はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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騒めく法廷

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「それではこれより、ハーデル王国貴族裁判を執り行う」




 王族が座る正面の方から法廷内に響く声が張り上げられる。王様の声かと思ったが、どうやら宰相の声だったようだ。進行を務めると、宰相本人より開廷宣言があった。

 周囲の貴族たちは口を挿むことが出来るが、最終的な決定権は王様に委ねられている。王様が貴族たちの様子から判決をするも、個人的に判決を下すも、全て王様の手に掛かっているようだ。

 そして今回の裁判について軽い説明がなされる。すると当然のことながら、貴族たちから疑問の声が上がってきた。なぜ貴族裁判なのに、庶民がいるのかと。既に俺の噂を聞いていた人達は、俺が入廷してきた時から白髪ということで庶民だということに気付いており、不思議そうにしていたが、知らなかった者達はこの説明で状況の不審さを理解したようだ。



「その件についても含めて、早速進めていきたい。まずは、この人物を裁判にかけることにしたレオナード殿下に説明を願います。レオナード殿下、どうぞ前へ」



 促されたレオは席を立ち、俺よりも王の席に近い中央付近まで歩を進める。そこには台が置かれており、その上に箱型の小さな何かがあった。因みに俺は、台の前に立っている、ということもなく、何もない場所にただ突っ立っている手持ち無沙汰な状態であった。当然、左右に騎士が立っているので、1人ポツンとしているわけではない。



「皆さんがなぜ、この者が庶民であるのに、貴族しか許されていないこの裁判にかけられているか、とても疑問に思っていると思います。まず、その理由から説明したいと思います」



 箱の上に手を置いたレオの声が、会場内に大きく響き渡る。大声を出しているのではない声音は、その小さな箱が増幅の魔道具であることを物語っていた。はっきりと言葉を区切りながら発音するレオは、自信に満ち溢れていた。



「実はこの者、庶民ではなく、貴族です。忘れている方も多いかもしれませんが、きっと皆さん、名を聞いたら思い出すでしょう」




 勿体ぶりながら、レオは周囲の貴族たちを見渡す。左から右へ軽く首を動かした後、王様の顔を見て、最後にバルネリア家の方を見る。




「彼の名は、“ルーデリオ・バルネリア”。バルネリア公爵子息です」



 その瞬間、爆発するようにざわめきが広がった。貴族たちからの、俺とバルネリア家とを交互に見る視線が突き刺さる。バルネリア家の様子を窺う。公爵は目を見開いて俺をガン見しており、公爵夫人は公爵の腕を掴みながら、俺に化け物を見るような視線を送る。長男は相変わらず感情の読めない無表情だが、眉がピクピクと動いていた。次男は俺を睨み付け、レオまでも睨み付けている。長女は、俺の事を亡霊だとでも思っているのか、真っ青な顔であり得ないとブツブツと呟いているようだった。


 会場が騒めく中、宰相の声が割って入り、ざわめきが収まる。先ほどは気付かなかったが、どうやら宰相も魔道具を使って話をしているようだ。静まった会場に、1人の貴族の男の声が響く。



「レオナード殿下、証拠はあるのですか。ルーデリオ・バルネリアは、凡そ4年前、公爵家を襲撃した強力な魔物によって、と、バルネリア公爵より窺っています。当時、相当な被害が出たことは把握しており、生き残っていたとは聞いていませんが?」




 その貴族の男の疑問に、レオは口を開く。




「確かに当時、かなりの衝撃的な事件でした。彼は知り合いであり、今の私の専属護衛の兄でもありましたから」




 そこで一旦レオは言葉は切る。貴族たちの視線がレオからシゼへと移ったことを確認する。シゼは無表情だった。そんなシゼに不安になる。
 シゼがバルネリア家を潰したい復讐したいと言ったあの日、俺はシゼに尋ねることが出来なかった。潰したいと言っていたからこそ、聞くことが出来なかった。バルネリア家を潰したとして、バルネリアの公爵子息であるシゼはどうするつもりなのか。バルネリア家が潰れれば、当然ながらシゼの立場も揺らぐ。いくらレオの専属護衛だとしても、それはバルネリアだからこその立ち位置だ。シゼが復讐をしてしまえば、シゼ自身も無事では済まない。だから、復讐なんてして欲しくない。けれどもし、レオがシゼの復讐に協力していれば、レオが王子として腐った臣下を切り捨てるために動いているのであれば、・・・・・ああ、それはダメだっ!心の中で首を横に振る。

