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魔界の普通

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 想像していた以上に、契約は呆気なかった。ただ自己紹介をしただけ、そんな軽いものだった。



「これで、契約が出来たんだよな?」



 だからこそ、本当に契約出来たのか悩ましい。



「よっしゃーー!問題ないぜ!バッチリだ!」



 デジャヴ。アバドンがテンション高くユヴェーレンにドヤ顔していた。そのドヤ顔にイラついたようで、ユヴェーレンが再びアバドンに鉄拳制裁をしようとしたが、テンションが上がっている奴の動きは速い。綺麗に避けていた。それに更にイラついた様子のユヴェーレンは、実力行使で自身の力を使って喧嘩しだした。いつぞやのズィーリオスとユヴェーレンのようだ。


 アバドンに聞きたいことがあったのだが、今はムリそうだ。俺はイスから降りて、ズィーリオスと一緒に寝そべる。あ、ヤバい。食後のもふもふはヤバい。心地よさが完全に俺の意識を刈り取りに来ていた。でもまだ寝るわけにはいかない。今、聞かないと、・・・いけな・・いこと・・がある・・んだ。くぅ。・・・・・耐え切れなかった。






















 ズィーリオスに揺り起こされ、上体を起こす。木々の隙間から見える日の光は、既に午後の時間帯に入っていることを示していた。ふあーーぅ。良く寝た。



 欠伸を1つして周りを見渡す。ズィーリオスが俺の側にいるのはいつもの事だが、アバドンが少し離れたところで料理をしていた。どうやら昨日、俺が絶賛していたのが相当嬉しかったようで、野営時の食事作りを担ってくれるらしい。昼食を作ってくれているようだ。もうそれだけでアバドンを仲間にした価値がある。調理場所が風下にあるので匂いが漂ってくることはないが、既に俺の脳裏には「アバドンの料理=美味い」という方程式が成り立っている。毎日美味い料理が食べられるのは重要なことだ。野営時は特に。

 これから毎日美味い食事にありつける。美味い食事と可愛らしいもふもふ、そして妖艶な美女。もう世界中の幸福をかき集めた楽園が出来上がったのでは?あ、和食が食べられるようになれば、その時こそが真の楽園だな。

 でもそう言えば・・・あのアバドンの料理、美味しいのだけど、美味しいんだけど!・・・・見た目がなー。あの見た目だけは楽園とは程遠いところにあるんだよな。まあ、美味しければ良いよな!料理は美味しいことが重要なんだから!・・・いつかは見た目にも気を遣うようになって欲しいけど。


 というか、昨日聞きたかったのはそれだよ!聞くのが怖いけれど聞かないと!昨日食べた食材について!!あれなんだよ!どこから調達してきたんだよ!食材が動いてたんだけど!?叫んでたんだけど!?




「おい!飯が出来たぞ!!」




 ・・・聞くのは一先ず置いといて、まずは食事だよな!急ぎ足で席につき、ただひたすら食事を堪能した。












「美味しかった!」
「そりゃそうだ!なんたって俺様が作ったものなんだからな!」




 上機嫌のアバドンの料理を今日はズィーリオスも食べていた。どうやらこの摩訶不思議で不気味な食材には魔力が籠っていたようで、ズィーリオスにとっても美味しい料理だったようだ。一口目は物凄く躊躇していたけど。だがその一口で、ズィーリオスにもアバドンの料理の美味さが伝わった。

 2人して美味しく完食したことで、アバドンがずっとドヤ顔で上機嫌だったのは当然の結果だろう。鰹節の時に矢鱈と興味深々だったのは、自分が料理することがあるからだったのかもしれない。初めてみたものだったという可能性もあるけれど。

 上機嫌でなくとも教えてくれるとは思うが、今のうちにさっきの疑問を聞いておこう。食事の度に思い出し、美味しさのあまり忘れるということを俺が繰り返してしまいそうだからな。



