はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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腐蝕

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『悪魔の力が人とは全然違うということは良く分かったでしょうぉ?』



 ユヴェーレンが俺の目の前に来て首を傾げる。顕在化はしてないので今まで通り半透明の姿だ。見慣れた姿の方がやっぱり安心する。



『今はこんな感じで安定感があるんだけど、昔はもうほんとに酷かったのよぉ!』
「おいっ!今はそんなことどうでも良いだろっ」



 ユヴェーレンが悪魔の事を揶揄い始めた途端に悪魔が遮るように大声を出す。するとその声が反響し、遠くからオークの雄たけびが響いてきた。舌打ちした悪魔がユヴェーレンを睨み付ける。しかし睨まれているユヴェーレンは楽しそうにコロコロと笑っている。



『だって私たちはやることなくて暇だものぉ。貴方の昔話を聞かせてあげるぐらい良いじゃなぁい!』
「はあ!?」




 嫌そうに顔を歪めて悪魔が憤る。けれど、すぐ近くまで来ていたオークたちが悪魔に襲いかかり、舌打ちをしつつ、先ほどと同じように呪いの力で応戦していた。見た目は何もせずに相手が朽ちていくだけなので、かなり楽そうに見える。それだけ悪魔の力が強力ということなのだろうか。

 触れた相手は、触れた瞬間からその部分を起点として周囲に腐蝕が始まっていく。どうやら地面までは腐敗していないが、腐敗した武器を持ったままであると、持ち手から自身の体へ腐蝕が広がっていくようだ。

 武器も防具も意味をなさない。フルアーマーのオークもその防御力を生かすことなく、朽ちていく。弓を持ったオークもいるが、飛んできた矢は悪魔に触れると同時に腐蝕するため、全くダメージは入っていない。魔法を飛ばしてくるオークは、そもそも弱すぎて悪魔に当たっても傷をつけるに至っていないようだ。どうやら俺の魔法鎧のように、悪魔の魔力量が多いせいで無効化されているようだ。並みの攻撃では掠り傷一つ入れることも出来ないだろう。

 遠距離から攻撃をしてくるオークであっても、悪魔の歩みを阻害することは出来ない。近づいてくる悪魔によって沈黙させられていく。そしてそのまま進み、左右の分岐点で悪魔は立ち止まった。オークたちの攻撃によって足を止めたわけではない。どちらか一方に進めば、反対の通路から俺たちの方に流れ込んでくる個体がいるからだろう。あれ程1人で殲滅すると息巻いていたのに、俺たちに手を出させるのはダメだと判断したのだ。契約がどうのと言っていたからな。


 そして悪魔は左右の通路の先に視線を向け・・・・俺たちの方に戻って来た。



「うん?」



 思わず首を傾げる。何もしたようには見えない。悪魔に触れたオークはいなかった。そして気付く。悪魔の後ろの通路からは、一体もオークがやって来ることはない。



「今来ていた奴らは?」



 満足げな表情の悪魔が、俺の質問にドヤ顔を見せる。



「当然、全部倒したぞ!どうだ人間!」



 通路の先の気配を探る。確かに魔物の気配は一切しない。どういうことだ?何もしていなかったはず。俺の不思議そうな様子を見て、満足そうに悪魔がネタばらしをしてくれた。



「空気だ。空気を腐らせた」



 予想外の内容に呆ける。空気を腐らせる?俺が呆ていると、ズィーリオスが何か思うことがあったようだ。



『間接的に腐蝕させたということか?』
「そうだ」



 答えた悪魔の返答を聞き、ズィーリオスは目を細めて分岐路に目を向ける。そして、一陣の風の通り過ぎた。腐蝕した空気を風魔法を使って吹き飛ばしたようだ。俺たちが通るときにその空気を吸ってしまわないようにしてくれたようだ。



『これで先に進める。お前はともかく、俺たちには危険なんだけど?』
「なんだよ、ケチ臭いな。聖獣たる者これぐらいどうにでも出来るんだから問題ないだろ?」



 ズィーリオスの文句に悪魔は手をヒラヒラと振って流そうとする。その様子にズィーリオスが何かを言いかけるが、その前にユヴェーレンが割って入る。




『これでも昔よりは随分マシなのよぉ?罰として昔話を教えてあげるから許してあげてぇ?』



 悪魔への罰として、先ほど嫌がっていた悪魔の過去を教えるくれるつもりらしいが、ズィーリオスが興味ないと冷たく言い放つ。悪魔も苦々しい表情をしているが、絶対に知られたくはないというほどではない様子だ。なんだか、仕方ないな、とでも言いたげな雰囲気を纏っている。



