はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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不審なギルドマスター

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「それでは殿下。僕は休憩に入ります」



 シゼルスがレオナードに持っていた書類を渡し、背を向けて扉に向かって歩き出す。それを一瞬呆気にとられて見ていてレオナードは、ハッと我に返り慌てて呼び止める。



「ちょっと待て!さっきも休憩に入っていただろう!?なんで仕事が1つ終わる度に休憩に入ろうとしているんだよ!専属護衛なんだから日中はずっと仕事だろ!?」
「チッ」
「おいっ!」



 レオナードの呼びかけに嫌々ながら振り返ったシゼルスは、あからさまに呼び止められたことに嫌悪感を示していた。レオナードとシゼルスの2人しかおらず、長年共に切磋琢磨した友だからこそ許される態度だ。人の目がある時には絶対にありえない雰囲気だった。



「兄様が暇して待っているんです。会いに行ってあげないと」
「いやいやいや。それはお前が会いに行きたいだけだろ!警護している騎士から報告が来ているじゃないか。ずっと寝て過ごしているんだから、邪魔する方がダメだろ」
「何を言ってるんですか。暇過ぎてやることがないから寝るしか出来ないのでしょう」



 どこまでも大真面目に答えるシゼルスを見て、レオナードは溜息を吐く。リュゼの部屋は王城の中でも奥の方の客室を使っているため、普段レオナード達が仕事をしている執務室もある王宮の西宮からは、尖塔にいた時に比べれば近い位置にいた。それでも片道10分ほどは歩かないといけない距離なので、合間を縫って会いに行くには遠すぎる。特に忙しい今の状況では、休む暇すらない程なのだ。そんな中で最低でも20分も戦力が抜けるのは痛い。

 ジッとレオナードに見つめられていたシゼルスだったが、はあーと大きな溜息を吐いてとぼとぼと自身の執務スペースへと戻る。

 シゼルスも時間がないことは分かっているのだ。それでもこの件の処理が終われば、リュゼは王城から出て行ってしまうと考えると、どうしても会いに行きたくなってしまうのだ。



 レオナードはシゼルスがきちんと仕事に戻ったことを確認し、自分の分の仕事に戻る。


 紙をめくる音、万年筆が紙の上を滑る音、紙の束が纏められる音。室内には事務的な音のみが広がっていた。





 そんな中、ピタリとレオナードの手が止まった。見ているのは、手紙のようである。内容を呼んでいくごとに眉間の皺が深くなる。その異変に気付いたシゼルスが、顔を上げてレオナードを向く。




「どうしました?」
「これを見てみろ」




 レオナードは持っていた手紙をシゼルスに向かって差し出すように、執務机の上に置く。座ったまま届く距離ではないので、シゼルスは立ち上がり、レオナードの下へと移動して手紙を手に取る。それは冒険者ギルドからの連絡であった。



「一度ブラックリスト入りした者は、簡単には除外することは出来ない?ふざけてるの?」



 シゼルスが持っている手紙を睨み付ける。つらつら色々と細かな事情を述べていたが、ようはそういうことであった。



「やはり、今回の件に冒険者ギルドが絡んでいるのは間違いないな」



 レオナードの問いにシゼルスが頷く。冒険者ギルドという組織は、緊急事態が発生した時に、国よりも早く戦力を終結させ事に当たれるのが最大の強みだ。だが、レオナードとシゼルスが誘拐されたと騒がれた時、本来は冒険者ギルドのギルドマスター直々に動くほどの出来事ではないのだ。それは騎士団の仕事であり、職域を冒しかねない出来事だった。冒険者という身内が引き起こした詫びとか言っていたが、あそこまで大きくすることではない。それこそ、誘拐された人物がギルドマスターと仲が良い人物だった場合は、まだあり得る話だが、レオナードとシゼルスは会ったことすらない。気に入っているからというのは言い訳にならないのだ。

