はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

文字の大きさ
上 下
164 / 340

生贄1

しおりを挟む
『あ、そういえば、精霊王。ダガリスはどうなったか知っているか?』







 ふと思い出した人物について精霊王に問いかける。流石にもうパーティーは終わっているころだが、ダガリスはどうなったのだろうか。俺の後を追って屋敷内に潜入することは、あの状態では出来そうになかったし、だからと言って大人しく帰るほど簡単に諦めるような男ではない。









『それってあの一緒にパーティーに行っていた人間のことよねぇ?』

『ああ、そうだ』

『うーん、知らないわぁ』







 流石精霊王。予想通りの反応だ。







『今どこにいるかは分かるか?』

『そうねぇー。眷属に探してもらおうにもぉ、あの子たちはその人間の顔を知らないからぁ・・・。私が探してくるわぁ!外に聖獣がいるはずだからぁ、外に出ているなら聖獣に聞けば良いものねぇ。まずは聖獣のところに行ってぇ、外に出てきていないのであればぁ、そのあとは屋敷内を探してくるわねぇ?』

『頼むな。あと屋敷内を探すなら、他の人魚たちがどこにいるかも調べてきてくれ』

『良いわよぉ』







 快く頼みを引き受けてくれた精霊王は、軽くウィンクをして消えて行った。



















 それから暫く。



 暇だ。



 やることがない。鎖に繋がれた人魚たちを見ていてもなんも面白くない。既に体から薬の効果は抜けており、自由に動かすことも、喋ることも可能だ。けれど、縛られているので完全に自由とは言えない。ただの縄程度なら、身体強化した状態なら引きちぎることは出来るはずだが、まだその時ではないため、未だに縄を体に食い込ませていた。頭を回して手首を見ると鬱血しているので、そろそろどうにかしないと血流が悪くなってしまいそうだ。あれ?鬱血している時点でもう悪いのか?わかんないからまあいいや。





 人魚たちに朝食を運び終えた後からは、一度も部屋に出入りする人はいない。そして今の今まで、人魚たちから暴言や暴力を振るわれたということはない。暴力は距離的に届かないからなくて当然だが、当初のような高圧的な態度を取られることはなくなっていた。というか会話が成立しない。俺が枯れた声で話しかけた時は、皆が皆目を見開いて硬直してしまい、暇すぎて眠ろうとしたら、途端に「寝るな!」騒ぎ立てられて、縛り付けられているという体勢のせいで浅い睡眠を繰り返していた俺に、僅かな睡眠すらも取らせない勢いなのだ。その時に話しかけても再び応答はなくなるのだから、どうしようもない。





 思い出したように空腹を感じてきた。それと昨晩から一滴も水分を取っていないためか、とても喉が渇いた。ああ、暇、眠い、喉が渇いた。お腹空いたぁー。























 ガチャッ。

 扉が開かれる音が部屋中に響いた。人数は今朝と同じぐらいか。もうお昼の時間かな?やっと昼食だ。監禁されているとは思えない感想を脳内で垂れ流していると、部屋に入って来た人物のうち2人が俺に近づいてくる気配がした。







「こんな姿になってもやっぱり君は可愛いよ」





 うん?この声は・・・ジェニスか。覗き込みながら俺の頬を撫でるのは、この状況を作り出した張本人のジェニスだった。そしてその後ろから、サンタからのプレゼントを心待ちにしている子供のような目をした領主、ラダーガの姿があった。



 俺の頬を撫でるジェニスの腕を叩き落としたいが、生憎と腕は縄で固定されたままだ。引きちぎるこの今ではない。まだ我慢だ。







「あれ?黒いやつは出さないんだ?もしかして、やっと僕を受け入れる気になったのかい!」





 だから!!





「誰がおま、ゴホッゴホッ。うっ。ゴホッゴホッゴホッ」





 乾燥しイガイガした喉が痛み、咳き込む。その咳がさらに喉を傷める悪循環となる。





「昨晩から何も飲み食いしておらず、喉が渇いているようだな。グラスを持って来い」





 ラダーガが俺の様子を見て、入口に立っているであろう部下に向かって命令する。そして再びちらりと視線を向ける。







「その目・・・。報告にあった通り性格だけでなく健康をも偽っていたわけか。まあいい。この者が本当にあの男の縁者である可能性は低い。だから今回ここに送り込んできたわけであろう。それほどまでに孫娘が大事か。それにしても残念だったね?リュゼ嬢と言ったか?あの男の孫の代わりに君が死ぬこととなる。恨むならダガリスの奴を恨むんだな」







 嬉しそうに、楽しそうに、ラダーガが告げる。声が枯れていたせいか、それとも態度があからさま

だったせいか、声の低さに全く気付いていない。



 執事服を身に纏った老齢の男が、ラダーガにグラスを渡しに来る。そんなに時間はかかっていないため、初めからグラスを持ってきていたのだろう。だがそのグラスを見て、思わず眉を顰めてしまう。