『えぇ?能力の詳細を教えてあげられるのにぃ?』



 ユヴェーレンがズィーリオスに対して挑発気味に煽りだす。そのユヴェーレンの態度にズィーリオスがまんまと嵌まった。ムッとした不機嫌な態度を隠しもせず、けれど反論することも出来ずに、口を噤んだまま地団駄を踏み出した。そんなズィーリオスの様子を見て、ユヴェーレンが勝利を確信した笑みを浮かべる。

 やっぱりこの2人はなぜか対抗意識が凄い。協力する時はきちんと協力出来るのに、なぜそうでない時はこんなにも対抗意識がバチバチなのだろうか。・・・2人の関係はこれからに期待することにしよう。

 ずっとこの場所に留まるのは嫌なので先に進むことにする。魔力で内部構造を探ると、どうやら左側の道が奥へと続く道のようだ。右側の道も途中合流することはあったが、通路の地面を3メートルほど腐敗した状態にして、左側の通路を進むことになった。腐敗した洞窟の地面は、ボコボコと見るからにヤバそうな状態に変化していた。


 この地面の上を歩けば、それだけで腐蝕していくらしい。これで道を1つ潰すことが出来たわけだ。行動の意図を説明しながら悪魔は道を進んでいく。そしてユヴェーレンが補足しつつ、過去についても教えるガイドとなって、俺とズィーリオスの悪魔の力の見学ツアーが始まっていた。



『この呪いの効果はとても甚大でねぇ。昔は上手く力のコントロールが出来なくてぇ、自分の周囲にある物は全て腐蝕させていたのよぉ。それも悪魔としてもかなり強い呪いでぇ、物体だけでなく概念すらも腐蝕させていたのよねぇ』



 ユヴェーレンは懐かしむように告げる。悪魔は一番先頭を歩いており一切反応を示さないので、ユヴェーレンの発言を聞いてどういう表情を浮かべているのかは窺えない。



「概念も?」



 概念の腐蝕という想像出来ないさまに首を傾げる。



『ええ、概念よぉ。例えば情報ねぇ。何かしらの情報が悪魔あの子の下に届いた瞬間、意味を持たない言葉になっていたのよぉ。だから新しく手に入れた情報が古い情報になっていたのよねぇ』



 ユヴェーレンがしみじみと語るが、新しい情報が悪魔の耳に入った途端に古い情報になるとはどういうことだ?



『うーん、分かりにくいかしらぁ?だったらそうねぇ・・・』



 ユヴェーレンが眉を寄せて考え込む。



「情報や知識が消滅し、無かったことになる。または、古いものという認識になってしまう、とでも思っておけばいい」



 言いよどむユヴェーレンの前から、悪魔の声が聞こえてきた。



『まぁ、新しい情報が絶対に手に入らないってことよぉ。自分だけが知っているものと思っていたことが、既に他の者達には知られていたっていう感じねぇ。取り残されるのよぉ』



 なんとなく分かるような分からないような。言っていることが難しい。取り敢えず認識としては、形として存在しないものさえも呪いの対象となるということだろう。



『当然だけど物体も呪いが効くでしょうぉ?立っているだけで周囲全てを腐蝕させていたからぁ、だぁーれもっ寄り付かなかったのよねぇ。というか勝手に倒していたのだけどぉ』



 誰も側にいない状態を想像する。力をコントロール出来ないせいで、ずっと1人だったのか。



『まぁ、悪魔という存在は元々1人で戦い生きていくものだからぁ、普通っていえば普通なのだけどぉ、知り合いすらいないというのは珍しかったのよねぇ』



 可哀そうという感じではないようだ。ユヴェーレンは本当に珍しい悪魔だという認識なだけだ。悪魔自身も気にしてる様子はなさそうで、平然としている。

 他の悪魔の存在を見つけた瞬間に戦いが始まる悪魔たちにとって、1人だけで生きていくというのは別に珍しいことではない。ただ、知り合いの悪魔が出来ることもある中、絶対に相手を倒してしまう呪いは、孤立を際立たせてしまっただけであるようだった。



『力をコントロール出来るようになってからはぁ、無差別に何でもかんでも呪うことはなくなってぇ、そういう状態ではなくなったのだけどねぇ』



 そう言ってユヴェーレンは、力のコントロールが出来る様になり、確実にオークを倒していく悪魔に目を向けた。
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