はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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バルネリア邸宅にて

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「クソッ!!あれはどういうことだ!?どうなってやがる!?」



 とある邸宅内の一室。荒々しくイスに腰掛けた男は、目の前の大理石の白く美しいテーブルに、拳を叩きつけて八つ当たりする。男の怒りを表すように、叩きつけられたテーブルは、その拳の着弾点から放射状にひびが入っていた。ひび割れの跡のある白いテーブルに、男の拳から真っ赤な液体が伝い落ちる。白いキャンバスに赤い花が咲き誇る。

 王城に出かけていた彼が帰って来た時から、見るからに不機嫌であったのだ。その不機嫌が形となって現れた。



「旦那様。如何なさいましたか?」



 この部屋の中には、旦那様と呼ばれた男以外にも複数の人がいた。同じテーブルに席をついているのは、男が2人と女が2人の計5人。だが彼ら家族は、叩きつけた拳を僅かに震わせている当主の男の様子を窺うように、神経を逆なでしないよう息を顰めるかの如く、着席してからずっと黙り込んで居た。


 そのため、唯一彼らとは違って立って控えているエルフの男が、声を掛けたのだった。



「補佐官っ、あやつが生きていたのだ!あの無能が!!あの恥さらしがあ゛!!」



 男が再び叫びながら拳を叩きつける。テーブルのヒビは広がり、少量の血しぶきが飛び散る。荒れる男の側にエルフの男が近寄りながら、そっと声を掛けつつ、壁際に微動だにせずに待機していた侍女に目配せを送る。



「無能と言えばあの者ですか。本日は王城で開かれた裁判に出席されたのですよね?訴えられたのですか?」
「いいや。あの件とは全く関係ないことではあったが、あの宰相に何かあると勘付かれた!今はただでさえリルの婚約と王太子の後始末で忙しいと言うのにっ!!」
「リルシーア様の高等部卒業は間近まで迫っていますからね」



 先ほど目配せされた侍女が、タオルと箱を持って補佐官と呼ばれたエルフの男に近づいてきた。補佐官は箱を開けて中身を確認し、握りしめられた公爵の手をそっと取る。そしてタオルの上に掌を乗せて開けさせると、爪が掌に食い込んで出来た傷があった。強く握りしめていたことで出血していたのだ。箱の中から1本の細長い瓶を取り出す。それはポーションの一つであり、それを公爵の傷口に優しくかけ、零れた液体はタオルに吸い込まれていく。完治した手を優しくタオルで拭きとると、タオルごと侍女に手渡して下げさせた。


 その間にも、補佐官は公爵から事情を聞き出すことを辞めない。状況を把握し手を貸すためにも、知っている情報を教えてもらい、主が冷静に物事を考えられるようになるまで、愚痴を吐きださせていた。


 暫くすると、公爵も落ち着きを取り戻してきた。その様子を見て、集っていた家族の面々も緊張が解けた様子であった。



「父上!あれは本当に本物なのですか!?明らかに姿が違いましたが!?」
「でも、あの顔は・・・本物だと思いますわ」



 次男カイザスが身を乗り出して公爵に問う。しかし、答えたのは公爵ではなくリルシーアだった。このメンバーの中で、最も近くでその姿を見ていたのは、他でもない彼女なのだ。その彼女が断定するのなら、きっと本人に違いはないのだろう。

 一同に重い空気が圧し掛かり、誰もが口を閉ざして今後の自分たちに訪れる可能性のある破滅を想像し、顔を青く染める。

 だがそんな中、公爵夫人がおずおずと口を開く。



「けど、証拠は全て消し去っていますし、現場を見ている術師たちも生きているのは1人しかいません。その1人はこちら側の者。大丈夫だとは思いますが、念のためにシゼルスを呼び戻しましょうか?あの子の頭脳があれば、きっとどうにかしてくれるでしょう。いくら王城での生活を認められていると言っても、結局はバルネリアの人間よ。バルネリアに被害が被ると、あの子の立ち位置も危うくなるのだから困るはずだわ」
「でも、あいつは第四王子の専属ですよ?あの場にも無能の味方としていたのでは?」
「そうとは限らないわよ。だってずっと立っていただけだもの。自分の役割が王子の護衛なのだから、犯罪者のすぐ近くにいる王子の側に立っているのは辺り前じゃない」



