はぁ?とりあえず寝てていい?

夕凪

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 ゴンッ。



「自ら死を選ぶなんて・・・残念だよ。でも死してずっと僕と一緒にいたいってことだよね?その気持ちは嬉しいよ。じゃあね」



 箱のように固く形を保っている結界内で軽く寝入りかけていた俺は、落下の衝撃と音で目が覚める。ジェニスと部下らしき男2人の計3人の後ろ姿が遠ざかっていく気配がした。


 置き方雑だな。もっと優しくしてくれよ。折角寝入りかけていた時に起こされ苛立つ。結界のおかげで直接的なダメージはないが、衝撃は防ぐことは出来なかった。最近はモフモフズィーリオスと眠れていないから、眠りが浅くて寝不足気味だというのに。

 俺を覆っていた結界が消える。



『この状況下で眠っていられるなんて流石リュゼねぇ』
『だろ?』



 呑気に念話をして寝起きの微睡時間を堪能しているが、ここにズィーリオスがいたのならば突っ込みの1つや2つは飛んできそうなものだが、生憎とズィーリオスはいない。諫めることが出来る者がいない空間には、状況にそぐわないのんびりとした時間が流れていた。



『リュゼぇ?まだ動けないのぉ?』
『ああ、まだだ。一体どれだけ効果が持続するんだよ。長い!』
『でも言うほど時間は経ってないわよぉ?人間の男が騒ぎ始めてぇ、今ここに来るまでが1時間ぐらいかしらぁ?移動は時間かかっていないしぃ』
『そんなもんか?』
『そんなものよぉ?』



 マネキンのように横たわったままの状態で、何が出来るというのか。念話ぐらいしかすることがない。あ、あとは周囲に魔力をまき散らして周辺を確認することぐらいか。



『それにしても精霊王がいてくれてマジで助かった。いなかったら、俺は舌を嚙みきって死んでいただろうからな。』
『ええ!?それはダメよぉ!?』
『だから助かったんだ。ありがとう。・・・薬で無理そうだけど』
『あの場にいて本当に良かったわぁあ。そんなことしちゃってたら大変なことになっていたものぉ』



 薬のせいで噛みきる力さえなかったのだが、精霊王には聞こえていないようだ。独り言に夢中だ。暫くは放っておこう。


 俺から見える範囲は・・・・真っ暗闇だな。うん、ダメだ。見える範囲で得られる情報はない。では次に魔力を広げて・・・。ん?んん?ここはかなり広い造りになっているみたいだな。天井も高く、空間も広々としている。扉は1か所。それにしても、物がない。異様なほどに物がない。そんな空間にポツンと1人。精霊王はいるが、実体はないからな。なんのための空間なんだ?


 あれ?魔力が吸われていく場所があるな。何処だ?違和感のある場所に魔力を多めに使って探ろうとするも、変わらず吸われて消えていく。


『うっ、んんぅ!』


 ・・・・・犯人は以外と近くにいたな。いつものやつだろうな。今回は結界を張ってもらったし、魔力を上げることぐらい造作もない。

 聞かなかったことにしよ。






 ガチャ。
 何かが開かれる音と共に人がゾロゾロと入って来る気配がした。複数の足音が近づいてくる。


『精霊王、結界を頼む』
『ん!あぁッ!』
『おい!精霊王ってば!・・・聞いてねぇ!!』


 俺の魔力に夢中の精霊王はふやけていて使い物にならない。魔力の供給をストップし気付かせようとしたのだが、周囲に拡散している魔力を吸収しに移動してしまい、意味をなさない。

 ああもう!とりあえず狸寝入りだ!やることは簡単、目を瞑ることだけだ。どうせ体は動かないのだから、起きているとは思うまい。


「お?黒い塊はなくなっているな。これはやりやすい。よし、お前ら、旦那の言っていた通りにやれよ」
「分かってるって。にしても可哀そうな嬢ちゃんだな。綺麗な顔してるってのによ」
「だが、若旦那を断ったんだろ?若旦那と一緒になるぐらいなら死んでやるって」
「そんなに嫌だったのか?貴族って家のための結婚だと思っていたが、そういうものじゃないのか」
「そりゃあ、大国とは違うだろ。・・・なあ、思ったんだけど。今は黒い物が覆っていないなら、俺たちが手を出してもいいんじゃないか?どうせそのまま死ぬんだろ?なら・・」
「おい、無駄口叩くんじゃねぇ!さっさと終わらせろ!」