 息を吸い込んだレオが言葉を紡ぐ。




「では、もしその事件が、真実でなかった場合はどうでしょう?」
「真実に決まっているだろう!!」




 落ち着いた声音で男に問いかけるレオに、被せる様に吠えたのはバルネリアの次男。王族の言葉に対して不敬に当たるその行為は、公爵に咎められたことで不承不承謝罪をして事なきを得る。

 この流れは、下手したら、シゼが最悪の事態に陥りかねない。レオがシゼは使えるから守る用意をきちんとしてくれていることも願うしかないか。だがレオなら、シゼの優秀さを最も側にいるからこそ一番良く分かっているはず。切り捨てるには惜しい人材だということを。


 目を細めてバルネリアの次男を見た宰相が、スッと視線をレオに戻す。



「事実ではないとは?それは気になりますね。その件に関しましては後ほどお話を聞かせていただけますか?」



 宰相は興味深げにレオに尋ね、レオは当然だというように首を縦に振る。そして、咳払いをして周囲の貴族たちを見渡す。



「裁判の主旨は、この者が何者かではなく、レオナード殿下とシゼルス公爵子息への誘拐罪、および、学園の子息子女への襲撃罪です。話が逸れているようですね。貴族かどうか、本人かどうかは此処判断することではありません。ですが、この裁判は貴族にしか適応されないものです。つまり、すでにこの裁判が開廷しているということは、彼がルーデリオ・バルネリア本人であると証明されているということです」




 再び会場内が息を吹き返したように騒がしくなった。先ほどのレオの言葉により、公爵家の魔物襲撃事件の信憑性を疑い出す者。明らかに見た目が過去とは違うことで、俺がルーデリオ・バルネリアだということに疑惑の視線を向ける者。我関せずと、楽しそうに今後の行方を眺める者。驚愕の表情で俺を見る者。怒りを必死に抑え、肩を震わせる者。皆が皆、十人十色の反応を示していた。



 宰相の口から、俺が、ルーデリオ・バルネリアが、生きていたと認める発言を行った。それは、庶民だと思っていた人物が、ルーデリオ・バルネリアと同一人物であると認めたということに他ならない。これは既に確定の事実であり、誰が何という言おうと、俺には裁判に出る資格があるということなのだ。犯罪者はリュゼという庶民ではなく、葬り去られたかつての公爵子息であるルーデリオ・バルネリア。誰もがルーデリオ・バルネリアの存在を認めるしかなかった。


 だが、この事実を王様たちは知らなかったようだ。王様はもの言いたげに宰相を見ているが、宰相は気付いているのかいないのか、王様の方を向こうとしない。

 王妃様は上品に口元を手で隠して驚きを露わにしている。王太子は興味がないのかイスにだらけて座っており、つまらなそうに裁判の様子を眺めていた。




 興奮した貴族たちが落ち着くまでに暫くの時間を費やした後、強制的に宰相が黙らせて静寂が訪れた。そしてやっと、本来の裁判が開始する。


 宰相が尋ねていく形式で、アイゼンに俺を雇った経緯を聞き、アンナから当時の事で知っていることを聞き出していく。アンナは緊張しているのか不安そうであった。
 傍聴席にいる貴族の中には、アンナと同じ学園に通う生徒も多くいるはずだ。あちらこちらからヒソヒソと喋る声と、アンナを蔑む視線がアンナに浴びせられていたが、それでも気丈に振舞っていた。

 一応2人も俺に関与した人物と思われているため、どちらかと言えば俺と同じ立場で裁判にかけられる方なのだが、どういう訳か参考人として出廷しているようだ。アイゼンが背後にいて俺が実行したという形の方が自然に見えるはずだが、矢面に立っているのは俺だ。不思議な状況だが、これはもしかしたら計画の一部なのかもしれない。

 全貌を知らない俺は、自分の裁判なのにも関わらず一切発言することもなく、ただ様子を眺めているだけだった。
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