 そのグラスには何も入っていなかった。話の内容から飲み物をくれるのかと思っていたのに。どういうことだとラダーガを睨み付ける。







「なに、今から新鮮なのをくれてやる。連れて来い」







 俺にグラスを掲げて見せた後、部下たちに何やら命令を下す。だが、連れて来いとはどういうことだ?先ほどから大人しく黙っているジェニスに説明を求めて顔を向けるが、ずっと俺を見つめたままだったのだろう、目があった瞬間にウットリとした顔をされ、ぞわぞわとした寒気に襲われ顔をそむける。そして変態と目が合わないように気を付けつつ、ラダーガの部下に視線を向ける。





 部下たちのあの服装には見覚えがある。確か数日前に見た、ベン領の兵たちの恰好だ。あの時は兵といった感じであったが、領主の護衛役も兼ねていると考えれば、騎士の方かもしれないな。





 騎士と兵は似ているが、階級と職務が違う。身分としては騎士の方が高い。

 職務の違いとしては、騎士は主に忠誠を誓う主人の身の回りの警護を行うことが多いが、兵は町の治安維持や、魔物の討伐など、主人を対象としていない業務を行うことが多い。多いというだけで、騎士が兵の仕事をすることもあるため、大国の貴族などのように財力を有している者でなければ、兵はおらず騎士のみが街にいるということもあり得る。



 そのため、身なりとしては兵のようであるが、階級としては騎士になるのだろう。



 そんな騎士が、2人掛かりで人魚の男1人を連れてくる。男は抵抗していたが、他の騎士たちに殴る蹴るの暴行を受け、大人しくなった。



 騎士の1人が男の腕を横に突き出させた状態で、もう1人の騎士が羽交い絞めにして押さえつける。そして、身動きが取れないようにされた男の前に、片手でグラスを持ち、反対の手に抜き身の剣を持つラダーガ。



 おい。おいおいおい!まさか!?





 俺が制止の声をかけるよりも早く、ラダーガの剣が振り下ろされた。一切の躊躇いもなく。





 鮮血が辺りに飛び散り、切断された傷口からは止めどなく血が溢れ、床を赤黒く染め上げる。切り離された腕からも、同じく血が滴り落ちていく。





 腕を切り落とされた人魚の男は絶叫し、暴れるが、更に別の騎士たちが集まり、押さえつける。これを見ていた他の人魚たちから猛烈な殺意が膨れ上がる。



 そんな中、腕を持っている騎士がダガリスに近づき、腕から溢れ出る血をグラスへ注ぐ。





 あまりの衝撃に思考が停止し、身動きが取れなかった。事前情報から分かっていたはずだ。彼らが人魚の血を欲しており、その血肉にまつわる伝説を信じ込んでいることを。そして、その研究だなんだのために、今回の事件を引き起こしたことを。





 注がれたグラスを見て、満足げにラダーガが頷く。ラダーガ自身が飲むと思われたそれは、俺へと向けられた。俺に、この血を、飲めと。



 俺に対する嫌がらせか。

 それとも、人魚からの敵対心を俺に集中させることが目的か。





「まるで、俺が、吸血鬼みたい、だな」





 痛む喉を無視して声を絞り出し、嘲笑い、グラスを拒む。その言葉に、ラダーガが面白そうに眉を吊り上げる。





「その声、男か」

「ああ。だから、これ以上、人魚たちを生贄にしても、俺が乙女ではないから、無意味だ」

「そこまで知っているか」





 ラダーガが呟くが、なぜかその顔に諦めの様子は全く見えなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

お願いだから俺に構わないで下さい

大味貞世氏
ファンタジー
高校2年の9月。 17歳の誕生日に甲殻類アレルギーショックで死去してしまった燻木智哉。 高校1年から始まったハブりイジメが原因で自室に引き籠もるようになっていた彼は。 本来の明るい楽観的な性格を失い、自棄から自滅願望が芽生え。 折角貰った転生のチャンスを不意に捨て去り、転生ではなく自滅を望んだ。 それは出来ないと天使は言い、人間以外の道を示した。 これは転生後の彼の魂が辿る再生の物語。 有り触れた異世界で迎えた新たな第一歩。その姿は一匹の…

幼女と執事が異世界で

天界
ファンタジー
宝くじを握り締めオレは死んだ。 当選金額は約3億。だがオレが死んだのは神の過失だった! 謝罪と称して3億分の贈り物を貰って転生したら異世界!? おまけで貰った執事と共に異世界を満喫することを決めるオレ。 オレの人生はまだ始まったばかりだ!

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

【完結】公爵家の末っ子娘は嘲笑う

たくみ
ファンタジー
 圧倒的な力を持つ公爵家に生まれたアリスには優秀を通り越して天才といわれる6人の兄と姉、ちやほやされる同い年の腹違いの姉がいた。  アリスは彼らと比べられ、蔑まれていた。しかし、彼女は公爵家にふさわしい美貌、頭脳、魔力を持っていた。  ではなぜ周囲は彼女を蔑むのか?                        それは彼女がそう振る舞っていたからに他ならない。そう…彼女は見る目のない人たちを陰で嘲笑うのが趣味だった。  自国の皇太子に婚約破棄され、隣国の王子に嫁ぐことになったアリス。王妃の息子たちは彼女を拒否した為、側室の息子に嫁ぐことになった。  このあつかいに笑みがこぼれるアリス。彼女の行動、趣味は国が変わろうと何も変わらない。  それにしても……なぜ人は見せかけの行動でこうも勘違いできるのだろう。 ※小説家になろうさんで投稿始めました

処理中です...