 リーダーらしき男の一喝で、周りの男たちは文句を言いながらもテキパキと動き出す。


 何かを組み立てる音がして、体を起こされ、持ち上げられる。触られた瞬間鳥肌が立ったが、俺が起きていることには気づいていないようなので我慢だ。


 そして最終的に、男たちが出て行った頃には、俺ははりつけにされていた。うーん、マジで生贄感が出てきたな。


 でも、焦る気持ちはなかった。身動きが取れず抵抗出来なくとも、大丈夫だろうというどこか他人事の気分だった。昔とは違う。同じ生贄でも状況は全く違う。すぐには生贄の儀式が行われる感じではないので時間がある。ズィーリオスがいる。精霊王がいる。なら、俺は大丈夫。どうしようもない状態ではないから。助けてくれる仲間がいるから。だから、大丈夫。



『リュゼぇーもっと魔力をちょーだぁ・・・・え?何しているのぉ?』
『・・・精霊王が魔力に夢中になっている間に男たちがやって来て、こうなっただけだが?』
『全然気づかなかったわぁ』


 俺、大丈夫だよな?興味深げに、木の十字架に磔にされた俺の周りをグルグル飛んで回っている精霊王を、視界に捉えつつ不安になる。縛られているから縄が腕に食い込んで痛いんだよな。そこんとこ知ってる?ねえ、精霊王?ねえ!


 何がそんなに物珍しいのか。暫く精霊王に観察されていた時、再び背後に位置する扉が開く。すると今度は、先ほどよりもかなり人数の多い足音が聞こえてきた。軽く見積もっても10は超えている。

 そして気になるのが、足音の中に聞こえる呻き声や、ジャラジャラとした金属音だ。それらの音が俺の目の前、この部屋の奥に向かって移動していく。その後、ガチャンッ、ガチャンッと固定するような音が聞こえた後、金属音は初めよりは静かになった。



「やっとお前たちが役に立つ時が来たな。ああそうだ。他のところにいるお仲間も連れてくるから、最期の挨拶でも済ませておくんだな」



 男の声が聞こえた後、男は複数名を連れ立って部屋から出て行った。



『あらぁ、人魚たちねぇ。この子たちが探していた子たちじゃなぁい?』


 精霊王の言葉に閉じていた眼を開けると、確かに耳の後ろに鰭が生えた人魚たちがいた。向こうも俺を見ていたようで、目を見開いて驚いていた。人魚たちは手足を鎖で繋げられており、首輪に繋がった鎖は壁際に固定されている。


「人間の子、だと?我らだけではなく同族にも手を出していたのか。それもこのような少女に」


 1人の人魚の男性が独り言なのか、仲間に対してなのか分からないが、言葉を発する。


「だとしても、我らをこのような目に合わせたのは人間ではないか!そこの人間も同罪だろう!気にする必要はない!」
「何を言っている。人間にも様々いると我々は祖先より学んだではないか!」
「ハッ!そのせいで人間なんかと交流を持ったから、こんな目に合っているんだろっ!」



 人魚たちが喧嘩をし出したのだが、俺は何を見せられているのだろう。一気に部屋の中が騒がしくなり、人魚たちの言い合いが起きる。聞いている感じでは、俺に対して同情し、人間全体が悪いわけではない派と、人間そのものが悪い派で二分しているようだ。うん、元気そうで何よりだ。


 未だに自由の効かない体なので喋ることも出来ず暇だから、今後の事でも考えよう。先ほど彼ら人魚を連れてきた男が最後に言い残して言った内容によると、ここにはこの後も人魚たちが連れてこられるらしい。なら、俺はずっとこのままここにいて、救助対象の人魚たち全員が集まるまで待っていた方が楽だろう。この体勢は滅茶苦茶辛いが、当てもなく探し回るよりは余程堅実だ。それに時間が経てば、俺の体の自由も戻って来るだろうからな。

 体の自由が戻れば、思いっきり暴れまくって敵を制圧して回ればいい。武器がなくとも武器無しでの戦闘は慣れているし、なんの問題もないだろう。守るべき人数が多くて、敵の数が未知数なのは厄介だが、精霊王もいるし何とかなるだろ。それに、夜明けまでに俺が戻らなかったら、問題が起きたってことだと解釈するように予め決まっていたし、ダガリス達も動いてくれるだろう。

 けど問題はタイミングだよな。またズィーリオスが暴走なんてしたら、なんとか抑えられる精霊王がそばにいないから目も当てられない。

 今回はズィーリオスも会場の近くにいると言っていたから念話は通じるはず。そして、幸い念話が通じた俺は、ズィーリオスに現状の説明と外部からの突入のタイミングを合わせるように話し合った。
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