾けただけで、相手の剣先が自ら避ける様に逸れていったのだ。単純に相手の剣の腕前が拙過ぎる。両腕に込める力が均等ではないので、垂直に剣を振り下ろすことが出来ておらず、剣筋がブレているのだ。これで王国の騎士団というのは、騎士団の質を下げ過ぎてはいないだろうか。王国、これで良いのか?


 剣が空を切ったことが衝撃だったようで、相手の男は更にイラついたみたいだ。周囲の取り巻き達も剣を抜き出す。様子を窺っていた周囲の見物人たちが、これまで以上にザワつきだした。

 彼らの苛立ちが俺にも伝染したようだ。剣を抜いた全員をあの世に送りたくなる。隠すことのない殺気が俺に向けられる。しかし、戦場に立ったことがないのだろうお坊ちゃんたちの殺気は、恐怖を感じるないほどただただ鬱陶しいだけだ。

 ピクっと指先が動く。ああそうだ、今帯剣していないのだった。全員ぶん殴って潰すか?いやいや、殲滅するのは流石にレオとシゼに迷惑が掛かりそうだ。・・・戦闘不能にするぐらいは良いよな?


 ニヤリと口角が上がる。そんな俺を見た男たちが、目に恐怖の色を浮かべながらも、人数差による自信から蔑んだ表情でこちらを見据えてきた。



「な、なんだよ。そんなに殺されたいのか?」



 俺の包囲を完成させ、勝てると確信したらしく慢心している。だが、あまりにも隙が多すぎる。本当にこいつらは騎士なのだろうか。全ての騎士たちがこいつらと同じ実力とは思わないが、流石に正規の騎士ではないだろう。良くても見習いレベルだ。

 相手の質問に答えることはせず、笑みを深める。



「や、殺れ!」



 男の合図と共に取り巻き達が一斉に斬りかかって来た。うん、全員男と同じ程度の実力しかないな。ジャンプで包囲された中心部から飛び上がり、攻撃を避け男の目の前に着地する。男は驚きのあまりただ剣を構えているだけで、反応が遅かった。手首を叩き、剣を手放させて顔面に一発殴りこむ。鼻骨が折れる感覚と共に、相手は頭部を仰け反らせて鼻血を吹きながら後ろ向きに倒れた。

 辺りがシーンと静まり返る。



「イバーリ様!!大丈夫ですか!?」



 取り巻き達が男に駆け寄る。数名は男を守るように俺と男の間に立って睨み付けて来る。



「お前!!こんなことを仕出かしてただで済むと思うなよっ!?どこのどいつか知らないが、お前はもう終わりだ!家族もろとも殺してやる!!」



 取り巻き達によって背を支えられて起き上がった男が喚く。その言葉に取り巻き達がより一層蔑み、嘲弄する。


 その時、周囲がいきなりざわつきだした。それも、今までのざわつき方とは全く違う。慌てたような雰囲気を感じた。その方向に顔を向けると、人垣が割れて中から3人の人物がやって来た。

 1人はガタイが良く、周りよりも豪華な騎士服を着た人物で、もう1人はレオとよく似た顔を持つ活発そうな印象の青年。そして最後に、俺をここまで案内してくれた騎士が真っ青な顔をしていた。


 豪華な騎士服の人物が俺と、鼻血を出している男とその取り巻きを見つめる。取り巻き達の周囲には、手放した剣が散乱していた。



「団長!!そこのよそ者がイバーリ様に手を出しました!!」



 取り巻きのうちの1人が、豪華な騎士服を来た人物に向かって、勝ち誇りながら俺を指差して告げる。



「殿下!この者を捕らえて下さい!!家族もろとも死刑にすべきです!!」



 そして別の取り巻きがレオに似た顔の青年に向かって叫ぶ。やって来たのは、騎士団長と王子のようだ。レオの何番目の兄だろうか。


 王子は取り巻き達の言葉を聞いて俺に視線を向けた後、周囲の人物に向かって声を張り上げた。



「イバーリ侯爵子息に手を出した者を捕らえよ!!」



 その言葉に反応して周囲が俺に向かって動きだそうとした瞬間、騎士団長が全員に止める様に命じた。その命令に騎士たちは動揺し、王子は不服気味に騎士団長に顔を向ける。案内してくれた騎士が2人の後ろでオロオロと俺と騎士団長を交互に見ている。口を挿みたくとも挿めない、そんな雰囲気だ。



