はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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ヴァルードの遺言

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「リュゼさん、今よろしいでしょうか」



 エリムがジェルクッションに横たわる俺に近づき声を掛けてくる。



「何?」
「休憩した後で構いませんので、ご案内したいところがあるので付いて来て頂けませんでしょうか。ラナンがリュゼさんに渡したいものがあると言っていました」
「渡したいもの?あ、もしかして!」



 ふと思いつくことがあり、パッと下向きだった顔をエリムに向けて上にあげると、顔が青くなり気分が悪くなる。まだ消化しきれていないようだ。

 エリムに案内を了承し、ラナンが渡したいというものについて楽しみにしつつ、胃が落ち着くのを待った。









 数十分ほど経つと、お腹は苦しくとも吐き気までは治まってきたので、早速案内をしてもらうことになった。悪魔はもう俺よりも回復しており、苦しさなど全く感じさせない程に元気だ。



 ここでの生活での移動は、建物内でも歩くというよりは泳ぐもののようだ。水の中だから泳ぐ方が移動が速くて楽なのだろう。王城を出て隣にある建物に移動する。建物の入り口は至る所にあるので、窓から出入りしているような感覚だ。水の中なので高さも関係ない。王城なのに防衛面は大丈夫なのかと聞けば、王城に許可のない者が勝手に入り込むような不埒な真似をする者はいないから大丈夫とのことだった。本当に大丈夫なのだろうか。

 俺は賓客なので自由に出入りしても大丈夫らしいが、人魚以外の自力で泳げる外の者が来た時はどうするのだろうか。あちらこちらに人魚がいるから、不審者が来ても人目に触れないことはないから大丈夫と考えているのか?まあ、彼らが大丈夫というのだから大丈夫なのだろう。

 だが、王城内でもやはり関係者以外は立ち入り禁止の場所もあるらしく、そこへの通路には警備の者が立っているから、謝って俺が入ってしまうことはないと言われた。本当に大事なところはちゃんと守っているから、その他は手を抜いても問題ないと考えているのだろう。

 人魚の王族が民との距離が近いからこうなっているのか、または民をそれほど信頼しているのか。どちらにせよ同胞同士の結束が強いのだろう。





 そして辿り着いた場所は製作所のようなところだった。様々な制作関連の施設があり、ここで魔道具やその他の物作りをしているようだ。エリムに連れられ奥へ奥へと進む。いくつもの分かれ道があり、どこも似たような道なので迷いそうだ。


 そして次第に前方から水が細かく振動した流れがやって来る。振動は進むほどに大きくなり、音の伝送性は低いはずだが、何か音が聞こえてくる。するといきなり、ポチャンと水の膜を抜けた。泳いでいた俺はいきなり空気の中に放り出されて転がる。それと同時に金属が叩きつけられる騒音が鼓膜を襲う。



「すいません!注意するよう伝えるのを忘れてました。ここから先は水中ではありません。魔道具によりこの辺りだけ海水を排除した空間となっています」



 そう言ってエリムは俺が起き上がる際に手を貸してくれた。悪魔は転がることもなく平然と水の膜を超えており、俺が転がった様子を見て1人爆笑していた。よし、おいて行こう。エリムを急かして先に進む。ちッ、しっかりと付いて来ている。爆笑しながら。


 時折向けられるエリムの憐れみの視線を無視して進んでいく。ついた先は鍛冶場だった。その中でラナンが1人で何かしらの作業をしている。エリムがラナンに声を掛け、ラナンが俺たちの到着に気付き手を止める。



「おっ!来たんだね!悪いけど少しだけ待ってて!もう少しで終わるから!」



 ちらりと俺たちの方に視線を向けながら言った後、すぐに作業に戻った。悪魔について一言もなかったのは別に良い。お願いだからそろそろ落ち着こうか。いつまで笑っているつもりだ。もう勝手に笑い死にしてくれないかな。そして勝手に還ってくれ。俺が爆笑してやるから。


