はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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翻弄されるアンナ

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 アイゼンたちの番の後、俺の番となった。当時の事を初めから全部話す。まあ、当然信じてもらえないわけだが、レオが追い風となって証拠を上げてくれた。だが、その証拠も捏造した物ではないかと一部の貴族たちが騒ぎ立てだしたため、一時裁判が止まってしまっていた。


 その後、王様の言葉によってやっと静かな裁判が再び始まった。レオが呼んだらしい参考人も供述をすることで、証拠の信頼性を保証していく。俺は知らないが、どうやらその参考人たちは信頼される立場の人達のようで、騒いでいた一部貴族たちが悔しそうに顔を歪めていた。流石の貴族たちも、その参考人にまで牙を剥くことは出来ないらしい。


 そして全ての証拠が提出された。裁判は丸一日かかり、その証拠の数々から王様が最終的に判決を下した。


 裁判の結果は、無罪であった。


 全てが終わったのは既に日も落ちかけた時間だった。


















 法廷から出て案内されたのは、城の客室の1つだった。罪人ではなくなったので、客人としてもてなしてくれるらしい。イスに腰掛け、ホッと息を吐く。


 1年もの間、重罪人として扱われていたのに、レオの手に掛かればたった一日で状況がガラリと変わったのだ。今日までの間に沢山の下準備があったことは分かるが、それでもたった一日で無罪になるのは変な気分だ。元よりそこまで重罪人と言われることに、ストレスを感じる日々ではなかったからかもしれない。どちらかと言えば、移送される時の方が最もストレスだったが。今考えればあの扱いがなかったとしても、別に問題なかったのではと思ってしまう。




「お疲れ様」



 部屋で休んでいると、レオとシゼ、それにアイゼンとアンナがやって来た。上機嫌のシゼを横目に見るアイゼンに、どこか緊張した表情のアンナ。立ち上がって、穏やかな顔のレオと久しぶりの抱擁を交わす。




「久しぶり。今日はわざわざありがとうな」
「どういたしまして。君のためならこれぐらい朝飯前だ」



 体を離そうとしたその瞬間、横からシゼが突っ込んで来た。俺とレオの間に割って入り、俺の手を掴んで談笑用に用意されたソファー連れていく。その様子に苦笑いを浮かべたレオが後を追い、俺たちの対面のソファー腰を下ろす。そして、アイゼンたちを呼び寄せて同じく座る様に促した。人数的に、アイゼンとアンナはレオと同じソファー腰かけていた。アイゼンが真ん中で、両隣にレオとアンナ。座る位置をしてはどうかというところだが、特に誰も何も言わないので良いのだろう。

 使用人が全員分の紅茶を用意した後、静かに部屋から出ていった。




「全く、ネーデで出会った時から君は訳ありだとは思っていたが、まさかバルネリア公爵子息だとは思わなかったぞ」



 乾いた喉を紅茶で潤していると、からかうようにアイゼンが口を開く。隣でアンナがコクコクと首を動かして頷いている。2人は知らなかったのか。



「そういう割には、アイゼンは全然驚いた様子はないが?」



 アイゼンの言葉にお道化たように切り返す。



「我々も殿下から詳細については知らされていなかったが、一介の庶民が王子殿下と公爵子息と知り合いだということは可笑しいからな。貴族ではないかとは予測していたからであろうな」



 朗笑しだしたアイゼンに対し、レオが口を開く。



「だが、貴殿のおかげであちらに疑われることなく、今日というめでたい日を迎えられたのだ。協力感謝する」
「いえいえ。殿下のお力の賜です。我々カストレア家の疑いも晴れたのですから、こちらこそ感謝致します」



 そうだった。カストレア家の容疑も、俺が無罪となったことで一緒に晴れたのだった。これでアンナも学園に通うことが出来る様になる。アンナに視線を向けて口を開く。




「アンナも協力してくれてありがとう。これで堂々と学園に通うとこが出来る様になったな」
「いえ。私がお力に成れたのならば幸いですわ」



 目を合わせることなく、うつむきがちに答える。その声はどこかよそよそしい。



「アンナ?」
「はいっ!」



 ビクッと背筋を伸ばして反応する。いつの間にかレオとアイゼンの会話が終了しており、俺たちの方に視線が集まっていた。



「なんでそんなによそよそしいんだ?レオやシゼなら兎も角」



 首を傾げてアンナに尋ねる。すると、あからさまな溜息が隣から聞こえて来た。



「兄様。今自分がどんな立場になっているのか分かっている?いや、分かっていないからそんな疑問が出てくるんだよね・・・はぁ」



 立場?無罪解放になったって状況だけど?