「アバドン、聞きたいことがあるんだが良いか?」
「うん?ああ、なんでも聞いてくれ!」



 ・・・頼られるのが嬉しいようだ。



「昨日、今日の食材は一体何なんだ?蠢いていたやつとか叫んでいたやつとか!後、あの色合い!」
「あー、そういうことか」



 アバドンが思っていた質問とは違ったらしい。



「あれは全部あちら側の食材だ。いつでもどこでも作れるように持っているんだぜ!?」
「え!?魔界の食材!?」
「そうだ!どの食材にも魔力があるから皆で食えるだろ?」



 ズィーリオスの事も考えてくれてたのか!やばい、アバドンがイケメンに見える。顔だけ見ればイケメンの分類に入るのだけど!本当に、知れば知るほど悪魔とは思えない程良い奴なんだよな。




『魔界の料理はあれが普通なのか?』




 ズィーリオスがアバドンに尋ねる。誰もが気になる見た目の事を。



「そうだぞ?何かへ・・・・あー、見た目か?確かに人魚どもが作った料理は色が派手ではなかったな」
「そうそう。色が慣れなくて見た目はヤバいものに感じるんだよな」



 アバドンは何が可笑しいか気付いていなかったようだが、人が食べる料理を思い出し、自分で気づいてくれた。



「でも美味いから良いだろ?」



 それは見た目を気にしない宣言だろうか?・・・俺たちだけなら良いか?もう、見た目よりも味が良ければなんでも良いか!



「そうだな!」
『リュゼ!?』



 ズィーリオスはそうは思わなかったらしい。見た目も気にして欲しいようだ。



「え?味が良ければ良くない?あ、ならさ!アバドンにこっちの料理も覚えてもらおう!どうだ!アバドン?」
「頑張れば食べてくれるんだろ?良いぞ!」
『まあ、それなら?』



 アバドンがこっち側の料理も覚えてくれるらしい!これで和食に必要な食材が見つかれば、もっともっと沢山美味しいものがいつでも食べられるようになる!?ズィーリオスも賛成してくれたし!?



「そうそう、その食材は魔界の物なんだろ?テーブルやイスとかも含め、どこから出しているんだ?マジックバッグを持っているようには見えないんだけど」



 食材ついでに聞いてみる。俺のマジックバッグのような、収納アイテムを持っているようには見えないのだ。何処からどう見ても手ぶらなのである。



「次元収納だぞ?」
「はあ?」



 ちょっと待って?それってつまり、地球でいうところのアイテムボックス?



「人間は知らないのか?次元収納ってのは、それぞれ個人の魔力量に比例した広さの、別次元空間への収納のことだ。何だっけ、あーあれだ。マジックバッグだったか?それに近い。ただそれと違って失くす心配がなく、盗られる心配もない。中身は必ず本人しか取り出せない仕様だ」



 なんだそれは!そんな便利なものがあったのか!?聞いてないんだけど!?バッとズィーリオスに顔を向ける。だがズィーリオスも知らなかったのか、驚愕の表情を浮かべている。これは仕方ない。



「あー、こっちでは知らないのか。・・・それもそっか」



 俺だけでなく、ズィーリオスの反応からこちらでは普通でないことは理解したらしい。ボソリと小声で納得したように呟く。その納得した声がどこか意味深に聞こえるのは何故だ?

 もしかして、こっち側ではほとんど悪魔や魔界の存在が知られていないことと関係しているのか?そうだよ。異常なほど聞いたことがないのだ。あの時、ラダーガのところで聞いたのが初めてなのだ。その時この世界にも悪魔や魔界が存在することを知ったのだ。

 俺が勉強していた範囲では学べていなかっただけなのか?いくら当時5歳児が学ぶレベルではなかったとは言え、一切知らないということはあるのだろうか?あるかもしれないな。禁書扱いされていても不思議ではない。その存在が知れ渡っていれば、誰かしらが喚び出そうとするだろう。ラダーガのように。そして悪魔が野に放たれる可能性がある。アバドンのように、確実に安全性を保障出来る状況というのは珍しいらしいから。

 すぐそばに実際の魔界を知っている悪魔がいるのだから、色々な事を聞いてみるのも面白いだろう。そこはまだ俺の知らない世界で、多分人類のほとんどが知らない場所だ。いつでも聞けるこの状況は
とても恵まれている。これからは迷子の同行人ではなく、俺の仲間なのだから。
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