 ジト目で悪魔を見るが、何がおかしいのか更に笑いだした。無言で右手の甲にある黒の書が収納されている六芒星の文様を左手でなぞる。るか。



「待て待て!早まるな!!ここは海の底だぞ!そこのエルフとドワーフも無事では済まないんだぞ!」



 ピタリと笑いを止めた悪魔が慌てて止めに入る。勿論、こんなところで黒の書を使うつもりは微塵もない。悪魔に危機感を持たせるためだけのパフォーマンスだ。上手くいったようで何よりだが、黒の書の魔法を見たこともないはずの悪魔がなぜ毎度これほど慌てているのだろう。黒の書コレがどういったものかまるで知っているかのような反応だ。出会った当初からの反応だから、ズィーリオスや精霊王が教えたわけではないだろう。一体なぜだ?


 俺の思考が逸れて、意識が黒の書から離れたことに気付いた悪魔が安堵の息を吐く。その様子をエリムが不思議そうに眺めていた。




「はぁーー!出来た!我ながら完璧だね!」



 ラナンの一言で俺の意識は引き戻される。全員の視線がラナンに集まると、ラナンは身に着けていた道具類を外し、タオルで汗を拭いながら俺に笑顔を向ける。



「例のモノ出来上がったよ!いやー、あれほどの素材は人生初だったから不安だったけど、とても挑戦し甲斐がある逸品に仕上がった!」



 そして奥の方から黒い布に巻かれた細長い物を持って、作業台のようなテーブルの上に置く。



「ほら、おいで!解いて中身を見てみなよ!」



 ラナンが手招きして近くに来るように促す。
 テーブルの側に移動し、そっと黒い布に触れる。すると横から鷲掴みにしようと伸ばされた手が見えたので、部位強化した手でその手の甲を引っ叩く。



「痛ってぇ!!」



 なんで?という顔をしているアホを睨み付けて抗議を無視する。ゆっくりと布を剥がしていくと、そこから現れたのは、マットな質感で程よく細かな凹凸のある手触りの鞘に収まった黒い細身の剣であった。


 鍔の部分は通常の剣の鍔の大きさから考えればやや小さめだが、この剣の鍔として見ればバランスが良い。グリップ部分は布が巻かれており、滑り止めの役割を担っている。グリップを掴むとフィットするように握りやすい。左手で鞘を持ち剣身を抜き出すと、透明感のある黒い刃が俺の顔を映し出す。


 ホッと息を吐くほど美しい剣だった。一目惚れとはこのような感覚なのだろうか。視線が剣に吸い寄せられ、見とれてしまう。


 ラナンの声掛けにより我に返り、両手で握ってみる。やはりしっくりくる。重さも重心も刃渡りの長さも丁度良い。ラナンの許可を貰い、軽く周りの物に当たらないように剣を振ってみる。今までにないほど扱いやすかった。



「ご注文の通り、提供してくれたドラゴンの素材とアダマンタイトを使用した剣身だ!本当に加工が大変だったんだよ!?どこのドラゴンかは分からないけど、まるで昔世界で大暴れしていたという消滅の邪龍ヴァルードを彷彿とさせるほど、魔法をキャンセルさせられまくったのよ!まあ?私に掛かれば技術だけで形に出来たんだけどね!アダマンタイトは希少金属の一つだけど、ここでは使う機会もないし必要性がないから余っていて良かったね!私の中での渾身の傑作を気に入ってくれたかい?」
「もちろんだとも!!」



 ラナンの問いかけに食い入るように即答する。気に入っているのは事実だ。これほど素晴らしい逸品を造りだしてくれたラナンには感謝しかない。


 これでヴァルードの遺言を守ることが出来た。ヴァルード師匠は自分の死後、その体を素材として剣を作るようにと言い残した。そして死後も弟子を守り、共に世界を旅出来ると言い笑ったのだ。

 その遺言を果たすために、ラナンにヴァルードの鱗や角などを渡し、剣を作ってもらった。これからはヴァルードも共に旅をするのだ。

 ドラゴンの素材など滅多に出回らず扱う機会も少ないが、ラナンは完璧に仕上げてくれた。とても良い腕をした鍛冶職人なのは疑いようのない実力だ。


 そんなホクホク顔の俺の前に、ラナンが再び奥から木箱を持ってやって来た。
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