 公爵夫人の言葉にカイザスが不安そうに尋ねるが、返って来た返答によって、そうかもしれないと納得したようだ。



「まあ、あいつが戻って来なくても、王子の近くにいるのだから情報ぐらいは手に入れることが出来るだろう。あいつの護衛だっているのだから、その護衛を買収して情報をこちらに流させるか」
「それは良いですね」




 公爵の意見にカイザスが答え、他の面々も肯定の意を示す。




「それが成功しなくとも、問題はないだろう」




 けれどこれだけではあまりにも心許ない。公爵は補佐官に視線を向ける。



「例の件、今から急いであとどれぐらいだ?」
「1週間と言ったところです」
「1週間か。もっと早くは出来ないのか?」
「私もあちら側の作業に回ってよろしいのでしたら、7日ですかね」
「仕方ないな。7日で我慢しよう。それなら王家の方にそういうこととして連絡を入れといてくれ」
「かしこまりました」



 補佐官が公爵に対して一礼し、静かにドアの側まで移動して、ドアの外にいる誰かに伝言をする。そして再び元の位置に戻ってきた。



「それにしても、見たことない白い髪色になっていましたが、どうやって見た目があれ程違う人物を特定出来たのでしょう?バルネリアの象徴たる色と魔力がない人間など、そこらの庶民と一緒でしょうに」



 リルシーアの放ったその疑問は、バルネリア家一同が感じていた疑問でもあった。



「逆にその証拠を否定出来れば良いのではないか?貴族と偽ったということが他の貴族たちに知られれば、確実に死刑に出来るだろう。一切の弁明の余地もない。王を謀ったとして、ドーランも追い落とすことが可能になる・・・か」



 公爵がニヤリと口角を上げる。公爵が何を言いたいのか、この場の全員が理解していた。それぞれが笑みを浮かべる。相変わらず長男のロベルトだけは表情に変化はなかったが、場の空気をきちんと認識してはいるようだ。



「証拠を探せ。出来れば7日以内にだ。最悪見つからなくとも、7日後にはこちらに流れが向いていることだろう」



 公爵は補佐官に顔を向けることなく言い放ち、補佐官は頷く。
 家族にはまだ話していないことであるが、昔から考えていたことが実現可能になる未来が見えたのだった。その内容を知っているのは、公爵と補佐官のみ。目障りな目の上のたん瘤を排除できる機会。

 ピンチはチャンスとは良く言ったものだ。
 1週間近くの間だけ慎重に行動していれば良い。あとはこちらが有利な状況にもっていけるだろう。


 公爵はリルシーアに顔を向ける。



「リルシーア。ドレスの準備は出来ているか?」
「はい!出来ております」
「それは良かった。分かったとは思うが、7日後はお前の晴れ舞台だ。綺麗な姿を見せてくれ」
「分かりましたわ、お父様!」



 リルシーアが満面の笑みで応え、その様子を微笑ましそうに公爵夫人が見守る。



「ロベルト。明日から暫くの間、お前は王太子の側を離れるな。王太子を王城から外に出させるないよう、暫くは大人しくしていてもらえ。あのちゃらんぽらんでも、それぐらいの間だけは大人しくすることは出来るだろう。なんなら帰って来なくていい。ずっと張り付いておけ」



 公爵の言葉にロベルトは短く返事を返す。


 今日は王も王太子も裁判だけの予定であったので、護衛は近衛騎士団が担うことになり、彼らは休みを貰えていたのだ。そのため、貴族たちと同じように、傍聴席に座っていることが出来たのだ。けれど、明日からは忙しくなるだろう。


 バルネリア家と王家との繋がりは、他の貴族と比べてもとても深い物だ。簡単には没落することはないが、流石に禁術の使用がバレてしまうことは避けたい。

 明日からの各自の仕事を確認し、頷き合う。


 ここを乗り切れば、バルネリアは過去最大の力を持つだろう。反対に失敗してしまった場合、最悪処刑の可能性もある。神経を尖らせる1週間が始まった。
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