はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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提示した証拠〈レオナード視点〉

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「先ほどはあのように言っておりましたが、証拠はきちんと本物だと確認が取れたということですよね?」




 俺は隣を歩く宰相に、顔を向けることなく尋ねる。リュゼの部屋から解散したあと、俺と宰相はまだ話があったので、場所を移動することになった。ここは王城の奥。王宮よりの区画である。外部の者はまなり足を踏み入れない場所の一つであり、この辺りにある一室に向かっていた。その部屋は、王族と役人が会話を行うときに使われる談話室である。

 お互いに忙しく時間がないので、その場所に向かいがてら、人目が減ったところで口を開いたのだった。




「先ほど言った、あなた方を信じたということは本当ですよ?勿論、例の物が本物であるという確信が得られたのも事実ですが」
「それは良かったです」




 当然の結果だと内心頷く。裁判を起こす際、当然ながら一番の問題点は、リュゼがルーデリオ本人であることの証明が困難であるということだった。

 若いうちに髪色が変わることなどあり得ないので、明らかに違う色をしているリュゼは別人にしか見えないのだ。顔を分かっている者だけは本人であると認識出来るが、それはそれだけ接する機会があった者だけであろう。そして幼い頃とある程度大きくなってからの顔は、面影は残っているが変わっていることがほとんどだ。

 見た目も性格も変わってしまっていれば、完全に別人と見られてもしょうがない。リュゼ本人はそこを利用していたようだが、おかげで同一人物であるという証明をすることが大変だった。だがそれも、証拠に成り得るアレを持っていたおかげで事なきを得ることが出来たのだった。本当に、ブラコンがこんなところで役に立つとはな。



「では、アレは返してもらいますね。大事にしている人がいますので」
「ふっ。殿下の専属護衛の事ですか」
「さあ?」
「とぼける必要はないですよ。あれだけ見せつけられれば誰でもわかります」



 普段よりはかなり大人しかったのだが、それでもこの男の目にはシゼルスがリュゼの事を好きであることはバレてしまっていたようだ。それも、だいぶブラコンであることまで。

 目的の場所に到着し、部屋の中に入る。本来なら側には専属護衛であるシゼルスがいるのだが、今日ばかりはリュゼの側に居させてあげようと、連れて来る事はしなかった。その代わり、近衛騎士がついて来ている。騎士も中に入って来るが、扉の前で立ち止まる。そして俺たちは奥のソファーにそれぞれ腰掛けた。騎士の視線はあるが、こちらで話している声までは聞こえない位置だ。


 侍女が紅茶を淹れて下がるまで待つ。
 紅茶を口に含んで目の前の男をチラリとみると、丁度カップを置くところだった。



「例の残骸は後ほどシゼルス君の部屋に届けさせましょう」
「わかりました。よろしくお願いします」



 リュゼがルーデリオであることの証拠が、きちんとシゼルスの元へと戻ることに安堵する。絶対に返せと貸してもらう時にうるさかったからな。

 3か月前の事を回想する。



 シゼルスの予想により絞られた範囲を、影たちに調べさせたところ、リュゼはベッツェにいることが分かった。そして、裏ギルドや国はまだリュゼの居場所を把握していないようだが、バレるのは時間の問題であった。そのため、すぐに手を回して保護することが出来たのだが、その際に裁判の準備も進めなくてはいけなかった。その裁判のために必要になったのが、シゼルスに貸してもらった魔封じの耳飾りの残骸。


 あいつ、あの時まさかの回収をしていたのだ。ボロボロに砕けて、残骸というのも烏滸がましいレベルでの形状だった。なのにそれにも関わらず、袋に入れて保管していた。きっとリュゼ本人は気付いていないはずだ。どうやらあの時、精霊の姿に目を奪われているようであったから。でも、それが良かったのかもしれない。流石にシゼルスに甘いリュゼでも、そんなものを持っていると知ったら怖いだろう。俺なら怖い。ブラコンが怖すぎて黙っていることしか出来なかったのだから。


 だがその残骸が、今回の本人の証明となった。

 俺たちではなく宰相本人に手渡して、証拠として使えるか調べさせた。そうすれば、俺が情報を偽ったとは言えなくなる。残骸に残るリュゼの魔力と、親が残す親の魔力。それがそれぞれ本人と一致した。耳飾りのルーデリオの魔力が、罪人リュゼの魔力と一致。そして、バルネリア公爵夫人の魔力と一致。だから、宰相はリュゼが本人だと認めるしかなかったのだ。


 この男は食えない男だ。リュゼはアイゼン卿がいる前では、俺たちに協力してくれているような様子を見せていたが、そんな分かりやすい男ではない。


 だが、宰相は現在の王太子がそのまま即位することに懐疑的だ。そしてこの男なら、バルネリアの公女と王太子が婚約内定していることぐらいとっくに知っているだろう。バルネリアが王家に近づき過ぎている。だから、バルネリア公爵を牽制する意味も込めて乗ってくれると考えていたが、上手くいったようだ。いい感じに流れが出来ていると判断しても良さそうだ。




「今頃、バルネリア家は慌てふためいているでしょうね」
「ええ。そうですね。特に、貴方が食いついた姿を見せたので」




 宰相の言葉に何気ないように返す。




「ですが、あのような事を言って良かったのですか?殿下の専属護衛も当然バルネリアの人間ですよ?」




 探るように尋ねて来る宰相に、顔色を変えずに淀みなく答える。まるでなんとも思っていないように。




「構いませんよ。今のバルネリアとシゼルスは交流なんて全くないのですから。確かにバルネリア家だからこそ今の専属護衛という地位ですが、どうやら本人としては専属護衛でなく、私の右腕としての立ち位置の方が良さそうですから」
「アハハハハ!確かにそれはそうですね。あの子には剣よりもペンの方が似合ってます」



 その返しに、宰相も極々自然に振舞う。内心はどう思っているか分からないが、表情にも声音にも一切スキを見せないのは、リュゼとは違って分かりにくい。流石宰相という地位に立つ男だ。


 そしてお互いに静かに紅茶を飲む時間が過ぎる。



「そろそろ本題に入りましょうか?」
「そうですね。殿下も忙しいですし」



 ついに宰相が口火を切る。俺と一対一になる必要があったのは、別に証拠についてだけの話のためではない。



「裁判中に話だけでた例の事件についてですよね?」
「ええ。そうです」



 やはりそれしかない。内容については、以前リュゼとダンジョン探索中に色々聞いたが、その証拠を集めるのがかなり大変だった。


 王のそばに長く仕え、長年国に貢献しているバルネリア公爵の言葉を、国王陛下は信じているようだった。息子である俺の言葉よりも。だから、その認識を覆すには、確実な証拠が欲しい。だが、バルネリア家は上手く痕跡を隠しており、証人となるような人物も、魔物に襲われた時に死亡したらしい。唯一1人生き残っている術師を見つけたが、その術師はどうやらバルネリア家に仕えている者のようだ。他の術師は一時的な雇われだったことから、最初から殺すつもりだったのかもしれない。



 大まかな事件当時の様子を説明する。当然ながら、リュゼ本人から聞いたことだと付け加える。これで宰相が直接リュゼ本人に聞きに行くことはないだろう。リュゼは貴族社会に慣れていないので、良くも悪くも素直なのだ。顔にはっきりと出てしまう。本人は抑えているつもりのようだが、この男レベルになれば、僅かな頬の動きからでもある程度読み取られてしまうだろう。


 なるべく俺かシゼルスでリュゼのカバーをしてあげなければ。その後も、禁術との関係について話し合った。
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