「そこのお前、何が起こったのか説明しろ」



 騎士団長が王子に何かを説明した後、近くにいた騎士に事の詳細を訊ねる。指名された騎士は俺の顔を見た後、目を泳がせながら時折チラリとイバーリとやらの様子を窺いつつ口を開く。それは完全にイバーリとやらを庇う嘘の証言だった。

 イバーリと取り巻き達がニタニタと俺に勝ち誇った視線を向けて来る。



「その証言に嘘はないな?」
「は、はい!」



 騎士団長が証言した男に確認を取る。そして、周囲の人垣にも確認するような視線を向けると、人々は目を泳がしたり、小さく頷きながら肯定する。

 なるほど、イバーリ家とやらはかなり権力を有しているらしい。侯爵家ならば分からなくもないが、周囲が自ずと真実を捻じ曲げてまで協力するのは如何なものか。無罪になったばかりなのに再び罪人に逆戻りしそうな雰囲気である。こちらは完全な正当防衛だと言うのに。



「あ、あの!!良いでしょうか!!」



 そんな時、人垣にいた1人の騎士が手を上げて発言の許可を求めた。その騎士は青年になりかけの若い犬耳をした獣人の騎士だった。彼の周りにいた騎士たちが距離を取り、騎士団長が見える様に視線が通るように動く。周囲の騎士たちは、今更何を言い出そうとしているんだとばかりに、その騎士に鋭い視線を向けていた。



「どうした?」
「はい!僕も見ていましたが、その少年に先に剣を向けたのはあの人達です。あっ、その、・・・丸腰の1人に対して、剣を持った複数人で襲い掛かって、返り討ちに・・・・」



 獣人の彼は、イバーリ達に睨み付けられ、次第に語尾に勢いを無くしていく。耳が後ろにペタリと曲がり、ふっさふさの尻尾が股の間に入って縮こまっている。あ、可愛い。もふもふの供給不足の俺は、再び冤罪になりかけている状況で、完全に獣人の彼の尻尾に意識を持っていかれていた。



「団長!そんな獣臭い庶民の話など聞く必要はありません!!」



 そこにイバーリが反論した。けれど騎士団長がイバーリの言葉を遮り、イバーリは押し黙る。



「嘘の供述をした者たちは、今日から1か月間、毎日騎士団宿舎の全てのトイレの掃除と、訓練道具の手入れを行ってもらう。全員にもう一度聞く。先に手を出したのはどちらだ?」



 騎士団長の静かな威圧に負けたのか、それとも相当トイレ掃除が嫌なのか、皆の視線がイバーリ達に向く。その様子にイバーリ達は慌てふためき、何度も否定を繰り返して彼らだけが俺が先に手を出したと主張していた。


 その様子に騎士団長は溜息を吐き、王子と何やら話し合う。そして王子が頷き、騎士団長が口を開いた。



「あの者達を連れていけ。怪我人は医務室に連れて行ってからにしろ」



 すると周囲にいた騎士たちが、イバーリたちを捕まえて引っ立てて行った。獣人君の尻尾を見ていると、こちらに近づいてくる気配を感じ顔を向ける。近づいて来ていたのは、騎士団長と王子、それと少し距離を置いて、案内してくれた騎士だった。



「お初にお目にかかる。私は王国騎士団の騎士団長を任されている、ハロルド・スペーラムという。伯爵位に付かせてもらっている。今回はうちの騎士たちが手を出してしまってすまない。恥ずかしいところを見せてしまった」



 差し出された手を握り返す。大きくてゴツゴツとした掌は、豆が潰れ、皮膚が厚くなった剣士の手であった。そして隣の王子を紹介される。ここでは、王子は一騎士団員として鍛錬しているらしく、立場としては騎士団長の方が強いようだ。そして王子はレオの一つ上の兄の第三王子であるらしい。ニカッと笑う顔は、好印象に映る。良く言えば快活、悪く言えば脳筋っぽい。



「この前の裁判の時に姿だけ拝見させてもらった。その節はとてもすまなかった、バルネリア公子」



 騎士団長が頭を下げたその瞬間、今日一番の動揺が演習場内に広がり、未だ近くで俺たちの様子を見ていた周りの騎士たちの視線が、俺に集中したのだった。
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