「あのね、今の兄様は公爵子息ルーデリオだよ?それも殿下の事を愛称で呼べる立場の。そしてアンナ嬢は伯爵令嬢だ。僕らがアンナ嬢と会うのは今日が初めてだけど、前々から協力者として手紙のやり取りはさせてもらっていたんだ。意味、分かるよね?」



 ああ、そういうことか。うん、と頷く。



「つまり、レオとシゼに緊張して俺にまでよそよそしい態度で話してしまっているということだろ?緊張しているみたいだし」



 シゼが両手で自分の顔を覆った。レオは笑いを必死に堪え、アイゼンは微笑を浮かべている状態で読めない。

 違ったのだろうか。一同を見渡し、そしてシゼの真意に気付く。ヒュッと息を吸って目を見開く。そして咄嗟にレオに向き直る。



「アンナ!レオナード殿下は怖くないぞ!もう少し砕けた話し方をしても怒られることはない。怒られたら俺が代わりに謝ろう」



 次の瞬間、耐えられなくなったレオが爆笑しだし、同時のアイゼンも涙を浮かべる程笑い出した。一体どういう状況だ?俺は変な事を言ったか?あれだろ?レオとシゼ以外の人の目の前で、レオの事を敬称呼びしなかったことを言いたかったんじゃないのか?




「はーっ!はーっ!あーやっぱ面白い!ほんっといつも予想の斜め上の事を仕出かしてくれるよな!」



 レオが必死に息を吸おうと荒い呼吸を繰り返す。



「あのな、リュゼ殿。あ、いや、王城内はルーデリオ殿と呼んだ方が良いか。シゼルス君が言っていた意味だがな、緊張というのは合っているだろうが、君の言う通りの意味ではなく、その緊張の対象には君も入っているということだぞ。ずっと庶民だと思っていた相手が、王子殿下と愛称で呼び合う仲の公爵子息だと分かって慌てているんだよ」
「お、おじい様!!」



 アイゼンの言う通りだったようで、アンナが焦ったようにアイゼンの服の裾を引っ張っているが、アイゼンは気にした様子もなく、自分の孫の姿をニヤニヤと笑って観ていた。




「そういうことだったのか。アンナ、今まで通りに接してくれ。確かに俺はバルネリアの血を引いているが、今回の件を期に家の戻る、というつもりはない。これまでと同じように“リュゼ”として生きていくつもりだから、俺には今まで通りに接してくれ」



 
 逡巡したアンナであったが、最終的には俺の提案に頷いて受け入れてくれた。




「それに今回の事で君の為人は分かった。ルーを助けてくれるために協力してくれたし、なんたって信頼の置けるアイゼン卿の孫娘だ。俺のことはレオナードと呼んでくれて構わない」
「僕もシゼルスで構いません。というかそう呼んでください。僕はバルネリアと呼ばれるのは好きではないので」




 アンナに追い打ちをかける様に、レオとシゼが名前呼びを許可し出したため、アンナが挙動不審になる。表情は完全にテンパっている人のそれであり、どう反応して良いか混乱しているようだ。それをレオは面白がって見ており、アイゼンが可哀そうな者を見る目でアンナの事を見つめている。そして流石にフォローした方が良いと判断したのか、アイゼンがアンナに言葉をかける。




 その間俺は、レオからルーと呼ばれたことで、良いようのない奇妙な感覚に包まれていた。久しいぶりに呼ばれるルーという名は、なんだかむず痒いものだった。

 この城の中にいるうちはルーデリオとして扱われることが決まっているので、彼らも俺の事をルーデリオとして扱うつもりのようだ。しかし、俺はやっぱりリュゼと呼ばれる方がしっくりくるし、安心する。せめて、他人がいない場だけはリュゼ呼びのままが良い。

 アンナがレオとシゼの名前呼びの事実を受け入れ、落ち着いてきたタイミングで話を切り出す。



「皆。せめて他人がいない時だけはリュゼと呼んでくれないか?ルーと呼ばれるとなんか違和感が・・・」



 リュゼとして生きて来た年月より、ルーデリオとして生きた年月の方が長い。けれど、俺はリュゼと呼ばれる方が、自分の名を呼ばれている感覚がするのだ。そんな俺の提案に、皆が頷いてくれたのだった。
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