 それほど迅速に動いていたのに、ブラックリスト入りした人物の名を削除するだけにこれほど渋る。国王が無罪だと証言したのにも関わらず。冒険者ギルドとしても、冤罪であったと分かっている人物をブラックリスト入りにし続けることが、自分たちの評価を貶めることだと理解していないのだろうか。いや、理解している。していても、リュゼをブラックリストから外さないのには、何らかの思惑があるからだろう。



「失礼します。報告がございます」



 すると1人の影が現れる。レオナードはそちらに目を向けて話すことを許可する。



「部下と共に冒険者ギルドのギルドマスターを探っていたのですが、昨晩、気配を消して人目を気にしながら、歓楽街の酒場に入って行く姿を確認いたしました。その酒場は一見普通の酒場に見えましたが、どうやら一部の人のみが利用出来る地下の個室があるようです」
「ほお。そこで誰かと会っていたのか?」
「はい。直接確認することは出来ませんでしたが、他に2人いるようでした」



 レオナードは執務机の上に両腕をついて完全に聞きの体勢にはいる。シゼルスはレオナードの側に移動しており、影をレオナードの隣から見つめていた。




「誰と会っていたか分かったか?いえ、そこまでは分かりませんでした。ただ、裏ギルドの者達が関わっているのは確認致しました。かなりの実力者が酒場内で客に紛れ込んでおり、個室に続くと思われる入口付近を警戒しているようでした。冒険者ギルドのギルドマスターが会っていたと思われるのは、裏ギルドの中でもかなり地位の高い人物と思われます」
「裏ギルドか・・・」




 レオナードが考え込む。リュゼと再会した時、レオナードとシゼルスは裏ギルドの一員に追われていた。その時から裏ギルドが冒険者ギルドと関わっているとしたならば・・・。


 レオナードは隣に佇むシゼルスに視線を向ける。



「シゼはどう思う?」



 専属護衛としてではなく、友として意見を聞いている。そのことにシゼルスは薄く笑った後、静かに口を開いた。




「王城内にいる地位のある者と、裏ギルド、そして王都の冒険者ギルドのギルドマスター。この3人が関わっているのは明らかでしょう。それに、ギルドマスターが怪しい行動を取っていたのは分かっていますので、ギルドマスターについて今別口から調べさせています。明日、明後日頃には証拠を共に結果が手に入るでしょう」
「え!?お前いつの間にそんなことを!?」
「僕だって、ずっと兄様に会いたいだけで休憩を取っていたわけではないのです」
「さすがだな?」
「褒美は休憩にしてください」
「おい!?」



 シゼルスの仕事の速さにレオナードは関心するが、やはり兄に会いたいという気持ちにブレはないようだ。変なところでリュゼとシゼルスは似ている。離れていても兄弟らしいのだ。

 首を横に振ってレオナードは影に視線を戻す。



「では、お前たちはバルネリア公爵の動きを探ってくれ。一応他のバルネリア家の者達の動きも頼む。時間がない。なるべく早くだ」
「はっ。かしこまりました。それでは失礼します」



 礼をして影は一瞬のうちに消え去る。



「密会をした3人のうちの権力者に心当たりはあるか?」



 レオナードはシゼルスに顔を向けることなく尋ねる。体をイスに預けて、出入り口の方を見つめている。



「ええ。ですが、確信出来るだけの証拠がありません」
「そうか。俺もだ」



 その時、扉をノックする音が響いた。レオナードが入室の許可を出すと、入って来たのは1人の侍女だった。



「レオナード殿下、失礼します。宰相閣下よりお手紙を承りました。こちらをどうぞ」



 そういって差し出された手紙を、シゼルスにが受け取り、届け出と宛先を確認してレオナードに手渡す。そして開封して中を確認したレオナードの目がスッと細くなる。そして、顔がシゼルスに向く。

 手紙で口元を隠しながら、侍女に聞こえない程の大きさの声で、レオナードはボソリとシゼルスに伝えた。



「リュゼの耳飾りの残骸が消えた」
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